人間が好きやねん―生きていくための問題点(株式会社同朋舎 1998年8月15日出版)より転載

インターネットで障害者を納税者に

NPO(非営利の市民組織)プロップステーション代表竹中ナミさん。1948年神戸生まれ。重度の心身障害のある娘さんの母親である。よく動き、歯切れのいい関西弁を威勢よくしゃべる。周りの人は親しみを込めて「ナミねえ」と呼ぶ。娘さんのことをきっかけに障害者問題に早くからたずさわり、兵庫県西宮市内の障害者自立支援組織の事務局長を務めた。
活動をする中で竹中さんは、働きたいという意欲を強く持ち続けている障害者がいるのに、みんなまとめて「あなたがたは保護の対象なので働かなくても結構」という扱いを受けており、就労のチャンスが極めて少ないことに疑問を持った。そこで障害者の就労を助けるためにプロップステーションを作り、全国の重度、重症と言われる障害者にアンケートを採った。「あなたがたは保護の対象になっているけれど、本当は仕事をしたいんじゃないですか?」「もしするとしたら、なにが武器になりますか」。この質問に対し、回答を寄せた人の8割が「仕事がしたい」と答え、さらに「武器はコンピューターだ」と考えているという結果が出た。そして、「パソコンを習いたいけど、重度障害者を受け入れてくれる学校がない」「ラッキーなことに仕事が見つかっても、障害が重いから会社に通えない」といった悩みもぎっしり書かれていた。竹中さんはこれを見てパソコンを使った仕事の開発を活動の中心にしようと決めた。

プロップステーションは現在、大阪と神戸で障害者のためのパソコン講座を開いている。初級、中級、上級と分かれ、それぞれ20人ぐらいが学んでいる。中級でグラフィックソフトの操作を習っている高橋義隆さんは29歳。17歳のとき、機械体操をしていて頸椎を損傷。車イス生活へ。首から下が動かない。マイクがついたヘッドホンのようなものをつけて、首の動きと息でパソコンを操作する。高橋さんがフッと強く息を吹く度に、白い画面上に見事に複雑な曲線が描かれていく。高橋さんに操作を教えている岡本敏巳さんも両腕が使えないが、足でマウスを自由に操る。
高橋さんの目標は3D(スリーディー)の画像作品を作れるようになること。目標達成はそれほど遠い日ではなさそうだ。 上級講座を終えた人は、「プロップバーチャル工房」と名付けられた技術者グループのメンバーとなる。この工房では、企業がインターネットに出しているボランティア関係のホームページのために、コンピューターグラフィックのイラストをつくっている。

竹中さんは語る。「コンピューターを取り巻く環境の中でも、特にインターネットはすごく強烈な武器で、人類が火を手に入れたときと同じようなチャンスを、重度障害の方々が持ったと、私は認識しています」。電子メールによって瞬時に書類のやり取りができ、仕事の成果をインターネットで送れる作業なら会社に行く必要がない。しかも全世界に繋がっている。これは重度障害者にどんなに希望を与えることか。

現在、「障害者の雇用の促進等に関する法律」によって、従業員63人以上の企業は、全従業員数の1.6%以上の障害者を雇用しなければならない。しかし労働省の調査(1997年6月)によると半数近くの企業がこれを達成できておらず、大企業ほど達成率が低くなっている。不足人数分だけ、月に1人あたり5万円を、障害者雇用推進の助成金にあてるために納めなければならないが、これを「罰金」と解釈し、障害者を雇うよりも手軽だとばかりに支払って「お金で済んでいる」という態度をとる企業もある。障害者の雇用を保障していこうという目的のこの法律が有効に機能していない。また、入り口に段差があったり、エレベーターや障害者用のトイレなど、障害者の就労に必要な設備が整っていないため、たとえ雇用されても働くのは困難というケースもある。このような現状を踏まえると、企業のさらなる意識改革、設備投資が必要なのはもちろんだが、障害者に不利な状況を打開するための一策として「在宅勤務」は十分な魅力を備えている。
プロップステーションでパソコンを学んだ後、まだ数としては少ないが、すでに在宅勤務でプログラマーやコンピューターグラフィック制作者として働いている人がいる。高校の成績管理システム、輸入業務管理システム、バスツアー予約システムなどが、重度障害者の手によって次々と作り出されている。
また、神奈川や岩手、長崎に住む人も、大阪に住むプロップステーションの講師からインターネットを通じてパソコンを学び、働き始めている。

プロップステーションでは障害者のことを「Challenged」(チャレンジド)と呼ぶ。これは「挑戦すべきことを神から与えられた人々」の意味でアメリカで使われ始めている言葉だ。竹中さんは語る。「プロップを始めたころ、コンピューターの仕事と言えばシステムエンジニアやプログラマーが中心で、障害の重い人にできるわけがないという声をたくさん聞きました。だけど、私は目的意識さえしっかりしていたらやれるって、今までの自分の経験から自信を持っていました。プロップのスローガンは"Challengedを納税者にできる日本"です。これから高齢化社会になって、介護を必要とする人はどんどん増えていくのは目に見えています。介護を必要とする人が増えるということは、それだけ支えていくために国の税金が必要だということでしょ。私の娘は重度心身と言われる障害者で、身体機能や皮膚感覚、精神に重い障害があって全面的に保護がいる。国がこういった人たちのために多額の費用を病院に払っている。でも納税者が減ったら国が費用を払うことができなくなってしまうかも知れない。それなら、様々な方法でその人の能力を発揮して、銭を稼いで、納税者になって、これからの高齢化社会を支えていってほしい。私たちの活動は、支える人をどんどん増やそうということなんですよ」
目を大きく見開いて、熱っぽく語りながら、竹中さんは続ける。「障害者が持つ可能性を伸ばして行けるかどうかのポイントは、行政をはじめとして国民一人ひとりが頭を切り替えることですね。障害者に対しては、保護しかないと思っているのを切り替える。私だってもしかすると、このあとすぐ交通事故にあって動けなくなるかも知れない。そしたら保護されるだけで満足した生活が送れるかというと、たぶん違うと思います。もし口が動けば今と同じようにたくさんしゃべると思うし、そうでなくても社会参加したいし、なにか伝えたいと思います。そのときに"働きたい人は働ける"という社会があれば、なにも怖くないですよね。万一事故にあうことは不幸かもしれないけど、それですべてを失ってしまうということにはならないと思うんです」

新潟県に住むインターネットを通じたプロップステーションのパソコン講座の受講生、伊藤和彦さんは電子メールで本部にこんなメッセージを寄せた。伊藤さんは39歳。頸椎損傷で車イス生活中。「私は将来的にはインターネットを利用して在宅勤務をすることが希望です。それを実現するための努力は惜しみません。そして、この社会というオーケストラの中で、この講座で身に付けた知識を楽器にオーケストラの一員として"運命"を奏でたいです」

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