毎日新聞 2001年3月28日 より転載

【企画特集 福祉とインターネット】

IT駆使し社会参加

障害者やお年寄りもパソコンで仕事 受け取るだけから生産活動へ

福祉とインターネット シンポジウム

毎日新聞社は、パソコンなどのIT(情報技術)を活用した21世紀の新しい福祉社会の実現を目指すシンポジウム「福祉とインターネット――新たな社会作りへの挑戦」(厚生労働省・大阪府後援、アコム協賛)を今月11日、大阪市の大阪産業創造館で開いた。

パソコンの画面やホームページの文字を拡大したり、合成音声で読み上げるソフト、キーボードのいらない専用入力装置などの開発で、弱視者や重度の脳性まひの人たちは、パソコンやインターネットを駆使して仕事を始めている。ITは外出が困難な障害者や高齢者の社会参加の手段としても注目を集めている。シンポでは、ITを経済再生の起爆剤としてだけではなく、福祉分野に活用する意味や課題を探った。シンポ参加者は、与える福祉から障害者や高齢者も生産活動に参加する福祉への転換を強く求めた。

【メディア企画室・岩下 恭士】

開かれた情報通信 NPOの成長加速
基調講演「IT時代の福祉戦略」─本間正明・大阪大教授

写真:本間正明・大阪大教授

福祉に関心を持ったのはウォーリック大学で教えるために家族を連れてイギリスに行ったときだった。地方都市にもかかわらず、ボランティア活動が根付いていて、私の子どもたちに英語を教えてくれた。それが日本NPO学会を作るきっかけになった。

20世紀の日本は政府のような公共部門が情報を独占し、上から一方的に情報が発信されていたが、インターネットの出現は市民に開かれた双方向の情報通信を可能にした。これが今後のNPOの成長を加速させるだろう。

公と民の情報格差が克服されることで、民主主義の本来の姿である政府と国民がともに治める「共治」が可能になる。

福祉を考えるとき、個人、地域、公の3つのレベルがある。これはそれぞれ「自助」、「共助」、「公助」に対応する。この3つがセットになって社会に定着することで個人を尊重する福祉社会が築かれる。

「自助」とは、従来の日本の福祉のように社会的弱者への援助としてではなく、障害を持つ人自身が能力を高める道具としてのIT活用を行うことであり、その条件整備を図る必要がある。

阪神淡路大震災をきっかけに、政府依存という日本人の意識が大きく変わった。個人が主体的に協同するNPOや地域社会の形成といった「共助」は、ITの力が最も発揮される部分だと思う。

経済財政諮問会議の委員として、福祉分野におけるインテグレーション、ノーマライゼーションを実現するために、国民に対する十分な情報提供のメディアとして、電子政府の構築を進めるべきだと提案している。特にこれまでバラバラに提供されてきた個人の年金や雇用に関する情報をインターネット上で総合的に閲覧できるような仕組みが求められる。ITの振興が国民の福祉の向上に役立つよう努力したい。

IT革命によって問われているのは技術ではなく、それを使う人間の意識だ。逆説的だが、IT時代こそアナログの時代だと考える必要がある。

パネリスト

制度的支援が必要─社会福祉法人プロップ・ステーション理事長 竹中ナミさん

写真:竹中ナミさん・社会福祉法人プロップ・ステーション理事長

ITを活用した重度障害者の在宅就労を支援する活動を10年続けてきた。ITへの期待の一方で、弱肉強食の国を造る道具として利用されないかという危惧(きぐ)もある。アメリカでは1960年代にケネディ大統領がすべての障害者を経済活動に組み込んで納税者にすることが訴えており、それが障害者の差別撤廃と機会均等を保障するADA(障害を持つアメリカ人法)につながっている。すべての国民が誇らしく生きるために、障害者も社会参加し、働くことができる社会にする制度的支援が日本にも求められる。

変革迫られる教育─大阪府立盲学校教諭 中島康明さん

写真:中島康明・大阪府立盲学校教諭

視覚障害の生徒にコンピューターを教えている。情報処理科の今年の就職率は100%だったが仕事だけでなく、盲学校という少人数の閉じられた世界しか知らない生徒たちにとって電子メールやホームページを通しての社会参加は健常者以上に大きな意味がある。その一方で、目が見えなくてもパソコンで事務ができると企業の採用担当者に話すと、健常者と同じ作業量を要求される。

ITが情報のバリアーを除去した代わりに、結果よりも障害者への就労機会を重視したこれまでの福祉的就労から、生産性が問われる競争的就労が要求される中で、盲学校教育も変革が迫られる。

経済の仕組み整備を─スタンフォード日本センター研究部門所長 安延 申さん

写真:安延申・スタンフォード日本センター研究部門所長

以前、通産省(現経済産業省)に勤務していた時、沖縄サミットのIT憲章作成にかかわった。デジタルデバイド(情報格差)解消を言うのがいいが、IT弱者をただ受け取るだけの人と見なす政策に疑問を感じた。iモードの登場で耳の不自由な人も移動中にメールでコミュニケーションできる。福祉とITで重要なのはこれまで受け取るだけだったIT弱者が社会活動に参加し、社会に貢献できるようになったことだ。この先、少子高齢化が加速する社会の中で、受け取る人は与える人の倍になる。

従来の強者、弱者の二分法をやめて、障害者や高齢者も生産活動に従事できる経済の仕組みを作る必要がある。

在宅就労支援に力─大阪府健康福祉部障害保険福祉室在宅課長 井手之上優さん

写真:井手之上優・大阪府健康福祉部障害保険福祉室在宅課長

障害者福祉の基本は自立。その実現の鍵を握るのがITだと思う。しかしある調査によると、障害者の7割が情報機器を利用したことがない。ITが障害者の利用を考慮していないのではないか。ITの振興で逆に情報のバリアーが高くなる懸念もある。大阪府では2月から、視聴覚、肢体障害者対象のIT基礎講習会を開いている。定員60人に対して300人近い応募があった。課題は外出の難しい重度障害者への訪問指導や障害の程度に応じた講習時間の設定。また重度の視覚、上肢障害者を対象に画面音声化ソフトなどの周辺機器やソフトの購入を助成する計画もある。さらにこの秋開所予定の「国連・障害者の10年記念施設」ではパソコンボランティアの指導者養成や障害者関連情報の提供事業も開始する。従来の企業雇用や授産施設、福祉作業所などでの労働に加えて、インターネットを生かした在宅就労の支援にも力を入れたい。

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