インターネットマガジン 1997年10月号より転載

障害者のネットワーク利用の現状を考える

チャレンジド・ジャパン・フォーラム レポート

家から一歩も出られない人がいる。
やりたい仕事があるのにできない人がいる。
描きたい絵があるのに描けない人がいる。
そのような障害者の切実な思いを救うツールとして注目されているのが、コンピュータと、そしてネットワークだ。

今回、大阪の「プロップ・ステーション」というパソコンネットワークを利用した障害者就労支援組織が中心となって、「チャレンジド・ジャパン・フォーラム」というイベントを開催した。

このイベントの模様をお伝えするとともに、現在、コンピュータネットワークが障害者にどのように利用されているのか、またどのような問題点があるのかを探る。

"障害者の就労"がテーマのイベント
チャレンジド・ジャパン・フォーラム

7月8日に開催されたチャレンジド・ジャパン・フォーラム(主催:東京大学社会情報研究所、プロップ・ステーション、株式会社ニューメディア)では、「チャレンジドを納税者にできる日本・実現に向けたアクション・プラン作り」をテーマに、さまざまな角度から障害者のネットワーク利用に関して熱心に議論された。

「チャレンジド」は「挑戦し続ける人」

「チャレンジド」とは、アメリカで身体障害者を示す言葉である。日本では「障害者」という言葉で括られるが、アメリカでは「挑戦し続ける人」という意味を込めて、障害者をこう呼ぶ。「チャレンジド」という言葉に対する感じ方はそれぞれ違う。障害者の中には、「別にわれわれは挑戦しているわけではない」と言う人もいる。ただ、現在の障害者の就労を取り巻く状況は厳しく、その中で、あえて仕事を通じて社会にかかわろうとする彼らの姿は、まさに「挑戦し続ける人」という言葉がぴったりだ。そして、その挑戦を実現していくツールとして、今インターネットが注目されている。

チャレンジド・ジャパン・フォーラムの概況

チャレンジド・ジャパン・フォーラムは、大阪のプロップ・ステーション(代表:竹中ナミ)という組織が主催して開催された。プロップ・ステーションは障害者の就労を支援する組織で、いわゆるNPO(非営利組織)であり、関西地域を中心に活動している。加盟している障害者を企業に斡旋したり、何社かの協力を得て、実際にネットワークを使って就労している会員が何人かいる。

このフォーラムは、今回で3回目である。実は、第1回第2回は一般公開されていない、プロップ・ステーションの会員向けの会合だった。今回、初めて一般公開となった。このフォーラムの特徴は、実際に障害者が出てきて自らの体験を語ること、そして、「障害者の就労」に協力的な企業の代表者が出席して、企業の側からの意見も言うことの2点だ。今回は、ウィンドウズ95でおなじみのマイクロソフト株式会社、そしてWeb上でアニメーションが見られる「ショックウェーブ」の開発元であるマクロメディア・ジャパン株式会社の2社の代表取締役がパネリストとして出席し、同社の障害者の雇用に関する考え方や、障害者が使うソフトウェアのあり方などを語った。

また、障害者を納税者にするために、行政機関がどのように動けばいいのかということも重要であるために、通産省や郵政省、自治省などの行政側からも出席者を招聘している。障害者自身の立場から政策を考えるとともに、企業や行政などの意見も取り入れている点は、なかなか他のイベントでは見られない。

藤沢と大阪にも会場を設置


聴覚障害者のための手話通訳もいた。

第1回は東京、第2回は大阪で開催された同フォーラムだが、今回は東京大学の山上会館で開催された。ただ、より多くの人に見てもらえるように、大阪市と神奈川県藤沢市にも会場設置して、NTTの協力を得てビデオ会議システムで映像を中継した。そのため、3会場合わせた来場者も今回は300名と前回よりも多い。このビデオ会議は同時に、パネリストの参加にも利用される。大阪や藤沢にいるパネリストが、これを利用して出席するためである。藤沢市の会場では慶応大学教授の金子郁容氏、そして大阪会場からは関西電力の絹川正明氏が参加した。

「障害者とネットワーク」についてさまざまな面で考察


東京会場には約100人ほどが集まった。

第1部では「21世紀に向けたテレワーク」と題して、マイクロソフトの成毛真社長やマクロメディアの手嶋雅夫氏、金子郁容氏、プロップ・ステーションの竹中代表らで、ディスカッションが行われた。ネットワークを利用しての在宅勤務のあり方、そして企業側として障害者をどのように見ているかということを話し合った。その中で、障害者の就労がコンピュータネットワークを使うことでスムーズになること、そして、だからこそ障害者も健常者となんら変わることなく、「一芸」を身に付ける必要があるのだという意見が成毛氏や手嶋氏から寄せられた。また、「積極的に企業を活用してほしい」という意見も成毛氏から寄せられた。

