ナミねぇ、息子の結婚式に出席するため、
母とともに、生まれて初めてタイ旅行、の記
2010年5月11日
このページは写真を多く含むためもし重く感じられる方は、以下の日別のページをご覧ください。
2010年5月2日(日)
母(83歳)と弟とナミねぇの3人で、am8:00伊丹空港から成田空港へ。
成田空港から、バンコク経由でチェンマイへ向かう、という行程です。
タイの政情が不安定で、死者の出る国内紛争が起きているため、出発できるか心配やったけど「バンコク空港から出ることのない乗継ぎだけなら大丈夫」と、外務省が発表したので、ちょっとドキドキしながら出発。
成田空港を出発(2010年5月2日)
飛行機は、往復とも全てANAを利用。
旅行社:トップツアーに勤務する友人「寅ちゃん」が、割安のチケットを手配してくれたうえに、母の車椅子についてもキチンと連絡をしてくれていたので、どの空港でも親切なスタッフがアテンドしてくれました。
心から感謝!
バンコク空港到着
アテンダントのサポート
バンコクからチェンマイ空港へ乗継ぐ。アテンダントさんと。
成田からバンコクが6時間、バンコクからチェンマイが1時間。
日本とタイの時差は2時間なので(タイが2時間早い)、時差ぼけもなく、無事チェンマイ空港に到着。
チェンマイ空港到着
結婚式の準備のため、一足先にタイに行った息子ヒロアキと、奥さんでタイ人のエリさん&娘のユキちゃん(10歳、小4)、そしてエリのお兄さんの奥さん(パーカイさん)がチェンマイ空港で出迎えてくれました。
ヒロアキ一家と合流
気温42度!!
日本を出た時は20度やったので、その差なんと22度。
流石に暑い!!
でもサラッとした暑さで、不快感なし。
車で、息子一家が滞在する宿泊先「ホテルPuka(プーカ)」に向かいます。
オーナーが贅を尽くしたタイ北部様式の(木と石で造られた)落ち着いたホテル「Puka」は、南国の樹木と花々に囲まれ「隠れ家的」な佇まい。
ホテルPuka入口
南国の花咲くPukaの庭
部屋は8室しかなく、泊まり客は私たちだけという贅沢さ!
でもさすがにこの夜は、Puka特製サラダを中心にした軽い夜食をとった後、バタンキューと寝てしまいました!
みなで軽い夕食
Puka特製のタイ料理
ユキ&ナミねぇ
☆「4つ星ホテルPuka」のホームページは、こちら 。
◇ ◇ ◇
5月3日(月)
一夜明けて・・・様々な鳥の声で目覚めるという、タイ旅行ならではの朝を迎えました。田園の中の広大な敷地に建られたホテルPukaの庭は、無数の草花と樹木に溢れ、「植物博士」の異名をとる母は大喜び。
山野草が好きで、日本の植物の名は雑草まで知ってる(あ、「雑草」って呼び方は、母に言わせると凄く失礼やそうで、すべての草花には名前があるとか)という母にとって、Pukaは一目で気に入った様子。
車椅子を降りて、ゆっくり歩きながら草花を愛でる母を見て、一緒に来れて良かったと、しみじみ思ったナミねぇです。
Pukaでの食事は、小さな沼のほとりに建てられた、柱と屋根だけのオープンな食堂でとります。
一夜明けてPukaで朝食(5月3日)
蓮の花の咲く静かな水面の下に、実はナマズがいっぱい棲んでいて、ユキちゃんがエサを投げると、ヒゲの生えた大きな口をあけて、バチャバチャ水面に上がって来るので、ビックリ。
ナマズがいっぱいの沼
ナマズが顔を出すとこんな感じ。
タイは高齢者をいたわり尊重する国柄だそうで、エリもとても母に優しく接してくれるんやけど、Pukaのオーナーも、母が一緒に来たことをとても喜んでくれて、タイ語が分からない母に英語で色々話しかけてくれました。
スタッフも素朴な人たちばかりで、母が庭に出ると必ず誰かが寄り添ってくれるので、母はすっかり「女王様気分」に浸ることが出来ました。
朝ごはんを済ませて、エリのお兄さんの家を訪問。
エリのお兄さんの家
