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産経新聞 2006年9月21日より転載

 

自立できるか障害者自立支援法

 
 

特別扱いしない社会に

 
 

動き出した就労支援

 

 障害者に負担増が生じたことで多くの批判が上がっている障害者自立支援法ですが、障害者の就労支援も大きな柱です。実際に効果が出てくるのは数年先になりそう。しかし、障害者雇用に成功した民間の例を参考にするなど、障害者の就労政策は転換期を迎えているといえそうです。

(北村理)


 パソコンの講師は障害者。厚生労働省の職員に講習を行い、それを公開する−。こんな計画が進行中だ。

  障害者が在宅で就労する可能性をアピールするため、講習は障害のある講師が住む全国各地と、受講者のいる霞が関の厚労省をテレビ会議で結んで行われることが検討されている。

  講習を請け負うのは、障害者へのパソコン講習など就労支援を行う社会福祉法人「プロップ・ステーション」(神戸市、竹中ナミ理事長)だ。

  講習会の講師になる菊田能成さん(41)にはてんかん症がある。「てんかん症が職場に受け入れられず、職を転々とした」という。しかし、34歳のとき、プロップ・ステーションが主催する障害者のためのパソコン講習に参加して道が開けた。

  菊田さんと同じように受講生として講習に参加し、プロとして巣立った人は多い。マイクロソフト社の社員になった人もいれば、自ら会社を興した人もいる。

  障害者を対象にしたパソコン講習は、同法人の竹中ナミ理事長が15年前に始めた。

  竹中理事長は「移動の困難な障害者にも、パソコンの仕事ならできると思って注目した。講習費は当初、無料だったが、就労が目的だったので、受講生に本気になってもらおうと有料にした」という。

  講習会では、就労に不可欠な"プロの心得"も伝える。

◇ ◇

 厚生労働省は4月施行の障害者自立支援法で、福祉施設に対して、同法人のように、現実に障害者の就労につながる事業を実施することを求めている。同時に施行した改正障害者雇用促進法では、障害者を雇用した企業に給付される助成金の対象を、在宅就業をする障害者にも広げ、環境を整備した。

  竹中理事長が15年も前に思い描いた「雇用」にやっと制度が追いついてきた格好だ。
「障害者でも高齢者でも働ける人は働くべきだ。そして可能なら、税金を支払う責務を果たすべきだ」

  これが竹中理事長の活動指針。自らの経験を国の研究会などでも発言してきた。

  なぜ、障害者の就労なのか?

  実は竹中理事長には、重度の心身障害の娘(34)がいる。国立の療養所に入所しているが、「娘にかかるコストを計算してみたら、月に50万円に上った。そんなサービスが、ほかの人が汗水をたらして納めた税金から出されていると知って、がくぜんとした」と打ち明ける。

  さらに、「障害者だけでなく、団塊の世代であるわれわれが高齢者となって福祉サービスを無制限に受け出したら、社会が成り立たなくなる」という思いが巡ったという。

◇ ◇

 今回の講習会を、同法人と協力して実施する厚労省の就労支援専門官、箕輪優子さんは「障害者の就労促進には、その家族と養護学校、福祉施設など、彼らを取り巻く人々も意識を変えるべきだ」という。障害者の親や教師、すでに障害者を雇用している企業も、「これぐらいの作業しかできない」と、はじめから決めつけているケースが多いからだ。

  箕輪さんは今春、横河電機(東京都武蔵野市)の特例子会社「横河ファウンドリー」の取締役から専門官に就任した。同社には現在、知的障害者20人が働いている。7年前の設立以来、退職者はゼロ。パソコンで名刺やハンコを作ったり、パソコンの解体、販売などを行う。

  箕輪さんは「障害者だからといって、仕事内容で特別対応はしない。健常者同様に会社の利益に貢献してもらえるよう、就労意欲、態度はもとより、高品質の維持、納期の厳守を求める」という。

  障害者であることを配慮するのは別の点だ。指示を出す際には、的確で簡潔な言葉を用い、ていねいなコミュニケーションを心がける。「そうすれば、できる人は障害をもっていても、健常者と変わらない仕事ができるし、彼らも健常者と変わらない仕事を求めていることが分かる」

  竹中理事長も「障害者全員が働けるわけではない。ただ、働ける人には働いて自立してもらうことで、本当に保護が必要な対象者が見えてくる」という。

  支援法は問題点も指摘されているが、障害者の自立を促す環境が整備されつつあるのは間違いないようだ。

=おわり

竹中理事長(奥)と菊田さんの写真

パソコン講習の準備をする竹中理事長(奥)と菊田さん
=神戸市東灘区のプロップ・ステーション




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