月刊ニューメディア 2013年6月号より転載

チャレンジドの働く力を引き出し、パティシエへの学びを支援する

神戸スウィーツ・コンソーシアム 6年目に突入!

チャレンジドたちの成長と自信

神戸スウィーツ・コンソーシアム(Kobe Sweets Consortium = KSC)は、お菓子作りを通してチャレンジド(障害のある人)の就労支援を行うことを目的に、2008年6月に第1回が行われ、毎回開催されてきた。昨年12月に第5クールが終了し、この6月から第6クールに入る。昨年は東日本大震災の復興に向け、仙台会場と東京会場でネットワークによる遠隔実技講習で同時開催を展開。さらに、KSCの主催開催者はKSC修了生のチャレンジドたちが働く「あすなろ学苑」(神奈川県横須賀市)を見学し、KSCの蒔いた種がしっかり根付いていることに自信を深めている。そこで、KSCプロジェクト5年目の成果と6年目に向けた意欲を、KSC主催者、講習サポーターとあすなろ学苑の関係者に集まっていただいた。

支援サポーター自身に広がる社会的な誇り

構成:月刊NEW MEDIA編集部、写真:大高英樹、編集部

座談会
KSC5回で得た手応えと確信 6回目からのチャレンジド展望

主催者
社会福祉法人
プロップ・ステーション


竹中ナミ
理事長 NHK経営委員

代表講師
オーストリア国家公認
製菓マイスター


八木淳司
モロゾフ株式会社
テクニカルディレクター

受講生の施設
あすなろ学苑


三浦麻矢
社会福祉法人心の会
あすなろ学苑・苑長


村上登喜夫
社会福祉法人心の会
あすなろ学苑・主任

講習サポーター


高橋藤美
株式会社日清製粉グループ本社
総務本部広報部
フラワー手作り教室・講師

主催者
日清製粉株式会社


田子敏也
営業本部
第一営業部部長


渡邊剛
営業本部
第一営業部部長代理

「神戸スウィーツ楽しい!」
褒められて自信を付けるチャレンジド

あすなろ学苑:三浦

住吉さん(1クール受講、ダウン症/女性)、武田さん(1クール受講、自閉症/男性)、小島さん(3クール受講、自閉症/男性)の3名が参加していました。チャレンジド(障害者)を対象としたスウィーツの技術講習会はなかなかなくて、通常は職員がプロの先生に習って、それをわかりやすく苑生に教えています。ですから、KSCのことを知った時にはチャンスだと思って、小島さんに声をかけました。当時の小島さんは、苑の利用者から職員となって一職員としての役割を果たせるようになったところで、スキルアップさせたいと思っていたのです。参加を業務扱いにし、受講料や交通費、休日出勤手当を苑が負担して派遣しました。

プロが教える他の講習会は、専門用語や専門的な用法・製法が多いのですが、KSCはレシピも大変わかりやすく、応用しやすい。なので、サポート役として参加している職員はKSCで学んだことを持ち帰って、他の職員や苑生に教えることができるのです。そういった意味でも、受講した成果は非常に大きいと実感しています。

講師:八木

チャレンジドたちと一緒に職員の方が勉強し、施設に戻ってからお菓子作りをするというのは、まさに私がイメージしていたことです。

あすなろ学苑:三浦

小島さんが3クール目に入る2012年に福祉法の改正があって、補助金が目減りしたために彼の費用の捻出が難しくなりました。それでも彼は「いきたい。KSCで習っておいしいお菓子を作りたい」と自主参加しています。苑生である住吉さんと武田さんは、苑の費用負担で学んでもらいました。

将来は小さなお菓子屋を開きたいという夢を持っている住吉さんは、ダウン症で心臓に大きな病を抱えています。体があまり丈夫ではないので5〜6時間立っていることが辛く、講習中も座らせてもらったり、職員がマッサージしたりすることもありました。昨年の仙台での修了式で、ご両親が「体が弱かったので無理をさせないようにしてきたことが、本人にとって体験不足となった。この体験を通して精神面が強くなった」と喜んでいらっしゃったのが印象的でした。

あすなろ学苑:村上

サポート役として一昨年1年間参加したんですが、大変やりやすい受講環境でした。わかりやすいレシピの作成や、わかりやすい指導をしながらも時間内に終わるように進めてくださる先生方をはじめ、道具の準備や計量など、作業しやすい環境を用意してくださった日清製粉の方々には大変感謝しています。特にありがたかったのは、受講生がうまくできない場面でも先生方や日清製粉の方々は「大丈夫だよ」と声をかけて、フォローしながら褒めてくださることです。褒められたことで意欲がわき、意欲がわくことで好きになって次につながる、好循環が生まれるんです。

苑ではパンや焼き菓子、デザートなどを作っていて、講習会でムースの作り方を八木先生に相談したところ、改善点などを快く指導していただきました。おかげでムースを安定して作れるようになりました。