4−5年前に建てられた新しいお家で、庭には草花がいっぱいあり、母はここでも大喜び。甥っ子でハンサムボーイのベン(21歳、学生)と一緒に、記念写真を撮りました。
植物がいっぱいの庭
お兄さんの家の後は、牛が放牧された田園の中を車で少し走って、エリの実家を訪問。
牛のいる田園風景が続く
エリと笑顔がそっくりな(笑うと目がなくなっちゃう!)お母さんと、とてもフレンドリなお父さんにお会いし、一目で仲良しに。
エリのお父さん
笑顔がそっくり、エリ母娘
ちなみに、チェンマイは日本でいう県にあたります。昔はここが王国で首都だったそうで、寺院も多く、日本で言う京都のような土地柄。
「タイのホンマの首都はチェンマイ」というプライドを持つ人も多いそうです。
エリの実家は、チェンマイの北東、サンカンペン市の「メポン村」という所でした。
エリの実家。国王の写真の入ったカレンダが壁に
ご両親とお兄さん夫妻の案内で、国王の寄進で建立されたという高僧の寺院「ワット・パートゥン」に連れて行ってもらいました。
「ワット」というのはタイ語で「寺院」のことやそうです。
国王の寄進で建立された高僧の寺院「ワット・パートゥン」
(ちなみに立っているのはろう人形で、その後ろにミイラ処理された高僧のご遺体が安置されています)
寺院の中の祭壇
タイでの僧侶は、いわゆる「エラい人」ではなく、住民にとって「仏教(仏様)と人間の橋渡しをする役目の人」という位置づけだそうで、僧侶らの生活は、すべて地域住民の寄進によるとか。
また、タイの男児はすべて中学生くらいに、僧侶修行をする習慣があるんやそうです。
修行の期間は自由で、3日から数カ月まで、まちまち。
エリのお兄さんと弟も、2−3ヶ月修行したとのことでした。
僧侶にご挨拶
僧侶から寺の由来などを聞く
「ワット・パートゥン」の次は、公営の温泉公園「ナンプーロン・サンカンペン」へ。
高温の源泉が10数メートルの吹き上げるこの温泉は、花と緑の庭園の中を「温泉の川」が流れています。
国営の温泉公園「ナンプーロン・サンカンペン」源泉が、いつも吹き上がっている
手入れの行届いた公園内
樹木と花がいっぱい
上流はとても熱いけど、下流に行くほど温度が下がって、来場者は自分の好きな温度の川に足を浸して休むことが出来ます。
公園内を流れる温泉の川で足湯を楽しむ
竹籠に入れた鶏卵やうずら卵を購入し、源泉の泉に13分ひたして美味しい湯で卵の出来上がり!
竹籠に卵を入れて、高温の源泉で13分間茹でる
足湯でくつろぎながら、ヤシの実のジュースや色とりどりの果物や、この玉子を食べながら、のんびり過ごせるこの公園は、チェンマイの人たちのお気に入りの場所やそうです。
ヤシの実のジュースを飲む
温泉公園からいったんホテルPukaに戻ります。
Pukaに戻る(レストラン全景)
前庭を臨む
庭に置かれた牛車
庭にて(母&ヒロアキ&エリ)
その後、皆で「元は田んぼやったけど、今は川になってる所の上に建てられたレストラン」に行って、川魚などを中心にした夕御飯を食べました。
川の上のレストランで夕食
川魚などが中心の、ご馳走の数々
タイでは生演奏をしているレストランが多いそうなんやけど、このお店では男性のシンガーがギターの弾き語り。
日本の、7−80年代のフォークやカントリーソングに似た、とても親近感を感じるメロディが次々流れてきて、思わず「これって、たくろうじゃん!」などと言いながら、めずらしいタイ料理に舌鼓を打ちました。
「タイ料理は辛い!」という先入観が有ったんやけど、思ったより辛くなくて「辛いの苦手」な私は、ホッ。
でも中にはとんでもない辛さのタレ(香辛料)があり、泣きながら咳き込むことも。
なかなか油断のならん、タイ料理なのでした。
ユキ(手前)が飲物に氷を。タイでは子どもが手伝うのが当然だそう。
タレはメチャ辛やけど、そのままなら辛くない魚肉ミンチボール
食べてる途中で稲妻が光り、雷鳴が轟き、いきなり激しいスコールが!