その後、成毛氏と細田和也さんによる対談(詳しくは下段参照)、第2部ではプロップ・ステーションの活動紹介および障害者の在宅就労事例、通産省や郵政省、自治省の人を交えて、NPOのあり方などについて討議された。障害者が単独で企業にアプローチするよりも、支援組織を活用したほうがはるかにやりやすくなる。ただ、支援組織がスムーズに障害者を支援できるようにするためにも、NPOという組織形態をもう少し社会的に認知される必要がある。そのための法制度の改正についての意見などが述べられた。民間、行政、研究機関とさまざまな人から意見が寄せられたことにも、大きな意味があったと言える。

障害者が使いやすいウィンドウズを目指して 
細田和也さん


対談後にパネリスト一同で。向かって左からプロップ・ステーション代表の竹中ナミ女史、マイクロソフト代表の成毛真氏、細田氏、マイクロソフトの技術スタッフの真中信一氏。

マイクロソフト社と共同してウィンドウズ95のソフトウェア開発に勤しんでいる全盲のパソコンユーザー、細田和也さん。今回、マイクロソフト株式会社の成毛社長との対談となった。

細田さんは生後1歳半で癌のために両眼を摘出した。ただ、工作が好きでパソコンやラジオの製作に興味を持ち、現在淑徳大学4年に籍を置きながら、マイクロソフト社に協力している。「シュアの大きいソフトが使えなければ仕事にならない」というきっかけでウィンドウズ95に挑戦するが、日本語環境による音声装置の不備に不満を感じた。そして視覚障害者が使うためのソフトウェアが日本語版よりもはるかに整っている英語版ウィンドウズ95をインストールして使っている。マイクロソフト社に協力している細田氏だが、それは現在のウィンドウズ95に大きな不満を持っているからだと、会場では包み隠さず語る。

対する成毛社長もその批判は真撃に受け止めている。日本語版ウィンドウズ95には入力デバイス、ソフトウェアともに、全盲の人が使える環境が整っていない。それに関しては現状をとにかく認めたうえでこれから、製品を出して、それに対する意見をフィールドバックして新たな商品を開発していくしかないと語る。

成毛社長が「少なくとも、パソコンのソフトウェアを売らせたらうちは世界一です。だからこそ、チャレンジドの方はもっとうまくプロを利用してほしい」と語ったのに対して、細田氏は「成毛さんは、ソフト業界では(マイクロソフトはプロだ)と言います。僕も、長い間全盲やってますんで、全盲にかけてはプロです。ですから、全盲にかけては、とにかく、僕を利用してくれればどういうことかというのを知ることができますし、それでどんどん良いものができてくれれば、それでいいということです」とやりかえす場面も見られた。細田さんがかかわることで、次のウィンドウズはどのように変わるのか。視覚障害者が使うということを真に考えた次世代ウィンドウズの登場が待たれる。

チャレンジド・ジャパン・フォーラムで発表された
就労事例

松田あきらさん


在宅就労の有効性を語る松田あきらさん(中央)。

肢体不自由で車椅子での生活をしている松田さんは、以前5年間ほど一般企業に勤めていた。会社ではコンピュータを使って仕事をしていたので、コンピュータに関連した仕事ができればと思い、プロップ・ステーションのメンバーとなった。現在は日本電信電話株式会社(NTT)から仕事を受注している。NTTの「ハローネット・ボランティア」の、ボランティアに関するページへのリンクを張っていいかどうかということを、ページ作成者にメールで了解を得る作業をしている。

「通勤していたころは会社への行き帰りにも時間がかかり、仕事をして帰ってきて寝るだけ、という生活でした。在宅勤務のほうがはるかにやりやすいですね。仕事の作業自体はほんとうにシンプルで、生活のリズムもいいですね。マイペースでやれます」と、ネットワークの有効性を語る。現在、同じ在宅就労者4人と共同して、ネットワーク上でやりとりしながら仕事の量を割り振れるので、効率もいいそうだ。

久保利恵さん


絵本作家を夢見る久保利恵さん。

「絵本作家になるのが夢」と語る久保さん。生後6ヵ月にウエッドニッヒホフマン病が発病して以来、首から下の筋力がほとんどないという。全介護が必要で、自宅では電動車椅子を自分で操作し、屋外では手動の車椅子を押してもらって生活している。

