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SOHOコンピューティング 2003年3月号より転載

     
  プロップ・ステーション便り ナミねえの道  

  第10回――レールに乗らない私の生き方  
  娘とともに歩んだ日々
 
     

掲載ページの見出し

プロップ・ステーション
プロップ・ステーションは、1998年に社会福祉法人として認可され、コンピュータと情報 通信を活用してチャレンジド(障害者)の自立と社会参画、特に就労の促進と雇用の創出 を目標に活動している。

ホームページ
http://www.prop.or.jp/

竹中ナミ氏
社会福祉法人プロップ・ステーション理事長。重症心身障害児の長女を授かったことから 独学で障害児医療・福祉・教育を学ぶ。1991年、プロップ・ステーションを設立した。現 在は各行政機関の委員などを歴任する傍ら、各地で講演を行うなどチャレンジドの社会参 加と自立を支援する活動を展開している。

木登りと家出が趣味だったという少女。その破天荒な性格は、誰の手にも負えなかったとナミねぇは述懐する。人が決めたルールを押しつけられることや、社会的慣習というレールに乗るということが大嫌いだった。そして、自らの使命に目覚めたナミねぇが娘の麻紀さんに向けた深い愛情は、多くの人々を対象としたより大きな愛へと転化していく。今回は、現在の活動以前のナミねぇを紹介する。


障害児の親は不幸

ナミねぇ――私は幼い頃からごんた(※)で勉強嫌い。趣味が木登りと家出という、どうしょうもない女の子でしたね。中学生のときはいわゆる不良少女。人から指示されたり、敷かれたレールを歩くのは大っ嫌いやったんです。
 早く大人になりたくて高校に入学してすぐにアルバイトを始めました。職安に親が同伴してお堅い仕事を斡旋してもらったはずが、バイト先で知り合った兄ちゃんと同棲して、もうむちゃくちゃ(笑)。
 その後、ちゃんと結婚しましたけど、当時としては不純異性交遊で高校は退学。高校へ行けという親の説得も顧みず、折り畳み式のお膳を抱えて彼のバイクでビューっ。そして、娘の麻紀のお兄ちゃんが生まれたんですが、自分がレールを外れてるにもかかわらず「勉強せなあかんで」とか「テレビ見過ぎたらあかん」と、息子をレールに乗せようとしていることに随分と違和感がありました。
 その後麻紀が生まれて、数ヶ月たたんうちに重度の障害があるとわかったんですね。でも、そのときに不謹慎かもしれんけど「ああ、これで私は世の中のレールに乗らずに生きていける」と思ったんです。当時、私の父は「孫を連れて俺が一緒に死ぬ」と言いました。障害児が生まれることがすなわち不幸だという時代でしたから。でも私は「この事実を決して不幸やと思わんと生きていく」と。
 私がずっと持っていた信念は、人から「これはお前の不幸や」と決められるのは絶対に違うということ。幸せかどうかは自分自身で決めることでしょ。おかげさまで私が麻紀の介護をしながらボランティアなどで生き生きと頑張っている姿を見て、父も安心して84歳まで長生きしました。一つ親孝行したと思います。

※ ごんた……関西の方言でやんちゃ、わんぱくという意味。


時代も常識も変わる

ナミねぇ――その昔、父親が「孫を連れて死ぬ」と言った。でも30年たった今でも障害者を持つ数多くの両親も「自分の子供より一日後に死にたい」と言う。つまり、安心して死ねないということがいまだに根っことして残っているということなんです。これっておかしいじゃないですか。子供に障害があってもなくても、やっぱり年齢の順に親から安心して死ねる社会にしたいですね。そこで、誰もが自分の責任で自分の力を発揮できるユニバーサルな社会を実現したいとプロップの活動を始めたわけです。さまざまな社会的要因によって働くことが困難な人たちが自分の能力を発揮できる社会システムができれば、チャレンジドに限らず女性や高齢者など働きたいと思っている人たちを生かせると思います。
 ずっと世の中に逆らって生きてきたんですが「おもろいやん」「一緒にやろうか」という共感の輪が広がってきました。母ちゃんのわがままから出発した運動を時代が後押ししてくれた感じですね。今という時代はまさに大きな変革のうねりが押し寄せているんだなと実感しています。

日本という国は右肩上がりの経済成長も終わり、少子高齢化が急速に時代へ突入している。国の経済が大きく落ち込んだり、人々の心が荒廃するときには、自分の娘のように何もできない人間は排除されてしまう可能性があるとナミねぇは危惧する。少子高齢化の日本が悲惨な国にならないようにするためにも、今こそ社会変革への手を打たなければならないと言う。


雇用以外の働き方

ナミねえと麻紀さんの写真
現在、兵庫県内の国立療養所で温かい看護を受けて過ごしている麻紀さんと一緒に。

ナミねぇ――あと15年もたてば2軒に1軒が介護の必要のある高齢者を抱える時代だと言われます。そういう時代になる前に早く手を打って、社会システムを変革する必要があると思うんですよ。日本でチャレンジドが働くことを支援する法律は法定雇用率しかありません。
 プロップでは在宅で働くフリーの人がほとんどですが、その人たちを支援してくれる法律はないわけです。現在の法律は、障害者は働くことができないということを前提とした年金や補助金制度のみ。でも今やコンピュータを使ってチャレンジドが仕事をすることが当たり前になりつつある。そうした雇用以外の働き方や法律ができれば、社会に参画し貢献できる層がもっともっと増えてくるはずです。
 私は一つの物差しで人間の価値を測ることが嫌いでした。時代によって常識と言われる尺度は動いてるんやから、常識から外れることを怖れず、それぞれが個人個人の物差しを持って身の丈で生きていけばいい。そして誰もが誇りを持って社会に参画し、お互いに支え合うということが必要ではないでしょうか。そんな社会が実現すれば社会全体で娘のような身障者を守ることができるし、社会貢献できなくとも人間としての尊厳を持って生きることができると思います。
 麻紀がいなければ、今の私という人間は存在しませんでした。私がこういう活動をしていくことになったんは、麻紀が自分の娘として生まれてくれたからこそという思いを今つくづく感じています。


Column

チャレンジド・クリエイティブ・プロジェクト始動

 

商品の写真
現在、プロジェクトの商品として販売したいアイテムを募集中。生活和洋食器や手作り雑貨はもちろん、写真のようなお菓子やアートな作品も大歓迎とのこと。

 福祉就労の場を、本格的な「働く場へ」というコンセプトがいよいよ実現することになった。小規模作業所や授産施設の製品や企画力を、「プロの知識・技術」を加味した上で「販路」を確保しようという取り組みが始まる。名称は「チャレンジド・クリエイティブ・プロジェクト」(略称CCP)だ。兵庫県と神戸市、そしてカタログやインターネット通販で全国に多くの顧客を持つ株式会社フェリシモ(神戸市)とプロップ・ステーションが全国に先駆けて実施する。ユニバーサルデザインの視点を付加し、斬新な製品開発体制を実現することで今まで成し得なかった販路の拡大を図る。詳細は、http://www.prop.or.jp/CCP/へ。


構成/木戸隆文 撮影/有本真紀


[チャレンジド] 神から挑戦する使命を与えられた人を示し、近年「ハンディキャップ」に代わる新たな言葉として米国で使われるようになった。


●月刊サイビズ ソーホー・コンピューティングの公式サイト http://www.soho-web.jp/
●出版社 株式会社サイビズ