でもそのおかげで少し涼しくなり、帰る頃には雨も上がって爽やかな夜を過ごすことができたのでした。
エリ、お父さん、ユキの、親子三代
◇ ◇ ◇
5月4日(火)
3日目の朝食(5月4日)
お粥は、トリ、エビ、豚ミンチの三種
デザートのライチ
いよいよ今日は結婚式当日。
でも花嫁エリは、全然いつもと変わらない様子で「今日は夕方式場に入れば良いから、それまでタイシルクの名店を案内するわ」と言ってくれて、皆で車に乗り込み、お土産を買いに出発。
カイコが造る繭から糸を取り出す工程と機織りが見られる工場が併設された「タイシルク・ビレッジ」というお店で、日本では想像できないくらい安価な、ホンマもんのシルクのシャツやスカーフを買い込み、ライブ用の衣装にもパーティ用にも着られる黒のロングスカート(サイドに真っ赤なプリーツが入ってて、メチャおしゃれ!)も衝動買いして、ルンルン気分でお店を出ました。
お土産を買った「タイシルク・ビレッジ」
「タイシルク・ビレッジ」の次は「銀細工の工場」へ。
銀細工の工場&ショップ入口
タイは銀製品も有名やそうで、銀を溶かし、加工し、様々なアクセサリーなどに仕上げる工場では、クーラーが無く大変な暑さやのに、たくさんの人たちが整然と機械に向かって働いていました。
銀細工を作る人たち
「工場見学」というので、財布を車に置いたまま入ったら、併設されてるショップではうっとりするようなアクセサリーをいっぱい販売してて、見とれてる私にエリが「黒オニキスのついた銀のブローチ」をプレゼントしてくれました。
こんな母親でえぇんやろうか・・・でも、ありがとう、エリ!!
銀製のレリーフ
そして夕方の4時頃、ついにチェンマイのパータン村にあるランナー様式の結婚式場「マオンファイ」に到着。
結婚式場に到着(パータン村の「マオンファイ」)
「絶対、日本の結婚式場からは想像できへんし、言葉でも説明できへん所や」とヒロアキから聞いてた通り、どっしりした木造の「村の大きな集会場」といった趣と、荘厳な雰囲気、そしてアットホームな温かさの在る不思議な建物、それが「マオンファイ」でした。
舞台に書かれた「トンビン(エリの本名)&ヒロアキ」の文字
集まって下さるお客様の席
入口で履物を脱いで裸足になり、木の階段を昇ってまずは「衣装部屋」へ。
華やかなタイの衣装が所狭しと並ぶ部屋で、それぞれが着る衣装が選び出され、一人ひとり順番に着付けとお化粧をしてもらいます。
勿論、エリの花嫁姿の完成に一番時間がかかったんやけど、それはもう美しい花嫁さんの誕生でした。
エリいわく「絶対、私じゃない〜!」
新郎の衣装に着替えたヒロアキと花嫁エリは、まるでタイの王子と王妃のようで、改めて「タイ式結婚式」の素晴らしさを堪能しました。
まるでタイの王子と王妃のような二人!
母のタイ衣装姿もなかなか素敵で、なんとなく「ゴッドマザー風」
ご両親から「王様の奥さんに似ているね」と言ってもらって、嬉しそうにはにかむ母でした。
タイの衣装に着替えた母&ユキ&ナミねぇ
私も着付けだけじゃなく、髪をアップに結って髪飾りを付けると全く別人みたくなって、母が気付かないほどに!
