産経新聞 1996年11月18日より転載

電気の夢イラスト

障害者うれしい在宅勤務

パソコン絵画で「自立」の道

重い障害を持つ二人にとって、格別の「納品」だった。在宅でのパソコンや絵画の仕事で、初めて報酬を手にできる道が開けたのだ。社会に出て働きたい。が、車いすの二人にとって通勤には「壁」がありすぎる。そんな折に吹いてきたパソコンの風。これなら在宅勤務ができる─と、キーボードとにらめっこする日々へ。今、その努力がようやく実った。「障害者も自立できる世の中に」。そんな夢が少しかなった。17日、二人はそう話した。

力作「納品」初の報酬


パソコンを使ってイメージ画をかく吉田幾俊さん=17日午前10時、堺市の自宅


パソコンでかいた吉田さんの作品。「身障者が好きな所へ行ける電気の通る道路」がモチーフだ

プロの画家を目指す堺市上野芝町の吉田幾俊さん(39)と、絵本作家を夢見る枚方市北山の久保利恵さん(22)。関西電力から創立四十五周年記念事業のイメージイラストの発注を受け、作品を完成させたのだ。

吉田さんは脳性まひ。子供のころから絵をかくことが好きで仕事にしたいと考えていたが「細部になると右手が思うように動かず線が曲がってしまい、売れるような絵はかけない」と、半ばあきらめていた。

才能を紙上で表現することを可能にしたのは、パソコンだった。「パソコンなら修正が利くので何回でもかき直せる」

障害者の在宅就労を目指す非営利の市民団体「プロップ・ステーション」(事務所・大阪市、竹中ナミ代表)のパソコン講座に今年1月から通い始めた。

そして、プロップを通じて関西電力から仕事の依頼があったのは、9月末のことだった。

関西電力は今年、創立四十五周年。科学技術などに対する理解を深めてもらおうとイベントを企画。「電気の夢・ひらめき大賞」と称して全国からアイデアを募集。入賞作品21点のうち7点にイメージイラストをつけることに。「身障者でもリモコンで好きな場所へ運んでくれる電気が通っている道路」という福井県の少年(13)の作品のイメージイラストなど2点を吉田さんに発注した。

納入期限は10月末。パソコンを始めて半年余り。「十分使いこなせていないだけに根気のいる作業だった」。それでもわき出るアイデアが、どんどんパソコンの画面にかき込んでいけることに喜びを感じた。

初めての仕事を無事やり遂げた吉田さんは「とにかくホッとしました」。そして、これまで吉田さんを支えてきてくれた母、好子さん(64)にこう言った。

「今まで苦労をかけてきたけど、これからはぼくの収入で面倒見るから、もう少し長生きしてや」


創作に励む久保利恵さん。絵本作家になるのが夢だ=17日午後1時、枚方市の自宅


夜間の余剰電力を地球の裏側へ送るイメージをかいた久保さんのイラスト

一方、久保さんが関電から発注されたのは「日本の夜は外国の昼。日本の夜間余剰電力を地球の反対側へ送電する」という福井県の少女(13)の作品のイメージイラストだった。

久保さんは首の下から筋力が弱くなる病気で、パソコン通信をしながら車いす生活を続けている。

「絵が好きで、ご飯を食べる時と寝ている時以外はずっと絵をかいてる感じ。でも、好きでかいているのと違い、仕事でかくのはプレッシャーがある。それがまた嬉しいんです」。今回の仕事の成果を聞いたほかの大手企業からも今月、新しい仕事が入ったという。

関西電力の地域共生本部課長の絹川正明さん(45)は「完成したイメージイラストをもらった時はやった、と思いました。プロでもここまではかけない」。

そして付け加えた。「社会貢献が企業の本業になるような時代がきているのではないでしょうか」

19日から大阪市北区の市立科学館で開かれる関西電力の「フラッシュ・ジェネレーション21」で展示される。24日まで。

就労拡大、挑戦の一歩

吉田さんと久保さんの仕事が認められた意義は大きい。障害を持つ人々の「在宅勤務の道」の可能性を広げたからだ。

プロップ・ステーションが5年前の発足時、就労意識に関するアンケートを行ったところ「勤務していない」と答えた障害者144人のうち約8割が「仕事があればしたい」と回答。特に、在宅勤務の希望者が過半数を占めたという。

竹中さんたちはパソコンなどのネットワークの進展を「障害者の就労拡大のチャンス」ととらえ、障害者を対象にしたパソコンセミナーを開催。修了生からは、公立高校の成績管理システムなどの仕事を受注、納品する重度障害の在宅就労者も生まれた。

さらに国や学者、民間企業に訴えかけて理解と支援を求めた。今回の2人のケースは、その活動の結晶といえる。

背景には、真摯な思いがある。それは「障害者を納税者にできる日本」という理念だ。これまでは障害者や高齢となった人々は税金を財源とした社会福祉の対象となってきた。だが、いつまで予算が続くのか。21世紀に、確実に訪れる高齢社会へのあり方にもかかわってくる。

竹中さんたちは障害者を「チャレンジド」と呼ぶ。「挑戦すべきことを神から与えられた人々」。アメリカ生まれの言葉だ。

働きたい欲求、それは自己実現の欲求といっていい。「保護される立場」から「納税者」に。2人の納品は、障害者が納税者になる挑戦の一歩なのだ。

(小山浩子)

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