季刊・本とコンピュータ (3(1998年冬号)) (1998年1月発行)より転載

【目と耳の本棚】

竹中ナミ 『プロップ・ステーションの挑戦』

(筑摩書房 1998年 1810円+税)

「チャレンジドを納税者に」を標榜しているグループがある。チャレンジドとは障害者を指す新しい言葉だ。このメッセージを聞いてみなさんはどう感じるだろうか。障害者に、働け、税金を払えとは、ひどいではないか。この不況時に障害者まで職をもてなんてとんでもない。正直な反応はそんなところではないか。

しかし、それは、とんでもないことではないのである。実は、「チャレンジドを納税者に」というメッセージには、いま、あらゆる方面で行き詰まっている日本社会の諸問題を解決する糸口が隠されているのである。

本書の著者、竹中ナミ(通称ナミねえ)は、長女が重度心身障害児として生まれたことを契機に障害児医療や福祉について独学し、手話通訳などのボランティアを経て、1992年にプロップ・ステーションを設立した。会員の多くはチャレンジドであるが、プロップはそんじょそこらの障害者団体ではない。これまでの障害者団体は、ともすれば、行政に待遇改善を要求し、企業に障害者を雇わないのはけしからんと文句を言う圧力団体化しているか、そうでなくとも、何がしてくれという受け身の姿勢のものが少なくなかった。

コンピュータを使えば身体機能の障害はカバーできる場合が多い。いながら世界中の情報が手に入り、誰とでもコミュニケーションがとれるというインターネットの特色は、障害者にとってこそ大きな味方になる。ナミねえによれば、人類にとっての火がチャレンジドにとってのコンピュータとネットワークなのだ。プロップは、チャレンジド(=挑戦を受けし者)としてのもてる力を生かすために情報技術を目につけ、発想の転換をした。

プロップでは、もう何年も前からチャレンジドを対象にしたコンピュータセミナーを開催していて、すでに多くのチャレンジドが最先端のスキルを獲得している。その一方で、プロップが窓口となって、NTT、関西電力などの企業から業務を受託して就労機会を作っている。納期を守り、しっかりとした仕事をするので、リピートオーダーも多い。

インターネットによって世界が互いに直接つながると、社会には、標準化と多様化・分散化の力が同時に働く。グローバル・スタンダードを無視するものは世界の流れに乗り遅れてしまうが、その一方で、標準化が進むと、既存システムでは認められていない微小な力が影響力を発揮しやすくなる。ホームページの普及によって情報発信のパワーバランスが大きく揺らいでいるが、それはインターネットという世界標準ができた結果にほかならない。「ビジネスチャンス」の到来である。 ここで「ビジネスチャンス」と言っているのは、何かを求めている人とそれを提供する人が「出会う」ということ、つまり「情報マッチング」の機会がネットワーク社会の出現で飛躍的に拡大されたということだ。

そもそも、われわれは誰でも「人の役に立ちたい」と思っているものだ。誰でも、自分の知っていること、経験したこと、得意なことが、他の誰かの生活に生かされる機会が生まれることを求めている。それらをつなげるのが、情報マッチングであり、そのようなマッチングがスムーズに効率的に行われることが、個人生活の充実であり、社会や経済全体がうまく回り、豊かになるということの基本である。

高齢化、経済の成熟、グローバル化の進行で、これまでの社会の延長では立ちゆかなくなることが目に見えてきた。強いものが弱いものを保護するというやり方は早晩崩壊する。障害者でなくとも、どんな人でもいろいろな意味で弱さをかかえている。できないことを悔やみのではなく、できることを見つめてそれを伸ばし、そのことでほかの人の役に立っているというプライドをもって社会参加する。そのような機会が用意されれば、これまで未発掘だった力が沸き上がってくるであろう。

プロップの周りには、自然とたくさんの賛同者や協力者が集まってくる。それぞれがプロップにかかわることで自分が役に立つという実感を得られ、成果が上がるので気持ちがいい。本書は、ナミねえの発想や活動の様子をわかりやすく述べているとともに、マイクロソフト社長、通産省や自治省の新進気鋭の若手官僚、大学の研究者などなど多様な人がぞくぞくと登場し、それぞれがプロップから何かを得ており、プロップがいかに新しい社会を築くための渦となっているかを語っている。それがどんなことかは、本書を読んでいただくしかない。

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