ユキちゃんも、小学生と思えない「おしとやかなタイ美少女」に変身。
ユキ&ナミねぇ(髪を結う前)
髪を結ったユキ&ナミねぇ
式の開始を待つユキ
舞台を背にするナミねぇ
定年後タイに永住する日本人男性から、話を聞く
そうして日が暮れ始める頃には、大勢お祝いの人たちが集まって下さり、伝統的な結婚式が始まったのです。
司会者の女性が、式の開始を告げる
大勢の参列者に囲まれ、結婚式が始まる
神妙な面持ちの新郎新婦(左側は母)
司会も、導師様も、歌舞音曲を奏で、舞い踊る人たちも、すべて一流の人たちを厳選したそうで、それはそれは華やかな結婚式でした。
華やかな飾りは、全て手作り
ブレスレットの交換
エリのご両親に挨拶
二人にお祝いの言葉をかける母
舞台上で、導師様の言葉を聞く新郎新婦
夜の帳が下り始める中で、厳かに式が進む
大勢の人たちに祝福されながら式が進む
一番印象的やったのは、参列下さった全ての人が、新郎新婦の手首に「縁紐(えにしひも)」を結ぶこと。
「縁紐(えにしひも)」というのは私が勝手に名付けたんやけど、柔らかい白の木綿糸をより合わせた長い紐を適当な長さに引きちぎって、手首に巻き付けるものです。
普通は、僧侶や目上の人に巻いてもらい、自然に解けたり切れたりするまで、ずっと付けておくものやそうですが、結婚式では百本以上になるので、3日間巻いた後、はずすそうです。
エリの両親から「縁紐」を結んでもらう新郎新婦
母も支えてもらいながら、二人に「縁紐」を結ぶ
全ての参列者から「縁紐」を結んでもらう新郎新婦
100人以上の参列者から「縁紐」を巻いてもらった新郎新婦
「さかき」のよう(のような葉っぱ)で、新郎新婦に神水をふりかける
式を見つめる、エリのご両親
チェンマイなどの田舎では、今でも家々で木綿糸を紡いでこの紐を作っているとか。
どの家にもある「とっても大切なお守りのような紐」なんやけど、とくに名称が無く「手首に巻く紐」(ファイマットムー)と呼ばれてるそうなので、私は「縁紐(えにしひも)」と呼ぶことに決めました。
導師様の導きで、新郎新婦と家族だけが舞台裏へ(何が始まるか誰も知らない)
何と天蓋付きのベッドのある小部屋に
導師様の祝詞を聞きながら、ベッドでキスを交わす新郎新婦
鶏の鳴き声で、起き上がる
導師様とも「縁紐」で結ばれている
小部屋での儀式を終えた新郎新婦
舞台上で導師様にお礼を述べるエリのお父さん
導師様は、祝詞をあげるだけじゃなく「チェンマイの文化や歴史」を新郎新婦に丁寧に話て下さったそうで、エリが「とても感動した!」と言っていました。
ヒロアキも、エリの通訳でとどこおりなく新郎のつとめを果たすことができ、ホッとしました。
お客様の中に、定年後、日本からタイに永住を決めた男性がおられ、その方の奥さん(タイの女性で、エリの友人)が、私や母の通訳を買って出て下さり、私たちも結婚式を楽しみながら家族の役割を果たすことが出来ました。
2本のロウソクを手にして踊る、幻想的なダンスが始まる
民族楽器による神舞が始まる
歌舞音曲を楽しむ参列者たち
「孔雀」(もしかしたら鳳凰!?)の舞
舞台から降りて客席で乾杯する新郎新婦
母と乾杯する新郎新婦
エリに通訳してもらいながら、新郎の母としてご挨拶するナミねぇ
お父さんのご挨拶に、思わず涙ぐむ新婦エリ
村の子どもたちと、ユキちゃん
お客様たちと順番に記念撮影
お母さんと記念撮影
お父さんと記念撮影
食事は、一階の厨房で作ったものを二階の大広間の奥で市場のように並べ、お客様が自由に取りに行って、飲んだり食べたりする形式です。
ゴザの敷かれた大広間に並んだ20以上ものテーブルで、お客様どうしがワイワイお喋りしながら、それはもう楽しそうに過ごしています。
子どもたちも、テーブルの間をはしゃぎながら走りまわってるんやけど、決してテーブルをひっくり返したりすることなく、大人の会話の邪魔をしないよう、子どもどうしで楽しんでいました。
結婚式が始まる前「今日は、お母さ〜んってエリにひっついたらアカンのやで」と、おばあちゃんに注意されてたユキちゃんは、はしゃぎながらもなんとなく子どもたちのお姉さんのような態度で、とてもしっかりしてました。
結婚式が終わって元の服に着替えたとたん、10歳の女の子に戻ってたけどね、ははは。
エリの両親、兄弟たちと記念撮影
式場入口に飾られた新郎新婦のパネルと、専属カメラマン氏
舞台の前でポーズする、ユキちゃん
言葉は通じなくても、すっかり仲良くなった、エリのお父さんと、ナミねぇの母
私服に戻って記念撮影(ナミねぇ、頭結ったまま・・・)
式場「ムァンファイ」を後にする、エリ&ヒロアキ
(王子と妃はどこ行ったんじゃ〜っ!!)
