日経ビジネス 1997年4月28日号より転載

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お粗末な福祉行政など見限った
障害者の在宅勤務,開拓へ奮闘

黒沢 正俊  日経ビジネス編集委員

北関東のある市長が鬱憤を込めて口にしたのは,「臨時福祉特別給付金」のことだ。4月からの消費税率5%への引き上げに伴う,社会的弱者への激変緩和処置として,政府の平成8年度補正予算に計上させた与党合意に基づく支出である。
予算総額は約1500億円。これを老齢福祉年金などの受給者と65歳以上の住民税を課されなかった人に1万円,低所得の在宅寝たきり老人に3万円支給するというものだ。
3月25日までに市町村に申請書を提出,受給資格が認定されると支給される。厚生省によると,支給対象は全国で1200万人を見込んでいる。

1万円支給に5000円のコスト

前述の市長さんの怒りはこうだ。受給資格を確認する作業は想定していた以上に煩雑で,職員の残業や土日出勤の手当を計算すると,市側の負担は大きかった。1万円の支給に5000円を超える事務コストがかかったという。消費税引き上げへの反発をかわす政府の狙いの姑息さも許せなかった。
「弱者対策を真剣に考えるなら,もっと別のやり方があったはず。まったく効果の薄い,行政コストを考えない愚策」と批判する。「カネのかからない福祉充実」を揚げて障害者の自立に向けた環境づくりなど、ユニークな単独事業を実施している市長だけに、その批判には説得力があった。

大阪市の竹中ナミさんが「プロップ・ステーション」を設立したのは91年。障害者にパソコン技術を習得させて自立させようという非営利組織(NPO)である。そのキャッチフレーズは「チャレンジド(障害者)を納税者にできる日本」。これは故ケネディ米国大統領が選挙戦で使ったフレーズを借用したものだ。
竹中さんの24歳になる娘さんは重度の障害者で,国立の施設に入所している。障害者支援の活動を20年以上続けてきた結論が,福祉行政からの訣別だった。

竹中さんによれば,行政には障害者を「マイナスの部分を持つ人」とみなす固定観念がある。高齢化社会というのは、マイナスの人が増えていく社会だ。マイナスの部分に支出するという従来の発想が続く限り,高齢化時代の到来で,福祉はパンクする。
竹中さんは,そんな時代を見越して,新しい活動に動き出した。ネットワーク時代が可能性を開いたといえる。多くのコンピューター技術者に支えられた障害者向けのパソコン講習会から,この5年間で150人の卒業生が巣立ち,その1割が在宅勤務の仕事に就いている。95年12月から1年間,野村総合研究所との共同実験に参加,自冶体のホームページなどのデータベースづくりを行っている。

障害者の在宅勤務の問題点を探る目的で,「労多くして」というものだったが,収穫は多かった。重度障害者が日本電信電話(NTT)のホームページ情報を毎日チェックして、分からない点は相手にメールで問い合わせるという根気のいる作業を十分にこなし、24時間介護を要するため親と離れたことがなかった人が,親とは別の時間を持つことができた。

最後は小泉厚生大臣に直談判

今や彼らは日本アイ・ビー・エム,NTTと真っ当な金額で契約し,ばりばり仕事をこなしている。機関誌「FRANKER」編集部にも足だけ使い仕事をする編集者がいる。
原稿は電子メールで集め、編集するからハンディはない。彼らの目標は自宅をオフィスにしての独立という。

竹中さんは「プロップ・ステーション」を社会福祉法人にしようとしている。期待にしたNPO法案が十分な議論も尽くされないまま,中途半端なものに終わりそうだからだ。
これまでの社会福祉法人は土地,建物を前提にした許可だった。プロップに不動産はない。
あるのはネットワークだけだから,許可される可能性はないに等しい。竹中さんはとりあえず許可に必要とされる1億円を集め,最後は小泉厚生大臣に直談判で迫るつもりだ。

「茶髪のおばちゃん」を自称する竹中さんの活動に,「福祉の幻想」ははい。あるのは強烈な使命感である。小泉さん、どう判断します?

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