internet@ASCII 1998年6月号(1998年5月29日発行)より転載

インターネットとChallenged

インターネットは打ち出の小槌。重度障害者の社会進出を支援するナミねぇのパワフルエッセイ開始!

竹中ナミ(nami@prop.or.jp):コンピュータネットワークを利用することで障害を持つ人々の社会的自立を目指すNPO「プロップ・ステーション」を'92年4月に設立。会員から「ナミねぇ」と慕われる組織の大黒柱。しゃべりはバリバリの大阪弁!

vol.13 障害者を対象にした求職・求人情報システム

出会いは阪神大震災のとき

皆さん、こんにちは。ナミねぇ@プロップ・ステーションです。月日のたつのは早いもんやねぇ! この連載、いよいよ2年目に「突入」(ってほどでもないか)です。

「しゃべくりは得意やけど書くのは大の苦手」と言いながら、「インターネットアスキーの連載、読んでまっせ!」とか、「関連情報やけどなぁ……」なんてメールやお電話をいただくと、締め切りを気に(実は、苦に)しながらキーボードをたたく指先にも力が入る、というものです。読んでくださってる皆さんに、心から感謝します。

さて今回は、「研究者でありながら、世のキャリア女性たちのハートを捕らえる"かっこよさ"ではピカいち!」の金子郁容さん(慶應義塾大学教授)に登場していただこうと思います。金子さんが主催するVCOM(インターネットを媒介とする情報コミュニティ作りの実証研究プロジェクト)の活動の中に「ジョブマッチングシステム」が誕生したというお話です。

金子さんとナミねぇの出会いは、そもそも、阪神大震災にさかのぼります。被災したchallengedeたちの組織に、企業からドネーションを受けたコンピュータを配布し、ネットワーク経験を持つ学生を配備して、復興に向けたコミュニケーションと情報交換を促進しよう、という活動をボランタリーで開始した金子さん(これがVCOMの始まり)が、被災地を訪れるために「途中下車する駅」の1つに選んだのがプロップ・ステーションやったんです。

とはいえ、プロップは京阪神に住むスタッフ全員が被災し、ナミねぇも実家が全焼して高齢の両親が事務局に避難してきている、という混乱状態。しかし、そんな中なればこそ、コンピュータネットワークの持つ力を強烈に認識したともいえます。あ、「コンピュータネットワーク」っていうと不正確やね、「人と人を結びつける力がいかに必要かを感じたとき、その増幅装置がコンピュータやった」と言い換えましょう。

自然界の圧倒的な力によって揺すぶられ、押しつぶされ、コミュニティを分断された人間が、日常生活を取り戻す手段の1つとしてコンピュータネットワークをさまざまな場面で利用した初めての体験、それがあの大震災やったように思います。特に、スタッフの多くがchallengedというプロップにとっては、日ごろなにげなく連絡や打ち合わせに使っていたコンピュータネットワークの向こうに「人が居る」ということが、どんなに心強かったかしれません。そういう意味で、「被災地のchallengedたちにコンピュータネットワークを!」と考え、行動に移された金子さんの熱い心と冷静な判断にナミねぇは感服し、VCOMの運営委員として、今日までお付き合いが続いているというわけです。

ジョブマッチングシステム登場

インターネットがまだ一般のネットワーカーたちにとって日常の道具ではなく、商用のパソコン通信網が主流だった頃からわずか3年余。インターネットの普及はめざましい速さで進み、そのスピードに合わせて、プロップの「在宅ワーク推進活動」も、驚くほどの進展を遂げました。「事務局専従者は番頭役の鈴木重昭ただ1人」という、組織の基盤そのものは当時と変わらないにもかかわず、5人、10人、20人と全国に在宅ワーカーが誕生し、「彼らに仕事を出そうじゃないか」と言ってくださる企業も刻刻と増えつつあります。「仕事をしたい!」というchallengedたちの強い意志と日々の努力が、コンピュータネットワークという「道具」によって実りつつあるのです。
「ここまできたら、"在宅のchallengedと仕事(企業)を結びつける"という活動自体にも、インターネットを使ってはどうかな?」 ある日のVCOMの会議で金子さんが言い出した一言に、集まったメンバーは一様に大きくうなずきました。

「在宅のchallengedが、職安に行かなくてもホームページで求人・求職情報を得られるシステムがあれば便利やね!」「職業紹介や斡旋なら免許が必要やけど、情報提供なら誰でもできるし、オンラインなら問い合わせも簡単やし……」「一般の人の求人・求職情報誌が巷にあふれてるやもん、外出しにくいchallengedのために、情報が手軽に取り寄せられる仕組みがあっても不思議やないよね」「プライバシーをきちんと守れる形で、こんな仕事のできるchallen-gedがいます、っていう情報も同時に出せたら、障害者雇用やchallengedへの仕事の発注に意欲のある企業にとっても、メリットがあるかもね」「challenged側の情報は、個人登録だけやなく、プロップのような仲介 NPOが団体登録もできるようにしたら、たとえば全国の作業所なんかにも仕事のチャンスが広がるよね」「そうそう、"今度、我が社の創立記念パーティがあるので、おいしいケーキが100人分焼けるchallengedの組織があれば連絡して"なんていう情報も飛び交ったりしてね(^^)」