「安定した収入を得て、経済的にも自立して、絵本作家になりたいという夢を追いかけているんですけど、副業(イラストレーター)を充実させてお仕事(絵本作家)をやりたいな、と思っています。自分は絵を描くのが得意なので、それを生かせればと思って、マックのセミナーに2年間通いました」と語る久保さん。昨年、関西電力の45周年記念事業の広報イメージイラストを描いたのが最初で、イラストレーターとしてのデビューを果たした。最近も同じく関西電力から、イラストの発注を受けている。これはプロップ・ステーションと関西電力とのつながりがきっかけだった。障害を持ったフリーにクリエーターが大企業にアプローチするのは、かなり困難がつきまとう。この問題をスムーズにしたのが非営利団体としてのプロップ・ステーションである。発注側である関西電力の絹川氏も、コーディネーターとして非営利団体の地位向上を訴えていた。絵本作家としてのデビューはまだ果たしていない久保さんだが、挑戦は続く。

吉田幾俊さん


マウスによるコンピュータグラフィックスの可能性を語る吉田幾俊さん(中央)。

吉田さんはマクロメディア株式会社からの発注を受けて、ブラウザー上でアニメーションが動く「ショックウェーブ」のデータを、同社の「ディレクター」というソフトウェアを使って作成している。肢体不自由で手描きのイラストを描くのもままならないという吉田さんは、コンピュータグラフィックスの有効性を強調する。

「手が震えて、線1本もまともに引けないという状況だったんです。絵を描こうと思っても、どういう風に表現するかというその方法がなかった。それで、コンピュータというツールができたのがありがたいと思っています。「ディレクター」を使ってアニメーションで自分のイメージを持って自分で身につけることができたので、感謝しています。

「マウスだと震える手でも直線が引ける」と吉田さんはコンピュータでのメリットを強調する。「自分のやりたいことをどう表現するか、自分のやりたいことをどういう風にやるかということを、マルチメディアは可能にしていくんじゃないか」と語る。

吉田さんにとって、コンピュータは人生を変えたツールであるとさえ言える。前述した久保利恵さんとともに、関西電力の仕事を行ったこともある。

フォーラムに参加したチャレンジドに聞く!
「障害者が使うネットワーク」の現状と問題点

障害者が発言したことが画期的だった


阪本英樹さん。「使っていない人にいかに使ってもらうかを考えてほしい」。

お話を伺ったのは、東京都中央区に在住の阪本英樹さん。障害名は「脊髄性灰白質小児麻痺後遺症による体幹及び四肢不完全麻痺」。現在は日本IBM株式会社に勤務しており、東京都身体障害者福祉団体連合会国際部長を務める。自家用車で川崎に通勤する傍ら、福祉にかかわるさまざまな活動をしている。今回は1人の障害者として、フォーラムに参加した。

阪本さんはチャレンジド・ジャパン・フォーラムを評して「どうやって儲けにつなげるかということ、どうやって収入に結び付けるかということを示しましたよね。それは非常に画期的でした。(障害者とネットワーク)というとやはり障害を持たない人が中心となって発言するというパターンが多いんですけど、障害を持った人が実際に出てきて発言していたのが、従来の集まりとは決定的に違うと思います」と語る。

障害者の国際会議などに出席する機会が多い阪本さんは「日本の障害者はもっと発言すべきだ」と語る。以前からそのことにはがゆさを感じていた阪本さんにとって、実際に障害者が壇上に立って自らの体験を語っている姿は印象的だったようだ。

ネットワークにつながっていない人のことも考えたい

ただ、一方で今回のフォーラムに不満を感じた面もあるという。「自分が1年間こういった活動をやってきて、最近痛感しているのは、現在、情報にアクセスしていない人は関係ないということなんですよ。車椅子の障害者であろうと何の障害を持つ者であろうと。本来は、情報にアクセスできない人をどうするかということももっと論ずるべきだと思う。情報のネットワークの外にいる人。フォーラムで一番関心を持ったことがそこなんですが、そういう議論は一言もなかったですね。なんか、メールぐらいはできるというのが、そこにいる人たちの暗黙の前提という感じを受けました。しかし、それはフィクションの世界であって、現実の世界は接続もままならないというかお金がないというか。あるいは能力がないとか。そういう人たちがいて、その人をどうするかということが一番の問題だと思います」と語る。ネットワークが障害者にとって有効なツールであればあるほど、それをまだ利用していない人への働きかけは重要であろう。

インターネットはアクセスポイントの多さが魅力


伊藤和彦さん。「通信費をもう少し安くしてほしい」。

もう1人、会場でお話を聞いた新潟県岩船郡在住の伊藤和彦さんはプロップ・ステーションの一員で、在宅勤務の実現のために、データベースソフトウェアの講習をネットワークで受けている。在宅就労を目標としているだけあって、今回のフォーラムには、大変魅力を感じたようだ。「大都市から離れた小都市に住んでいるのですが、今回までは所属していたパソコン通信のアクセスポイントが近くになく、いちいち大都市まで電話をかけていました。パソコン通信と違い、インターネットなら小都市に住んでいても、地域のプロバイダーを利用すればアクセスポイントが家の近くにあるという利点があります。通信料金が格段に安くなりました」と語る。

