月刊CYBiZ 1997年11月号より転載

さいふうめいの サイバーステージへの長い道 [第19回]

成毛真も注目していた
障害者(チャレンジド)支援団体が大阪にあった

文=さいふうめい 撮影=佐々木啓太

さいふうめい●劇作家。 九州大谷短大講師(演劇・ノンバーバルコミュニケーション)。
『勝利のベクトル−ギャンブルになぜ勝ち負けは起こるのか』(T2出版)がやっと出た。『少年マガジン』誌で「勝負師伝説−哲也」の原案を担当中。雀聖・阿佐田哲也の一代記です。

前号までのあらすじ

マイクロソフトが、全盲の大学生・細田和也さんとコンサルティング契約を結んだ。彼との契約を成立させたのは、マイクロソフトの社長室長の道白さん。前号までは、細田さんと道白さんにお話を聞いた。

MSの社内報でも取り上げられた細田さん

マイクロソフト社(MS)の社内報「Micro Campus」の8月号によると、MSの社内に「ボランティア委員会」が発足したと報じられている。同委員会発足のキーパーソンは社長室長の道白氏ようだ(委員会の代表は別の人)。

そこに細田さんの次のようなコメントが載っている。
「(ウィンドウズ95は)発売当初、『誰でも使える』とコマーシャルなどでは言われていたけど、僕らには使えない。僕らは『誰でも』の仲間には入れてもられなえないんだなと思いました」

「(ウィンドウズ95の唯一の音声化ソフト『95リーダー』でワードを起動させると)音声化されるのは入力時のみ。一度確定した単語については無音。また、モニタではメニューバーのメニューが見えますが、まったく読み上げられません」
私は細田さんを取材して、こういうコメントを取れなかった。情けない。

PCを前にしたとき、私たちはPCが排除するものを無意識に排除してしまう。

「誰でも」や「みんな」という言葉が、随分狭い意味で使われていることを忘れてしまう。

また、音声化ソフトについても、入力時しか音声にしないなんて、笑い話のようだが、そんなことを真面目にやってしまっているのだろう(そんなことを真面目にやってしまう私たちが果たして「健常者」なのだろうか)。

MSと細田さんを結んだのが、大阪のプロップ・ステーション

私と担当オールイ、カメラマンのクマさんは、「プロップ・ステーション」の取材をするため、大阪に出張った。「プロップ」は細田さんとMSをつないだNPO(非営利の市民組織)である。「チャレンジド(障害者)を納税者に」というスローガンで、チャレンジドを対象にPCのセミナ−をやっているグループだ。

代表は竹中ナミさん(以下、ナミねぇ)。1948生まれだから、私より8歳年上だ。声がでかくて威勢がいい。目鼻立ちも良くて、若い頃さぞおキャンな娘だったろうと思う。30年前なら、口説いていたかもしれない。

ナミねぇはパソコン業界周辺にはいないタイプの人だ。報道するに値する明るさがある。人を惹きつける天性の華がある。
が、ナミねぇの話をする前に、細田さんとMSの話を終わらせておきたい。

細田さんとナミねぇが知り合うのは自然だ。障害者と健常者を支援するグループが知り合っても不思議はない。しかし、ナミねぇがMSと知り合った経緯は報道する足るエピソードを持っている。

そもそもは、ウィンドウズ95発売の少し前に、「プロップ」にマイクロソフト株式会社取締役社長成毛真の名義で法人会員協賛金の振り込みがあった。
ナミねぇたちにはその理由がわからなかった。すると今度は、ウィンドウズ95の日本語版が送られてきた。発売の3日前である。

これは尋常ではない。ナミねぇはMSに問い合わせてみた。やはり社長本人の指示だという。

先述の社内報によると、成毛社長は「プロップ」のことを雑誌の記事で知り、法人会員に「A社」の名前を見つけ、「障害者層までA社に取られちゃかなわん」と、協賛する気になったという。で、「儲かるからやるんだ」というのが障害者対策を始める理由とのこと。20年、30年という長いスパンで見れば、儲かるんだ、と。

私は成毛真という男に初めて興味を持った。

本当に「儲かる」なら、個人名義でこっそり協賛金の振り込みなんかするものか。堂々と、出かけていって、「一緒に儲けまひょ」と電卓を叩くのが商人の正しい態度である。

発売前の「ウィンドウズ95」を見ず知らずの障害者支援団体にわざわざ贈るなんて、戦国時代のPC業界を勝ち込んできた男のやることじゃない。どうせならアップル社の社長に送り付けたらいいじゃないか。

この件に関して、成毛氏はフォームを崩している。成毛氏は儲かる自信があってやっているのではない。何しろ「儲かるからやるんだ」なんてことを社員に言わなくてはならないのだから。その前に儲かるか、儲からないか、リサーチをやったのかも疑わしい。

成毛氏は私と同じ世代のはずだ。私の勘に狂いがなければ、これは私たちの世代が子供の頃直撃を受けた、ウォルト・ディズニーの世界なのだ。

もう少し機が熱したら、成毛氏をまとめて論じる日が来るかもしれない。

障害者向けに有料セミナー。身銭を切ってこそ技術は身につく

さて、「プロップ」である「チャレンジドを納税者に」という「プロップ」のスローガン、最初はJ・F・ケネディが言ったらしい。で、チャレンジドという言葉も私も好きだ。ある新聞では「試練を与えられた者」と訳している。私は「挑戦者精神を失わない者」と訳したい。

「プロップ」は実際の業務の中で、チャレンジドを対象に、PCのセミナーをやっている。毎週水曜日と金曜日の午後6時半から2時間。半年で1クールである。マックが水曜日、ウィンドウズが金曜日。受講料は1回2000円。

「チャレンジドからお金を取るんか、と言われそうですが、きちんと仕事を目指すのなら、自己投資をしましょうと言うてるんです。最初の1年は無料でやっていたんですが、ほとんどの人が伸びなかったんです。それにボランティアの先生が仕事を終えて走ってきてくれるのに、生徒が『出かけにトイレに行きたくなったから遅れました』では困るんです」

1991年5月に発足して、現在までに150〜160人が受講している。うち、10人がPCで仕事を始めている。たとえばこんな具合に−。

山崎博史さん(32歳)は、19歳のときに交通事故で手足が不自由になった人だが、現在はIBMの注文でプログラミングの仕事をしている。

脳性小児麻痺の石田圭介さん(37歳)は、母校(養護学校)でPCの指導をしている。

最近では、チャレンジドがセミナーの講師を始めるなど形態が変化しはじめている。

ナミねぇに重度心身障害児の長女が生まれて、「プロップ」に至るまでの話は本一冊分の読み応えがあるが、次回濃縮してお届けする(「SOHO」の本質論になってくるのだ)。

(注*) 「プロップ」は「支え合い」を意味する。障害を持つ人が支えられるだけの存在ではなく、支える側に回れる社会を目指す。

プロップ・ステーションのホームページ

URL=http://www.prop.or.jp/

プロップ・ステーションの活動をまとめたホームページ。単なる情報を掲載しているだけでなく、チャレンジドが仕事を得るための情報、知識、事例報告などが豊富に掲載されている。インターネットを使って仕事をすることも積極的に推進しており、そのためのインフラにもなっている。健常者にとっても読み応えのある内容なので、ぜひ、一読してほしい。

[プロップ・ステーション事務局]

所在地 大阪市北区同心
TEL&FAX 06−881−0041
電子メール nami@prop.or.jp

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