という経過で、ジョブマッチングシステムの構想が生まれました。そして研究者である金子さんを中心に、NPO関係者、労働省の方、日本障害者雇用促進協会の研究員、経済団体の労務法制の担当者、企業から金子研究室に院生として留学している天才的なシステムエンジニアなどなど、多彩にして広範な顔ぶれで構成されるスタッフ&アドバイザーは、メーリングリストで日夜綿密な打ち合わせを重ねました。また、登録のためのプログラムも何度も何度も作り替え、練り直しながら、「challenged(個人と団体)と企業が双方向に情報を交換し、連絡の取り合えるシステムの実験モデル」を創り上げました。
ジョブマッチングシステム構築の背景と概要をリリースふうにまとめると、次のようになります。

慶應義塾大学・金子郁容教授を中心に実施しているVCOMプロジェクトでは、障害者を対象にした求職情報と求人情報を登録によってデータベース化し、インターネットを通じて一般の人が自由に検索したり閲覧したりできる「ジョブマッチングシステム」によるサービスを実験的に開始した。

■システム誕生の背景

インターネットの普及で通信ネットを介したテレワークやSOHOが盛んになっているが、コンピュータやネットワークのスキルを持つ障害者にとっては、自宅にいながらパートタイムの仕事を請け負ったり、在宅勤務という形態で就労することが現実的に可能になってきた。しかし、求職情報を得るには、職安に出かける以外ほとんど方法がない。在宅勤務を希望する重度の障害者は職安を訪れること自体が困難であり、これらの労働力の需要調節ニーズに的確に対応するシステムが必要である。

また、障害者の法定雇用率がこの7月から引き上げられ、障害者の自立に関する社会一般の関心も高まってきた。在宅勤務も一定の基準を満たせば雇用率にカウントされることとなっている。これまで企業は、求人に関して独自の努力をしてきているが、求める人材を探す有効な手だてとして、ネットワーク利用のニーズが出てきている。

■ ジョブマッチングシステムの特徴

ジョブマッチングシステムでは、ホームページにアクセスすることによって、一般の人が求職・求人情報を登録でき、探している条件に合う情報を検索したり一覧表をブラウズできる。個人情報保護のため、求職者の詳しい情報は、事業者としてシステムに登録した企業・団体のみがアクセスできるなどの配慮がなされている。また、障害者の就労については、個別に解決が必要な問題が生じることも少なくない。ジョブマッチングシステムではそのような状況に応えるために、専門家グループによる個別相談をメールで受け付ける。

  • * ジョブマッチングシステムは、VCOMホームページ(http://www.vcom.or.jp/)より、「ジ ョブマッチングシステム」をクリックすることでアクセスできます。
    問い合わせ jms−recpt@vcom.or.jp
    VCOM事務局 Tel03-3780-0800

この原稿を書いている3月末日の時点では、実験システムが完成したばかりで登録件数は少しですが、どんなものかぜひアクセスしてください。そしてchallenged、企業側ともに、このシステムを有用活用していただければうれしいです。また、システム改善への提言などがあれば、 jms-recpt@vcom.or.jpへお寄せください。

自治体も動き始めている

ところで話はガラッと変わりますが、近年、全国各地の自治体がコンピュータネットワークを活用した在宅福祉・医療などのシステムの構築に取り組み始め、いくつかの自治体からは「コンテンツのご相談」がプロップへ寄せられています。その中で、三重県商工労働部では「プロップの活動形態を取り入れた在宅就労支援システムに対する予算」の確保ができ、いよいよ今年度から「challengedの在宅ワークのためのセミナー事業」が開始されようとしています。三重県に在住するプロップのchallengedメンバーが核となり、この事業を共に推進していこうとしているところです。

また、高知県からも3月末に情報企画課長さんと関連事業者の方がプロップを訪問されました。県内の過疎地域における在宅ネットワーキング推進についてうかがいながら、今後プロップの活動と連携をとりながら仕事を含めたコミュニティ活動の活性化を図ってゆきましょう、という話し合いをしました。

日本という国が、誇りと活気のある高齢社会(言い換えるなら、challenged社会)を迎えられるかどうかは、自治体の取り組みいかんによる、と言っても過言やないと思っています。コンピュータネットワークは、在宅福祉や医療や就労やコミュニティの活性化に役立つ道具として使われてこそ、「道具」としての真価を発揮するんやないでしょうか。ジョブマッチングシステムは、こうした自治体の取り組みにも役立つ「道具」に発展してほしいと願っています。

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