伊藤さんは、現在のネットワークの問題点は通信費の高さだと指摘してうえで、インターネットの良さを「通信費の安さ」に認めている。

障害者のためのもう1つのイベント
パソコン・ボランティア・ カンファレンス'97

チャレンジド・ジャパン・フォーラムのなかでも、「障害者とネットワーク」について考えるイベントがある。日本障害者協議会が主催する「パソコン・ボランティア・カンファレンス」である。3月15日から16日にかけて開催されたこの会議では、「パソコン・ボランティアと障害者電子ネットワークの挑戦」をテーマに、草の根で活動している障害者支援組織の講演やパネルディスカッションなどが行われた。

草の根の非営利組織が集う場

チャレンジド・ジャパン・フォーラムは障害者のネットワークのなかでもとりわけ「就労」をテーマとした課題で展開している。これに対してパソコン・ボランティア・カンファレンス(PVC)は、障害者がネットワークを使うまでの「アプローチ」の部分も議論されているのが特徴だ。そのために、まず障害者が「パソコンを使う」ために必要な入力デバイスについての問題点まで議論された。

また、チャレンジド・ジャパン・フォーラムではプロップ・ステーションという大きな非営利組織が中心になってその事例を発表していたのに対して、PVCは各地の草の根の障害者支援団体が多数集まって、事例を紹介している。

バラエティーに富んだ併設イベント

さまざまな催しが併催されているのもこのイベントの特徴だ。ネットワーク利用に関する総合相談センターやパソコン通信紹介ブース、障害者向けの入力デバイスを紹介するアクセシビリティーブース、福祉機器作りが体験できる工作ブースなど、実に多彩である。インターネットの体験コーナーもあった。

さまざまな会議が開かれた

会場では日本筋ジストロフィー協会の矢澤健司氏、障害者就労支援組織「Cybird」の東北大学の坂爪新一氏、高齢者・障害者の立場でマルチメディアを考える会の大島真理子女史、神奈川県総合リハビリテーションセンターの伊藤英一氏が、BBSの紹介や政策提言などをテーマに、講演を行った。また、記念シンポジウムとして横浜市総合リハビリテーションセンター企画研究室係長の畠山卓郎氏、ニフティサーブ障害者フォーラムの青木与志夫氏、ピープル福祉工作クラブの関根千佳女史、ルーテル学院大学の清原慶子教授、日本障害者協会の薗部英夫氏によって、「パソコン・ボランティアの挑戦」と題して、障害者の現状とネットワークの可能性について議論された。

現在では、ネットワークと障害者についてもっとも大きな団体はプロップ・ステーションだと言えるが、各地の支援団体の動きも、このようなイベントを通してこれから盛り上がっていくだろう。

インターネットは障害者の可能性を広げる

チャレンジド・ジャパン・フォーラムのように、障害者のネットワーク利用をテーマとしたイベントはまだ少ないのが現状だ。今回の同フォーラムでは初めての一般公開であり、ネットワークを利用してどのように収入を得るのかということが具体的に議論された。そのうえでは、大変大きな第一歩だと言える。

前ページの阪本さんのように「コンピュータをまだ使えない人にいかに使ってもらうか」という問題に関しては、確かにほとんど触れていない。ただ障害者が実際に壇上に立って「このような収入の方法があるのだ」という道筋を示したのは画期的であると言ってよい。まだ本当にネットワークを使った就労の現場という事例は少ない。だからこそ、このような事例を、イベントを通じて広めることに意味がある。

今回のフォーラムで、障害者をとりまく環境は、コンピュータネットワークで確実に変わってきたということが実感できた。ただ、障害者とネットワークとのつながりのおいて、考えなければいけないことはまだ多い。障害の種類もいろいろあるし、障害の度合いも人によってさまざまだ。語られるべきことは、まだたくさん残っている。

たとえば、今回のフォーラムではインターネットがコミュニケーションの道具として有効かどうかという話はなかったが、家から出るのが困難な人にとって、情報を入手したり友人と語ったりするためのツールとして、インターネットは有効だろう。就労の側面もそうだが、インターネットの「いながらにして」いろいろなことができるというメリットは、障害者が社会に参加するうえで大きな武器となるに違いない。

プロップ・ステーション
問い合わせ
TEL 06-881-0041
URL http://www.prop.or.jp/

(今回のフォーラムに関する情報は7月末現在掲載していないが、いずれ掲載される予定)

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