internet@ASCII 1998年3月号より転載

インターネットとChallenged

インターネットは打ち出の小槌。重度障害者の社会進出を支援するナミねぇのパワフルエッセイ開始!

竹中ナミ(nami@prop.or.jp):コンピュータネットワークを利用することで障害を持つ人々の社会的自立を目指すNPO「プロップ・ステーション」を'92年4月に設立。会員から「ナミねぇ」と慕われる組織の大黒柱。しゃべりはバリバリの大阪弁!

vol.10 ナミねえ、ビル・ゲイツ氏に会う

'97年12月9日

ナミねえは、マイクロソフト代表取締役社長、成毛真さんのご紹介で、ビル・ゲイツさんにお目にかかりました。その日の午前中には、橋本総理や加藤幹事長など政府首脳に会われたということでしたが、ナミねえがお目にかかった夕刻からの会では、アスキーの西和彦社長、ソフトバンクの孫正義社長、CSKの大川功社長などもご一緒に、まるでパソコン雑誌の「豪華特集」の一場面のようなロケーションでした。

そういう雰囲気の中で、講演会などで聴衆として遠目に見る、というのでなく、プロップ・ステーションの活動についてビルさんに直接お話しする機会をいただいたんです。ひゃぁ〜、もう完全にミーハーになってしまいそうやったけど、はやる心を抑えて真剣にお話ししました(といっても、ナミねえは英語が全然アカンので、成毛さんや通訳の男性に助けてもらいながら、です)。

実はビルさんからは、昨年8月に、成毛社長を通じて、プロップの機関誌『flanker』18号に「ハンディキャップをもつ人の力になれれば、万人の力となれる」というタイトルの原稿を寄せていただきました。ビルさんの原稿は、原文とともにプロップのホームページ(http://www.prop.or.jp/)で読むことができます(画面1)。ぜひ見にきてくださいね!

そんなこともあって、ナミねえは、ビルさんを「世界一の大金持ち」という視点からでなく、「コンピュータが人類を幸せにする方法を真剣に考えている方」という視点で見ていました。Windowsという世界標準とも言えるコンピュータのOSを提供しているマイクロソフト社がchallengedユーザーを視野に入れた開発をしてくださり、コンピュータが、challengedが社会参画と就労を果たすための強力な道具となってほしい、と切に願うナミねえにとって、ビルさんに直接プロップの活動や日本のchallengedを取り巻く現状などをお話しする機会が得られたことは、とてもとても大きな出来事でした。

ビルさんにお話ししたこと

さてここで、ナミねえがビルさんに聞いてほしかったこと、お話しした内容を、改めて書いてみたいと思います。

アメリカではADA(障害を持つアメリカ人法)(*1)などにより、障害を持つ人持たない人も「機会は平等であるべき」ということが法的に規定されています。けれど日本では、「憲法」で「平等の理念」をうたっているものの、「平等であるためにどんな策を持つべきか」ということが具体的に法に落とし込まれてはいません。

「平等でなければいかんよね〜」という暗黙の了解と、「でも現実はそうはいかんもんね」というこれまた暗黙の了解のもとに、「親切にしといたらええんちゃう」、「愛の手をさしのべたらええやんか」という、結果としてchallengedに「期待しない」社会ができあがっているんです。

でも、コンピュータネットワークが発達して、在宅で情報を収集し、コミュニケーションをとることのできる時代が到来しました。日本のchallengedたちも、チャンスへの道筋を自分たちで創り上げていくことができるようになったのです。また、プロップや東京コロニー(*2)など、いくつかの民間組織がそのコーディネイト役を果たすようにもなってきました。

高齢社会を乗り切っていく、という大変な課題を抱えた日本においては、働く意欲を持った人や、社会を支える側に回ろうという意志を持った人の力を最大限に生かすことのできる「具体的な策」が必要です。巨大な象のように「方向転換」に時間のかかる行政にまかせるだけでは、コンピュータネットワークをうまく活用することはできません(巨大な象もいざというときは素早く方向転換するそうなんで、こういう言い方は象に失礼かな。ははは)。

「仕事」というのは「仕事がしたい人」と「仕事を提供する人」の共同作業なので、challengedが「仕事がしたい」と叫ぶだけでは、彼らが「仕事人」になることはできません。特に日本では、在宅重度のchallengedの場合「福祉行政の範ちゅうの人たち」と位置づけられています。ですから、職安のような公的機関も彼らの力を伸ばす仕組みや、その能力を確認する手だてを持っていません。こういう社会においては、まず企業との共同作業を可能にする条件整備が必要なんです。

