毎日新聞 1996年1月20日より転載

土曜ぶらざ 世の中探見 ボランティア支援のために(3)

コンピューター活用し 障害者の就労拡大を


竹中ナミ
プロップ・ステーション代表

阪神・淡路大震災でパソコン通信、インターネットなど新しいメディアを通しての支援活動が注目されました。コンピューターを活用して「challenged(障害を持つ人たち)」の自立と社会参加、とりわけ就労の促進を支援するボランティア団体として「プロップ・ステーション」があります。「プロップ」というのは「支え合い」を意味し、障害を持つ人たちが支えられるばかりでなく支える側に回れる社会システム、端的に言えば「障害者が納税者になれる日本」を目標としています。手厚い保護の必要な人たちが増えていくこれからの社会をどのようにつくりあげていったらいいのでしょうか。


障害者の社会参加のために行われているパソコンセミナー

阪神・淡路大震災で得た教訓をもとに、多くの市民が「おかみ」と「市民」の関係を(心の中で)「縦並び」から「横ならび」へ置き換えました。「既存の政治形態や権力の構造をとっばらったところから、何かが生まれるような気がする」という人が、私の周りでずいぶん増えています。信頼できる人が立候補していない選挙で一票を投じるより、自分が起こす行動で社会を変えよう、という会話をあちこちで耳にしました。日本人には希薄だ、といわれた「自治の精神」が、震災やテロや銀行の倒産や官官接待によって高まるのは、皮肉ではあるけれど当然のことです。昨年は「ボランティア元年」とか「NPO(非営利団体)元年」とか言われましたが、今年はそれが言葉だけでなく、どれだけの内容を伴うものかを問われるでしょう。

ところで、このように日本社会が劇的な変化を遂げようとしている時代に拍車をかけるのが、コンピューターネッ
トワークであり、マルチメディアです。私たち「プロップ」は、「コンピューターの活用」を活動の柱においていますが、コンピューターネットワークは(日常的に使っている人は十分ご存じのように)既存の価値観を打ち砕く摩訶不思議な力を持っています。

「プロップ」にとっては、コンピューターネットワークによって時間と距離を超えた情報交換が可能になったことから、「通勤する」という「就労の概念」が変化し、「通勤出来ない」と言われていた層の人たちに就労のチャンスを生み出すきっかけになりました。また、ネットワークの中の「肩書」に縛られない意見交換は、「だれが意見を言ったか」でなく「どんな意見を言ったか」が評価される世界を、いとも簡単に生み出しました。コンピューターを学び、自立のツールにしようとする「Challenged」たちにとっては、新しい世界をひらくかぎを手に入れた、といっても過言ではありません。そしてこのかぎは、結婚、出産、あるいは定年を機に職場をリタイアせざるを得なかった人たちにとっても役立つに違いない、という予感がしています。

団塊の世代の一員である私がこうした活動に取り組んでいるのは、間もなく訪れる「おしくらまんじゅう状態の高齢化の時代」を自分たちが中心になって解決しなくてはならないという意識からでもあります。重い障害を持つ娘を得たという体験が、自分が障害を持つ状況に置かれた時のことを考えずにいられない私を生み出したわけです。

コンピューターを活用することで市民にとっての新しい生きがいを生み出す、あるいは新しい納税者層を生み出すというのは、私自身にとっても必要な行動です。そしてNPOの強みは、多種多様な人たちが、こうして自分にとって必要なシステムを作り出そうとする思いが中心にあるから、といえるでしょう。

コンピューターネットワークのもう1つの可能性は、緊急時に人間を守るシステムが生み出せる、ということです。すでに普及している電話やマスメディアに続く第三の道が、ここにあります。でも、緊急時に役立つためにはコンピューターネットワークが「日常的に」使われていることが重要です。しかも、どんなにバリア(障害)の重い人にも使えるものでなくてはなりません。どんなに便利な道具でも「その人に優しく」なければ、それは絵に描いたもちと同じです。

1996年は市民一人ひとりが「自分に優しい社会」「自分に優しいハイテク」を主張してはどうでしょう。わがままは、個性と多様性の生みの親です。そしてNPO活動というのは、まさにその多様性を求める想いから生まれたものですから、今年こそ、「市民の自治による日本」を生み出すチャンスかもしれません。

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