チャレンジド一人ひとりの特性を理解した教え方

プロップ・ステーション:竹中

二十数年間ICTの講習会をやってきて言えることは、プロや一流の人に習ってはじめてプロへの道を歩んでいけるということです。プロは技術だけではなく、仕事全体を見渡す感覚も教えてくれはるからです。KSCは日清製粉という小麦粉のプロと、日本のパティシエの第一人者である八木さんが本気でタッグを組んでくれています。チャレンジドは一流のプロから学ぶことでステップアップするという確信が私にはあるんです。さっき三浦さんから小島さんが自腹を切ってでも習いたいという話があったけど、これはもうプロ魂ですよ。

あすなろ学苑・三浦

KSCは基本的に2人の受講者に講師1人が付きます。これはほぼマンツーマン対応で、非常に手厚い対応だと思います。講習は、始めにやり方を実演して見せてくれるのですが、この時、その様子がモニターに映し出されるので、モニターでも手元を確認することができます。目で見て確認することはとても大事で、これから自分がやるべきことがイメージできて、やりやすいのです。それから実際に作るのですが、単元を切ってやってくれるので、受講生はこれからやるべき作業を忘れないし、混乱しないですみます。

講師:八木

講師の人選には、技術力はもちろんですが、人柄も考慮して、KSCを理解してくれそうな人に声をかけています。現在、6名の方に引き受けていただいていますが、皆さんにお願いしていることが2つあります。

ひとつは、初回ではチャレンジドたち一人ひとりの作業の仕方や動作をきちんと見て、その人の今の理解度を測ってほしいということ。それをつかむことで教え方もわかるからです。受講者数は講師の目が届く人数ということで8名としています。二つ目は、「だめ」ということを絶対に言わないことです。

講習サポーター:高橋

私は一般の方を対象に小麦粉を使ったパン屋ケーキ、ピザ、中華まんなどを教える出張講習会で講師をしていますが、KSCは受講生にわかりやすく伝えることの勉強になります。KSCのテキストはとてもわかりやすく書かれているので、一般の方にも適しています。

私が教えている講習会にも障害をお持ちの方が受講されます。1回だけのお付き合いなので、その方に適した対応をするのは難しく、付き添いの職員のサポートが大切です。そういった意味でも、職員の方がチャレンジドと一緒に学ぶというのは良い方法だと思います。

チャレンジドが主体的に働く姿
その自主性を育むあすなろ学苑に驚く

講師:八木

チャレンジドたちが実際にどんな働きをしているのか、あすなろ学苑を見学してきたそうですが、いかがでしたか。

プロップ・ステーション:竹中

私は運命論者じゃないけど、三浦さんを見ていると天命を感じます。私の場合は障害児のおっかあというつながるストーリーがあるけど、三浦さんにはそういう物語がないんやから。私らと通じるものがあるとしたら、障害を持った人たちは何か伸びるものを必ず持っていて、伸びたときに周りが一緒に喜んであげることが、その人を成長させるということを心底からわかっているということです。

日清製粉:田子

私はメーカーの人間なので、まず使っている粉を見て、次にカレンダーを見ました。どちらも弊社のものだったので安心しました(笑)。粉はKSCで使っているものもあって、KSCで習ったことを生かして商品化されているんだと実感しました。設備もしっかりしていますが、驚いたのはチャレンジドの働きぶりや作業の流れで、プロの作業場と遜色ありませんでした。

日清製粉:渡邊

さまざまな工程の中で自分の能力を発揮して作業しているチャレンジドたちの姿に純粋に感動しました。チャレンジドたちの能力を引き出すことが社会貢献につながっているんだ、という確信を見せていただきました。

あすなろ学苑:村上

チャレンジドそれぞれに得意なことがあるので、作業の流れの中で得意なことが生かせるようにしています。ただ、得意なことだけをしていても成長できないので、個性を見極めて、楽しんで仕事をしてもらうようプログラムを組んでいます。目標を立てるときも、いきなり高い目標を立てるのではなく、半年ぐらいの期間で少し頑張れば達成できるものを設定しています。自分たちの作った商品が売れる、またいろいろな賞を受賞するという経験を繰り返す中で、喜んで取り組めていると感じています。指示を待っているのではなく、自分の仕事を理解して動いているというのが、最近の成長ぶりでもあります。

講師:八木

KSCで数回学んだからといってプロのパティシエになれるわけではないので、続けていくためには職員にも学んでもらうことが大事です。支援者を支援するのが、本当の意味での支援だと考えています。

KSCを支える日清製粉や協力企業、支援者のホンモノの技

講師:八木

講師が頑張って教えられるのも日清製粉さんの支えがあるからで、チャレンジドたちの動きを上手に支えてくれるサポート力はすごいと思います。

日清製粉:田子

業務用の小麦粉を販売する中でプロモーションとしてプロを対象とした講習会を開いていますが、通常の講習会は講師が一方的に教えることが多く、実技を伴った講習会はあまりありません。テクニカルスタッフの働きに関しては、社外の方から高い評価をいただくまで気が付きませんでした(苦笑)。特に、テクニカルセンターの関所長はチャレンジドとコミュニケーションを取りながら、常に先回りしながらうまく支えていて驚きました。関によれば、技術屋の目線で講師の技を見ているそうで、配合や材料の組み合わせ方など参考にしているようです。それと、自社の講習会はパンが多いので、一流パティシエの洋菓子を学ぶチャンスでもあります。一人でも多くの社員にKSCを肌で感じてもらいたいので、参加できる機会をつくっていきたいと考えています。