◇ ◇ ◇
5月5日(水)
結婚式が終わり一夜明けて、今日も朝から38度!
結婚式の翌朝(5月5日)、エリから赤い花をもらった母(Pukaにて)
「素晴らしい結婚式やったね!」と口々に言い合いながら朝食を終え、今日は皆でチェンマイ北部にある「象園」に行くことに。
実は私が結婚式の次に楽しみにしてたのが「タイで象に乗る」こと。
「わ〜い!」と小学生のようにはしゃぎながら、車に乗り込み象園へ。
車といえば、チェンマイで見かける車の8割以上が日本車なのにはビックリ。
でも、他の物価(日本の三分の一くらい)にくらべ、ガソリンはリッター100円程度と高いこともあり、車を持つのはまだまだステータス、という感じ。
そんなこともあって、チェンマイの人たちの「足」は、主にバイク。
二人乗りでバンバン飛ばしてる。
ヘルメット姿をあまり見かけへんけど「一応、規則では被らなアカン」そう。
「でも田舎ではそんなこと注意するオマワリさん、おらへん」と、エリが笑いながら話してくれました。
象園は、かなり高度のある山の中。
80頭の象に、一人ひとり飼育員が付いてるそうで、入口の大きなパネルに象たち一頭一頭の写真と名前、年齢、性別、そして飼育員の名前が書いてあります。
とはいえ、来場者の私たちに、見分けられる訳はないけどね、ははは。
まずは「象のショー」を観ることに。
ショーは、「象のサッカー」「象のダンス」「象のお絵かき」「象の大木運搬と積み上げ」「象とお客の風船割り競争」などなど、盛りだくさんのプログラム。
何より驚いたのは、大きな身体の象が、実に敏捷で繊細な動きをすること。
チェンマイ北部の「メー・サ象園」でショーを観る
合図に合わせて、いっせいにゴロリ
ダンスなど、ちゃんと前足と全身で「ツイスト」してました!
音楽に合わせてダンスも
しかも、芸がうまく出来るとユーモアたっぷりに身体を揺すったり、長い鼻をブンブン振り回して自慢するのが愉快愉快。
一番驚いたのは「お絵かき」。
長い鼻で絵筆を持って、1メートル四方くらいのキャンバスに、一頭一頭が違った草花の絵を描き上げて行くんやけど、まず緑の絵の具の付いた筆を飼育員から鼻で受け取り、細い茎と少し太い葉を何本もキチンと描き分け、最後に赤や黄色の筆で、茎の上に花を描いて行きます。
象は色彩が見分けられる訳じゃないし、象の身体と比べてあまりにキャンバスが小さいので、これはもう訓練の賜物やとは思うけれど、美しい出来栄えには驚嘆するばかり。
色とりどりの絵の具を使った、見事な「お絵かき」
力を合わせて巨木を積み上げる
象の鼻と戯れる、ナミねぇ&母
ショーの後は、お待ちかねの「乗馬」ならぬ「乗象」。
飼育員が象の首のところに、お客が背中の台座に2人づつ乗って、ノッシノッシと出発。
1時間以上のコースもあるんやけど、初心者の私たちは山道を30分歩くコースを選んで乗りました。
下りは結構揺れが激しくて、手すりにしっかり捕まってないと落っこちそう!
