日本経済新聞(夕刊) 1996年12月13日より転載

生活家庭 障害者の就労に通信コストの壁

− パソコン活用 「情報保障」に国も研究開始

パソコンネットワークがハンディを持つ人たちの自立を支える時代へと、一歩踏み出しつつある。各地でパソコン講座が開かれ、情報関係の仕事を障害者が請け負う例も多く生まれている。だが一方で、高い通信コスト、著作権問題など解決すべき課題も横たわっている。

"チャレンジド"集合

毎週金曜日の夕方、午後六時を過ぎると、車いすに乗った男女がNEC関西支社のセミナールームに集まってくる。大阪市の非営利団体(NPO)、プロップ・ステーションが開く、就労を目的とした障害者と高齢者のためのパソコンセミナーの受講者たちだ。この日集まったのは、障害を持つ二十五人。学生を中心としたボランティアと一緒にパソコンで表やグラフ作りを学ぶ。
参加したある男性(22)は「六年前に事故にあい、車いす生活になった。やる気はあるのに、何もできずにもどかしい毎日を過ごしていた。そんな時に知ったのがパソコン。パソコンの技術を習得して仕事をしたい」と意気込む。
プロップ・ステーションでは障害を持つ人たちのことを、挑戦の意味を込めて「チャレンジド(Challcnged)」と呼ぶ。パソコンを利用した仕事に就けるよう支援活動を続けている。
代表である竹中ナミさんは「チャレンジドもやる気さえあれば、働けるということを示していきたい」と語る。
プロップは会員制のネットワーク。会員二百八十人中、約半数がチャレンジドたちだ。障害者に関する情報を発信し、企業からインターネット関連の仕事を受け、会員の就労を応援している。

技術革新が追い風に

これまでに関西電力からの依頼でホームページを作成し、野村総合研究所との共同プロジェクト「インタ−ネットを利用した障害者の在宅雇用モデル作り」でデータベースを整備した実績を持つ。
現在は、十二月から始まった「ネットワークオブチャレンジド」プログラムの作成に会員の三人が取り組む。日本アイ・ビー・エムと高度情報化通信協議会が、通産省の外郭団体の委託を受けて実施している仕事で、在宅勤務支援や、災害など緊急時用の障害者向けコンピューターシステムのプログラムを作る。
メンバーの中には、東京の外資系大手ソフトメーカーの正社員として来年一月から、在宅勤務での採用が決まった人や、子どもたちのパソコン教室の講師に内定した人もいる。
障害者と仕事をパソコンで結び付ける動きは、各地でひろがっているが、機器の開発など技術革新も大きく貢献した。
日本IBMは今年八月末に画面や入力内容を音声で確認できる「スクリーン・リーダー/2」を発売。全盲の人も、マウス代わりに専用キーパッドを使って、インターネットにつなげることができるようになった。また弱視の人のために表示文字を拡大するソフト、手を支えキーボード操作を楽にするカバーなどもある。
ルーテル学院大学教授の清原慶子さんは、障害者のパソコン利用について三つの利点を挙げる。
まず「コンピュータ−が障害者の目になり、耳になり、手になるなど、コミュニケーションをする場面で五感の役割を果たす」。次に「ネットワークにつなぐことで、幅広い情報源に近づくことも、広く意見を言うことも可能になる」。そして「移動しなくてもいいことから、障害に関係なく在宅で出来る仕事が生まれる」。

著作権問題も発生

もちろん乗り越えなければならない壁もある。「学校教育をすでに終えた人たちにどうパソコンの使い方を指導していくか。教育した後は、具体的にどう仕事確保に結び付けるか。企業や自冶体、民間組織が力を出し合う必要がある」と清原さん。
コンピューターネットワークでしばしば問題になるのは、通信コスト。「せっかく仕事で給料を得ても、通信費に消えていたのでは効果も半減だ」という声もある。文字情報を音声化したり、点字に翻訳したりする場合には著作権問題が生まれる。このため情報提供が遅れる、あるいは提供できないこともよくある。
竹中さんは「高齢化社会を迎えた今、チャレンジドだけの問題ではない」と強調する。
国のレベルでも、こうした問題について検討が始まった。「障害者に関する総合計画提言書」づくりを進めている総理府障害者施策推進本部は、だれもがネットワークを利用できるようにする「情報保障」について研究を開始、来年三月に中間報告を出す。
郵政省も来年度には、パソコンを利用しなくても、電話やファクスなど既存の端末からインターネットを利用できる「高齢者・障害者向けインターネット」の実験を始める予定だ。

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