産経新聞 1996年1月3日より転載

96年メディアの行方

メディアをめぐる状況はことしも大きく変革が進む。PHS事業の本格化、通信衛星(CS)によるデジタル多チャンネル放送の開始。NTTの分割問題が決着を迫られることで電気通信産業の再編成も加速され、競争条件の整備も進む。そんな中、マルチメディアの本命としてインターネットへの関心も急速に高まっており、コミュニケーションのあり方も変ぼうが迫られている。ハード、ソフトともに変わろうとするメディアを人はどう使いこなすのか。各界で活躍中の人に聞いた。


イラスト・毛利 泰房

FM文字多重放送 100万台普及へ

FM802常務 石原捷彦さん

FM放送の世界では昨年から文字多重放送が実用化されました。802はWatch-me″の愛称で、クリスマスから本放送をスタート、(1)オンエア曲名をリアルタイムでチェックできるチャンネル、(2)最新ヘッドラインニュースのチャンネル、(3)お天気情報のチャンネル、(4)802主催のイベント情報、局独自の週間チャート紹介のチャンネル、で
展開しています。

これには文字情報が流れる専用の受信機が必要です。今のところ普及台数は全国で十数万台、価格も一台当たり2万円台。これが100万台を超えればリスナーの認知度も増して、価格も1万円台になるでしょう。現在はCM無しの状態ですが、やがてスポンサーも興味を示してくださるだろうし、それによって制作費が増えて、バラエティーに富んだ内容のチャンネルが出現する。

これはFM業界全体の問題ですから、今年は系列を超えた共同のキャンペーンを展開して年内に100万台に乗せられれば、と考えています。多メディア、多チャンネルの時代は着実に進んでいますから、FMの存在感・影響力を増すために多重放送の定着はひとつのポイントになるでしょう。

海外発信へ 共同実験を

BBCC 事務局長 黒川勝さん

「マルチメディアって何?」。新世代通信網実験協議会(BBCC)は、まだそんな声が多く聞かれた平成6年7月に京阪奈丘陵にある学研都市で実験を開始しました。

今年はもう、そうした声も少なくなるのではないでしょうか。昨年からのインターネット・ブームで、映像や音声、文字情報をミックスした、マルチメディアが目に見える形で普及し始めているからです。これは日本の情報通信にとって、またとない追い風です。

BBCCでも、世界へつながるこのオープン・ネットワークを使う新しい試みを予定しています。今年の春にはホームページを開設して、既存のアプリケーションとの連動を図ってゆく試みをスタートさせるのです。個人の写真集や画集を公開できるアプリケーションの一つ、「市民ギャラリー」がその第一候補でしょう。将来的には、BBCCが行っている電子図書館や通信販売、遠隔地教育システムなどを展開するのも決して夢ではありません。

インターネット以外でも、海外のマルチメディアシステムとの共同実験は今年の大きな目標です。その意味では、今年は日本が提案するマルチメディア社会が、自分から世界へ出てゆくための第一歩になりそうです。

コンピューターが演劇を変える

劇団「青年団」主宰・劇作家 平田オリザさん

いまパソコンを使って戯曲を書いています。演出するときも、けいこ場にノートパソコンを持ち込んでやっています。コンピューターの導入で演劇の質が変わってくるんじゃないか、そんな期待をもっています。

文体には微妙な影響が出ます。どこかクールになるというか。僕はどんな戯曲でも客観的に見つめる作業が大切だと思いますので、それは貴重な影響だと思っています。

それとパソコンがあることで、僕が提唱している“現代口語演劇”の方法論の確立が助けられた。僕がめざしているのは複数の人が同時にセリフをしゃべるとか、同じ舞台上で同時に違うシーンが進行するとかいうリアルな演劇なんですが、そういう戯曲の場合、パソコンの画面を上下二段組みに構成して書く。これは原稿用紙ではなかなかできない作業。

将来、コンピューターが戯曲を書く時代が来るかもしれない。シェークスピアの戯曲をコンピューターで徹底的に分析して、“シェークスピア風”のテキストを作るとか。

そのとき人間にしかできないことが問われてくる。演劇は人間が作るものですから。演劇の意味や存在自体が問い直されるのです。

地球はひとつ インターネット文化試されるとき

民間ボランティア団体 プロップ・ステーション代表 竹中ナミ

いま野村総合研究所と共同でインターネットを活用した重度障害者の在宅勤務のための共同実験事業を展開しています。

インターネットは障害者自身の努力を強力に後押しする力を持っています。例えば、コンピューターにより時間と距離を超えた情報交換が可能になったということは、「通勤する」という「就労の概念」を変化させ、「通勤できない」といわれていた重い障害を持つ人たちに就労のチャンスを生み出すきっかけになります。

ビジネスだけではありません。インターネットは災害など緊急時の連絡や市民活動にも役立つメディアといわれています。

しかし、そうしたメディアとなるためには、通信料金が安くなり、パソコンの操作が容易になるなど、一般の人たちに日常的に使われることが重要となっています。さらに、新しい文化には必ず光と影の両面があります。インターネット上でネットワーク犯罪が急増するかもしれません。

こうした課題を克服しながらどれだけ普及を進めていくことができるかがカギ。今年は日本にインターネット文化が定着するかどうかが試される年にたると思います。

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