日差しが強いので、日傘を借りてさしながらなので、かなり体力要ります。
私はエリと、母はヒロアキと乗りました。
エリが飼育員のおじさんに話しかけて聞いたところ、私たちが乗った象は、20歳でメスの「ニーちゃん」。
おじさんは30年以上飼育員をしてて、ニーちゃんを生まれた時から育てたのも、おじさんだとか。
「我が子のように、一生付き合うんだよ」と、愛しそうに話てくれました。
でもニーちゃんはちょっと頑固もんで、「コースをはずれそうになったり、すぐ水浴びしたがったりするんだ」と、少し困ったふうに話すおじさん。
コースの途中に象舎があり、仕事を終えた象たちを、飼育員が丁寧に洗ってあげてました。
象(ニーちゃん、20歳、メス)に乗る、エリ&ナミねぇ
象園の後は、やはりチェンマイ北部にある「山岳民族の村」へ。
静かな田畑と山に囲まれたこの村には、様々な山岳民族と、いわゆる「首長族」と呼ばれるカリヤン族が、機織りをしながら暮らしています。
チェンマイ北部の「山岳民族の村」にて
国王によって造られた、いわゆる特区のような地域で、民族の暮らしぶりを観光客に見せながら生活しているんやけど、こうした暮らしを潔しとせず、山の中で生きている人たちもまだまだ多いそうです。
山岳民族の織物を観る、母
民族村の休憩コーナーにあった「像を彫った樹」
自生するライチ。食べ放題!
カリヤン族の村には電気もなく、カマドでご飯を炊く煙が屋根から漂っていました。
カリヤン族が首に巻く真鍮の輪っかは渦巻き状で、5歳ごろから少しづつ渦巻の数を増やして行き、首を長くするのだとか。
カリヤン族(首長族)の母子と記念撮影
20巻にもなる大人用の輪っかはとても重くて、車椅子の母に渡したけど持ち上げることが出来なかったです。
首に巻く「真鍮の輪っか(渦巻き状)」重くて母には持てなかった
「こんなん巻いて、肩こらへんのかなぁ・・・」と、思わずつぶやいてしまったナミねぇでした。
風習、習俗というのは、ホンマに不思議なもんやね。
首飾り見本。半円形(後ろで縛る)になってる
村はかなり急な坂道の両側に、自宅兼お店が並び、頂上にタイの王様が建てた教会と小さな学校がありました。
学校は寺子屋風で、村を出て都会で勉強したカリヤン族の青年が戻って教師をつとめていたけど、輪っかを巻いておらず、ちょっと茶髪に染めて「今風の」青年やったのが印象的でした。
坂道やでこぼこのあぜ道を、大汗をかきながら母の車椅子を押してくれたエリのお兄さん(ポーバンさん)、ホンマにありがとうございました!!
母の車椅子を押してくれる、エリのお兄さん(ポーバンさん)
カリヤン族の女性と記念撮影。
20歳のカリヤン族の女性
(写真では分かりにくいけど)村の中は、きつい坂道
「山岳民族の村」を後にし、タイで開かれた「花博2006記念公園」を通って、高台の寺院へお参り。
カォマォカンファンにある高台の寺から「花博2006」会場とチェンマイの街を眺める
お寺の展望台にて
そこで「声はすれども姿は見えず」と言われる「泣きトカゲ:トットー」を見ることができました。
背中にちょっと恐竜っぽい模様があり、顔はイグアナ風で、ケケケ・・・と、甲高い声で鋭く叫んだ後、トットー、トットー・・・と7回鳴くトカゲです。
「えっ、トカゲが鳴くのん!?うっそぉ!!」と驚くなかれ、タイでは「ヤモリ」も鳴くんですよ〜!