講習サポーター:高橋

私も八木先生に教われるのが魅力で参加した一人です。それと、障害を持った方にどういう教え方をするのかも勉強したかったことです。

プロップ・ステーション:竹中

日清製粉の社員は、会社を信頼してはるんやと感じます。すべてをオープンにして本業そのままの力を発揮してくれる。その精神は仙台会場となった関連会社の東北石川食料株式会社にもあって、日清製粉グループの底力の上にKSCは乗せてもらっているんです。日清製粉さんの社会的信頼が厚いから、スウィーツに欠かせない砂糖や玉子などの材料をいろいろな企業さんが協力してくれて、KSCはまさにドリームチームです。

講師:八木

日清製粉さんと本社だけでなく、全国の事業所とお付き合いしていますが、意思の疎通が行き渡っていて、どこへ行っても同じ話ができるんです。これは素晴らしいことで、風通しがいい会社なんだとわかります。

あすなろ学苑:三浦

施設職員の役目は、パンやお菓子づくりの技術を学ぶだけではなく、苑生の経済的自立を促すために財務管理の勉強などもそのひとつです。日清製粉さんはいろいろなセミナーを開催されていて学ぶ機会が多いんです。社会に開いている企業という印象を持っています。

6年目も仙台と東京でチャレンジングに開催

プロップ・ステーション:竹中

3クール目からネットワーク技術による遠隔システムを使って、離れた会場と講習を共有しています。これは二十数年ICTをやってきたプロップのDNAです。とはいえ、実現するには機材もいるし技術もいるわけですが、これが不思議な巡り合わせで、幸運にも総務省のブロードバンド推進モデル事業に採用されて、1年間機材や技術を国の予算でできることになったんです。もっとすごいのは、この1年間の経験を基に2年目から国の支援なしでやり遂げたことです。

講師:八木

遠隔実習をパティシエとして行ったのは初めてだったので新鮮でした。パティシエの講習会は都会に集中する傾向があります。今後、都会と地方の格差解消や洋菓子業界のレベルアップにICTの活用は絶対必要になると思います。

プロップ・ステーション:竹中

Ustream(ユーストリーム)でも同時に配信してますし、講習の様子をチャットで伝えています。会場に来れないチャレンジドも学ぶチャンスが得られます。今年もやろうと考えてます。

東日本大震災の津波で被災した仙台の東北石川食料さんを会場にKSCの講習会を開きました。それは、私自身が阪神淡路大震災で被災したとき、立ち直る気持ちを信じて応援していただいたことが大きな励みになった経験があったので、KSCで被災地を支援したいと考えたからです。被災地のチャレンジドたちにも一流のパティシエと出会って、被災地から美味しいものを全国に発信してほしいという気持ちで開催を決めたんですが、チャレンジドたちはわれわれの思いにこたえてくれたと、修了式を見て思いました。

講師:八木

固定観念にとらわれず、絶えず新しいことを取り入れていきたい。例えば、講習会場を変えたり、講師を増やしたり、製菓学校の生徒さんに参加してもらったり、普段でチャレンジドと触れ合う機会がない方を巻き込むことで、将来に役立てて欲しいのです。

プロップ・ステーション:竹中

こうして6年目に迎えられることを感慨深く思っています。と同時に、6年目もチャレンジングにいきますから、皆さんどうぞよろしくお願いいたします。

ネットワーク遠隔技術講習

技術的な課題は、2つの会場内からマイク音声をネットで伝え、それぞれの会場でスピーカーから流すと、エコーハウリングしてしまうことがあり、ボリューム調整に気が抜けないこと

 

協力企業の優れた材料を事前に準備

講習サポーターたちの陰の支えがあってはじめて実技講習に集中できる

あすなろ学苑見学

1月18日早朝7時すぎ、作業の開始時間に合わせて、KSC主催のプロップ・ステーション竹中ナミ理事長、日清製粉の田子敏也部長、渡邊剛部長代理が見学に訪れ、三浦麻矢苑長から説明を受けた。店舗を持たず、市内の企業、行政、学校などへ配達販売。また、5年前から県立高校の売店業務を受注。昨年からは海上自衛隊内でカフェ業務を始めた。「どちらも公募で厳しい審査を経て受注したものです。障害者施設だからという甘えは一切ありません。大事にしていることは、いただいた注文は断らないことです。ですから、残業はしばしばです」と三浦苑長は明るく笑って話してくれた。


「しっかり」「自分から」が作業にある種の緊張感を醸し出す。右端で計量しているのがKSC受講3度を重ねる小島さん


三浦苑長(中央)と話す竹中プロップ・ステーション理事長(左)、渡邊日清製粉部長代理

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