日本経済新聞(夕刊) 1995年10月23日より転載

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身障者の在宅勤務インターネットで

世界中のコンピューターをつなぐ巨大な通信網であるインターネットを障害を持つ人たちの、社会参加や就労支援に利用する試みが、大阪で始まった。ボランティア団体のプロップ・ステーション(竹中ナミ代表)は、活動内容をネットワークを通じて広く提供、ソフトウエア開発などの仕事を通信網を介して受注・納品する体制を整えた。障害のため外出が困難な人たちが在宅で仕事ができるようにするのがねらいだ。

大阪のボランティア団体ソフト開発を仲介
官製ネットとリンク構想

「季刊の機関誌を二千部出していますが、やはり限界がある。ネットワークなら無数の人に情報発信できる」とプロップ・ステーションの鈴木重昭さんは言う。鈴木さんらは「ホームページ」と呼ばれる情報提供の場を設け、機関誌の内容や活動報告の提供を始めた。

プロップのネットワークは日本アイ・ビー・エムや大学のネットワークとリンクしており、インターネットを経由すれば誰でもアクセスして、情報を読むことができる。また元NHK会長の島桂次氏が主宰する「島メディアネットワーク」のホームページにもプロップのコーナーを設けて、活動情報のほか、「大阪食い倒れツアー」と題した飲食店情報の提供も始めた。

プロップ・ステーションは93年からコンピューターを使った身障者の自立支援を目指して活動している。ソフトの使い方やプログラミングを学ぶセミナーを毎週開催、半年一学期で、毎学期十人ほどの生徒を受け入れてきた。ユニークなのは独自のパソコン通信網を持ち、在宅のまま講師の指導を受けられるほか、実際に卒業生を対象にソフト作りの仕事のあっせんをオンラインでやってきた実績がある点だ。

堺市に住む山崎博史さんは、セミナー受講生第一号。自動車事故で頸椎(けいつい)を損傷し、車いすの生活を続けている。「パソコンを触ったこともなかった」と言うが、セミナーで勉強したデータベース作成ソフトを使って、工業高校の教務管理ソフトと貿易会社の在庫管理システムの二つを開発し、納入した。「外出するのが難しいのでオンラインで仕事の受発注ができるのは助かります」と話す。

仕事を完成する上で山崎さんにとって一番難しかったのは「(外出がしにくかったことから)生きた社会がわからなかったこと」という。学校や企業がどのように運営されているかを知らないと、ニーズにあったソフトは書けない。「プログラムさえ書けば仕事ができると思うのは早計」という。

プロップがインターネットに参入したのは、山崎さんのような技能を持つ身障者が仕事を獲得するのを助けるのが狙い。いわば営業支援だ。セミナーで育ってきた人たちが在宅でできる仕事を見つけるため、ネットワークを通じて世界に向けて仕事ぶりをアピールする。

プログラムやコンピューターグラフィックスを「商品」ととらえると、通信で納品もできるのも身障者にとって大きな利点。セミナーでプログラミングを教えているボランティア講師の川村和久さんは「パソコンと通信網は身障者にとって手にもなり足にもなる有効な道具だ」と話す。

また独自の見栄えのするホームページを作り、更新・維持していく作業自体が、セミナーで学んだ人たちに取り腕試しの場になる。「ホームページを作りたい企業があれば、その作業をわれわれで請け負えます」と鈴木さんは言う。

「ネットワークは収集するより発信するのが大事」とプロップ代表の竹中ナミさんは主張する。「自分はこういう人間でこんなことをしたいと発信すると、お釣りがついて帰ってくる打ち出の小づち≠ナす」。

身障者を支援するためのパソコン通信ネットは全国で二十を超えるとみられるが、仕事のあっせんまで踏み込んで自立支援を試みているのは、プロップだけ。厚生省は官製の障害者情報ネットワークをつくり、こうした民間の草の根ネットをリンクしていく構想を温めている。プロップの挑戦は国の動きをも先取りしているわけだ。

高齢化社会を向かえてバラマキ的な福祉はもはやできない。「障害者と言っても人それぞれで、働きたい人、働ける人も多い。支えられる側から支える側に回れる人もいる。そんな障害者の意欲と力を生かさなくては日本は立ち行かない」と竹中さんはみる。

これからの福祉は、豊かな時代の慈善活動ではなく、豊かさを維持していくための経済活動になっていくのかもしれない。

編集委員 滝順一

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