姿を見ることの少ない「鳴きトカゲ トットー」を発見(中央。右上はただのヤモリ)
展望台のブランコで休憩するナミねぇ
展望台から見るチェンマイの街
僧侶たちにお供えするヒロアキとエリ
寺院の柱、屋根にはドラゴンの飾りが・・・
寺院の中庭
お寺参りの後、お兄さんのポーバンさんがチェンマイの街を車で案内してくれました。
チェンマイの街の中心地は、街の開祖といわれる高僧の寺院を中心に、2キロメートル四方の疎水と城壁に囲まれています。
城壁は殆ど崩れて、ところどころが記念碑的に残されていますが、疎水は整備され噴水が上がっていました。
城壁には東西南北4箇所に入口があり、橋を渡って中心地に入ります。
本当は5つ目の門もあり、そこは昔死者を送り出す門で、今は「お化け門」と呼ばれています。
ポーバン兄さんは、チェンマイの歴史や文化にとても詳しく、しかも分かりやすく色々なことを教えてくれました。
農業をされてると聞いたけど、とってもインテリなので驚いたら、長年ホテルマンをされてて、その後タイ各地を営業で回る仕事をし、数年前から農業に専念しておられるとのこと。
インテリなだけでなく、チェンマイをこよなく愛されてるのがひしひしと伝わってくる話しぶりでした。
「チェンマイの良さは一度来ただけでは分からないから、必ずまた来て下さいね」と、何度も何度も言われる、ポーバン兄さんでした。
その夜は、チェンマイに最近できたという「ちょっとラスベガス風」のレストランの中庭で、食事会をしました。
そうそう、タイではビールに氷を入れて飲むのが「標準スタイル」です。
「ビール」ってオーダーすると、いきなりウエイターさんがグラスに氷を入れてからビールを注ぐので初めはビックリしたけど、飲みなれてみると、暑いタイではこうしないとビールがすぐぬるくなることが分かり、納得。
生活の知恵って、こういうことやね、ははは。
お兄さん夫妻も一緒に、レストランで晩御飯
エリの弟夫妻(左)と甥っ子(ベン、21歳、学生)も、合流
エリの兄嫁(パカィンさん)と、弟嫁(ノッさん)
エリの弟で、とってもひょうきんなヴァンサァさん
食事のあとは、夜のチェンマイの街なかを通り抜けて、ホテルPukaに戻りました。
チェンマイの街の開祖を祀った寺院「ワット・パーシン」
夜のチェンマイのお店(1)
夜のチェンマイのお店(2)
◇ ◇ ◇
5月6日(木)
今日は、植物の好きな母のために、エリの家族が「ランの植物園と、王様の植物園」に案内してくれました。
ランの植物園へ(5月6日)
タイではどこへ行っても、こんなふうに犬がのんびりしてます。
「ラン園」入口にて
みごとなランを楽しむ母
ランの花(1)
ランの花(2)
ランの花(3)
ランの花(4)
ランの花(5)
ランの花に囲まれた母
「毎日が日本の夏」のようなタイやけど、4−5月は、中でも最も暑い夏休みの時期で、農業も忙しくない季節なので、私たちの滞在中、エリの家族が色んなところに案内して下さったんです。
「でも一番涼しくて、花の咲き乱れる季節は12月から1月にかけてなので、その季節にまた必ず来てね」と、ご両親が母に何度も話しかけていました。
ランの花(6)
ランの花とナミねぇ
土産物屋に、ギョッとする「タイの虫たちの標本」が
蘭園オーナーの趣味?クラシックカーのジャガー
咲き乱れるランの花たち
母とエリ
ランの花(7)
ランの花(8)
「王様の植物園」(ブーピンパレス)は、山の上にある日本でいう「御用邸」のような所で、昔は全く国民が入れなかったそうやけど、今は皇室の方々が訪れる時以外、一般開放されてるそうです。
とはいえ、入口には武装した警護隊がおり、パスポートを提示してからでないと入れません。
以前は、広い庭園内を徒歩で見学したそうやけど、今は電動カートに3−4人づつ乗り込んで見学します。
母も車椅子からカート乗り移って、楽々見学できました。
「王様の植物園」
皇太子夫妻が泊まられる建物
王女様の別邸
緻密な彫り物が施された樹のオブジェですが、もとは貯水池の樋を利用したもの。
記念植樹された竹林。タイの竹はこのように束になって生えるんですよ。
植物園の後は、著名な寺院「ワット・パター・ドイステープ」と、チェンマイ開祖の祀られる「ワット・パーシン」へ再びお参り。
大勢の善男善女にまじって、お参り
チェンマイ市内の著名なお寺「ワット・パター・ドイステープ」(改装中)
「ワット・パター・ドイステープ」の中庭にて
とっても愛らしい像が・・・(1)
とっても愛らしい像が・・・(2)
巨大な「ジャックフルーツ」の樹
別のお寺でも、お参り
お参りする、ヒロアキ、ユキちゃん、ナミねぇ
夜の「ワット・パーシン」では、高い壁の上に25センチくらいは(おそらく)ある、大きな鳴きトカゲ:トットを発見!
