絵を描くために学ぶ
りえさんは生後6ヵ月にウエルトニッヒ・ホフマン病を発病して以来、全身の筋力がほとんどない。全介護が必要で、家の中では電動車いすを自分で操作し、屋外では手動の車いすを押してもらって生活をしている。
だが、3歳のころからお絵描き教室に通っていた彼女は、中学からは美術部で活動をし、大学は成安造形短期大学に進学し造形芸術科で学んだ。
「母親に絵本読んでもらう時間が長かったからでしょうね」
りえさんはとにかく絵が描くのが好きなのだ。しかし、画材は高いし、絵を描くための資料もほしい。そこで短大卒業後に、プロップ・ステーションでコンピュータ・グラフィックを学び、イラストの仕事を始めたのである。
「私がコンビニでバイトができるわけもないじゃないですか。自分の得意なことでお仕事できたらいいなと思ったんです」
プロップ・ステーションではインターネットの世界も知った。1人では外出のかなわない彼女にとって、インターネットは社会への扉だった。
「インターネットで、仕事はできるし、買い物はできるし、友だちもできたし。それに資料がほしいときに、図書館や現場に行かなくてもよくなった。インターネットがなかったら生きていけないくらいですね」
りえさんは行動の人だ。プロップ・ステーションには、新聞で読んだ直後に電話をかけた。そして、迷わずパソコンを買った。大きな出費だが、目的があるかぎり意味はある。
「本当は好きな絵を続けるためにパソコンを買って仕事しようと思ったはずなのに、最初のうちは絵を売っては機材やソフトを買わらなくてはならなくて……(笑)本末転倒でした」
しかし、そう笑う彼女には絵の基本があった。才能はじきに認められることとなった。最初の仕事となったのは、関西電力のイベント用イラストである。この仕事ではクライアントの評価を得て継続して注文を受けることもできた。
「だれもが知っている企業やないですか。そんなところのポスターに私の絵が使われるなんて、ホントにええんやろうか?って(笑)」
初めて仕事として描いた絵が、駅などに貼ってあるのを見て、彼女はとてもうれしかった。
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くぼ・りえ(久保利恵)さん
28歳。ウエルトニッヒ・ホフマン病で全介護が必要だが、両親の熱意により、幼稚園から短大まで普通学校に通学した。絵本『バースデーケーキができたよ!』でも、車いすの少女が自然に登場している。2004年1月には2冊目の絵本が出版される予定。
くぼりえさんのホームページ
http://www.kcat.zaq.ne.jp/kuborie) |
絵本作家の夢を実現
しかし、りえさんはここで満足はしない。コンピュータ・グラフィックは筋力の弱い彼女にとって画期的な画材ではあったけれど、本当にやりたいのは透明水彩画だし、なんといっても絵本作家になりたかったのだ。
絵本作家になるためにどんなことをすればいいかわからなかったころ、京都のインターナショナルアカデミーというメディアスクールで「えほん教室」のコースを開講していることを知った。ここでも彼女の行動力はすばやい。数日後には下見に出かけ、すでに定員いっぱいのところを、補欠待ちまでして入学を果たしたのである。さらにプロップ・ステーションで知り合った作家から知識を得ると、次のアクションを起こした。
「その作家さんに、若いころは東京の出版社に飛び込みで持ち込んでいったよと言われて、すぐその気になって東京に行ったんです。何社か回りました」
もちろん、この飛び込みがうまくいったわけではない。でも彼女はあきらめなかった。
「やりたいことを見つけてやり続けていたら、いつのまにか夢が実現していたという感じです。少々の困難は乗り越えて、途中であきらめないことですね」
出版社への持ち込みが失敗したこと、絵のコンクールに出展して何度も落選したこと。それらは彼女の夢を奪う壁ではなく、一歩ずつ夢に近づいている証明だったのだ。
仕事には責任がついてくる
パソコンのおかげで絵を仕事にできるようになった、念願の絵本作家としてデビューも果たした。そして、絵のために画材を買ったり、取材と称して旅行に行くのも楽しみになった。でも、体への負担も大きい。
「絵の仕事で、しかも在宅ですから、自分一人に責任がかかってくるじゃないですか。仕事を途中で誰かに代わってもらうこともできないですよね」
りえさんは、納期には気をつかう。まず、時間に余裕のない仕事は引き受けないことにしている。そして何より、健康には充分な注意を払っている。彼女は風邪に感染しやすく、肺炎を起こしやすい体質で、何度も入院を強いられているのだ。そうなったら仕事は中断するうえに、命を奪われる危険だってある。
「100%自立できるほど仕事することは無理だと思うんです。そんなことすればきっと倒れちゃうし。そこまで無理して働くのではなく、いつまでも好きな絵や絵本を描いていられるように、仕事もするし健康にも気をつけたいですね」
夢を追ってここまでたどり着いたりえさんは、今も常に夢を大切にしている。りえさんの人生もまた、りえさんの責任なのだから。
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