条件整備ってどうすることなのか? それは、意欲のあるchallengedが仕事人になるための技術取得のシステムを構築し、技術取得者と仕事(企業)をつなぐ中立的で的確な技術認定のできるコーディネイト機関を設け、行政も企業もその機関の安定的運営に寄与する、という「challenged側と企業側との両者にメリットのある社会システム」が生まれることだとナミねえは思っています。

プロップでは、そういうシステムの雛形として、マイクロソフト社と共同で、「在宅で技能を高めるセミナー(在宅スキルアップセミナー)」の実験を開始していますが、プロップだけではなく、コンピュータを取り入れた全国の作業所、養護学校、障害児(者)教育の現場などでも、ぜひ「在宅ワークに向けた取り組み」を開始してほしいと思っています。

ちなみに労働省では、「重度在宅者5人を雇用する企業には、サポート担当社員1人の給与の4分の3を10年間にわたり補助する」という制度を持っていましたが、利用者がほとんどいないということで、今年度末にも見直す計画だそうです。コンピュータネットワークの発達で、これからの10年にこそ必要な制度かもしれないのに、とナミねえは大変残念に思っています。でも「廃止」ではなく「見直し」であるならば、上記のような社会システムの構築に向けた見直しをほしい、と切に願っています。

企業の動きの中では、マイクロソフト日本法人が、成毛社長自ら7月のchallenged Japan Forum(*3)で発表されたとおり、アクセシビリティ(*4)に関連する機器の開発を行っている人たちへ、OSの情報公開を開始しました。先日も「Windows98のアクセシビリティ部分のバグについて連絡したら、すぐレスポンスがあり、今までのMSとはまったく違う対応に驚いた」というサポート機器の開発者からの声がプロップに届いています。

また、前号、前々号で紹介したように、キャノンの御手洗社長の英断により、マルコ・ナビゲーション・システムの日本上陸が実現しようとしています。「トップが変われば企業が変わる」、「企業が変われば日本が変わる」ということを私たちは実感しつつあります。社会全体の意識変革が始まっているのです。

日本は「おかみ」の国で「自治がない」とよく言われるけど、企業も含めた民の力で社会を変えることが自治ちゅうもんでっせ! ということを、日々の活動を通して社会に訴えていこうと改めて思っているナミねえです。

12月9日は、こういう話をすべてではないけど、可能な限りビルさんに聞いていただき、世界企業のトップとして力を貸してほしいとお願いしました。ビルさんだけではなく、同席された日本のコンピュータ業界のトップの皆さんがナミねえの話に共感を示してくださり、企業にとっても、「challengedを納税者にできる日本」というプロップのスローガンが浸透してゆきしつつある、という手応えをしっかり感じた貴重な1日でした。

今年もchallengedの活躍に期待!

9日のビルさんとの出会い続き、ナミねえは12月18日、マイクロソフトの社員クリスマス会に招かれ、一昨年、在宅雇用されたプロップのchallengedメンバー、長崎の森 正くんや、マイクロソフトとコンサルト契約を結んだ全盲の細田和也くんに久しぶりに会いました。和也くん(なんと)フィアンセ同伴で、彼女と点字サークルで出合ったなれそめ(!)や、春にはアメリカの大学院に留学し、米国マイクロソフト本社の技術者の皆さんとも連携して活動したい、という計画を聞かせてくれました。

森くんも車いすを駆って1人で九州から出てきたそうですが、仕事以外の社会活動として地元の企業の人たちと第2、第3の森くんを生み出すNPO(*5)活動を開始した、と生き生きと報告してくれました。

受け身ではなく、自ら人生を切り開き、自らの努力でチャンスを掴んでゆくchallengedたちが、もっともっと生まれ出るような活動をプロップは今年も続けてゆきたいと思っています。8月には、復興の街「神戸」で(ビルさんの力もお借りして!?)、国際フォーラムを開催する予定です。皆さん、1998年も、ますますのご支援、よろしゅう、お頼もうします!

*1 ADA(The Americans with Disabilities Act):障害者に対する差別を禁止することを目的に、1990年に合衆国で制定された法律。

*2 東京コロニー:社会就労センター(授産施設や福祉工場)の運営など、障害者が働くことを通じ、障害者の完全参加と平等の実現を目的とした社会福祉法人 (http://www.bekkoame.or.jp/~tocolo/)。 

*3 challenged Japan Forum:プロップ・ステーションらの主催によるフォーラム。重度障害者の自立を目指して、官産学民の枠を超えて議論を深め、政策提言を行うのが目的。

*4 アクセシビリティ:障害を持つ人や高齢者がコンピュータなどの機器を容易に利用できること。そのために機器を使いやすくすることなども指す。

*5 NPO(Non Profit Organization):利潤をあげることを目的としない。公益的な活動を行う民間組織。

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