なかなか見ることのできないトットに2度も出会って、幸運な旅でした。
「ワット・パーシン」のドラゴン
「ワット・パーシン」の壁に「鳴きトカゲ トット」発見! 縁起が良いね!
拡大するとこんな感じ。
タイ旅行最後の夜は、海鮮レストラン「プーギン」で、大海老やカニ、川魚料理を食べました。
タイで過ごす最後の夜。海鮮レストラン「プーギン」で乾杯!
大海老料理
川魚料理
一番心配やった母の体調も、一回だけお腹が痛くなって、持参した「富山の置き薬:赤玉」のお世話になったけど、後はいつもの健啖家の母に戻り、若者たちに負けずに食べました。
健啖家の母!
最後の夜ということで、私からエリのご家族に、一言ご挨拶させて戴きました。
「ご家族が温かく私たちを迎えて下さったことに心から感謝します。そして、エリのような優しく、しっかりした素敵な女性を伴侶に選んだ息子ヒロアキを、誇りに思います。これからも、末永くよろしくお願いいたします。」と。
料理を取り分けるエリ。手首には結婚式の「縁紐」
お兄さん夫妻と、タイ滞在中の運転を手伝ってくれたお兄さんの友人(左)
エリの弟と甥っ子
エリの両親と、弟の奥さん
エリ&ヒロアキ
山盛りのカニ料理!!
エリのお母さんとユキちゃん
海鮮レストラン「プーギン」の看板。「チャーング(象)ビール」の宣伝のほうが大きい
食事の後、皆でチェンマイの「ナイトバザール」をひやかし、ホテルPukaに戻りました。
チェンマイ名物の「ナイトバザール」へ
これは耳かき?と思ったら簪(かんざし)でした
試食を勧められる(?)母
最近の母は、新しい記憶がすぐに薄れてしまうので、今回の旅行もどれだけのことを覚えていられるか分からへんけど、それでもこんなに楽しい日々を共有できたのは、私たちにとって何より嬉しい出来事です。
そんな日々を与えてくれた、エリとその家族の皆さん、そしてヒロアキに心から感謝しつつ、タイ旅行最後の夜は更けて行きました。
◇ ◇ ◇
5月7日(金)
今日は、いよいよタイを去る日。
元気な小学生ユキは、朝からホテルのプールでひと泳ぎ。
写真では浮き輪を使ってるけど、実は水泳が大得意のユキ。
プールサイドから飛び込んで、水中に投げた小石を何個でも潜って拾うことができます。泳ぐフォームも、綺麗な平泳ぎなんよ!
出発の朝(5月7日)Pukaのホテルで泳ぐ、ユキちゃん
チェンマイ空港には、エリのご家族全員が見送りに来てくれました。
チェンマイ空港のレストランで、エリの両親、弟とヒロアキ
飛び立つ前に、ビールを一杯
エリ、ヒロアキと甥っ子のベン
エリとお母さん
ナミねぇと母
空港レストランで、お茶&ビールしながら1週間の思い出を語り合い、皆でハグを交わしてお別れです。
母が元気な間に、もう一度全員が再会出来る日が来ますように・・・
搭乗直前に、皆で記念撮影
このゲートをくぐって、タイとお別れ
エリのお父さんが、私たちに小さなお釈迦様の像の付いた特別なペンダントを、プレゼントしてくれました。
私には、日本で待つ娘:マキの分も!!
出来ればエリのご家族に日本に来ていただき、マキにも会って欲しいなぁ・・・と心からそう願います。
ゴールデンウイークに、マキと過ごさなかったのは初めてのことやけど、次のお休みには病院へ面会に行き、タイ旅行の話を歌声にして届けようと思います。
国籍や年齢の違いや障害の有無は、私たち家族にとっては「絆を強めるためのものなんや」と、思わずにいられません。
そのことを、改めて感じさせてくれた、タイ旅行でした。
タイの国に、チェンマイの街に、メポン村に、そしてタイで出会った全ての人と出来事に、心から感謝を捧げながら、旅行記を終えたいと思います。
<by ナミねぇ>