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SOHOドメイン(旧 月刊SOHO) 2004年5月号より転載

     
  プロップ・ステーション便り ナミねえの道  
 
 
  第22回――「すべては利用者のため」の政策を有言実行  
 
官僚の立場からチャレンジド、
さらに女性、高齢者の
就労支援へ
 
 
 
     

掲載ページの見出し
坂本由紀子さん(55歳)
前厚生労働省職業能力開発局長

プロップ・ステーション
プロップ・ステーションは、1998年に社会福祉法人として認可され、コンピュータと情報通信を活用してチャレンジド(障害者)の自立と社会参画、特に就労の促進と雇用の創出を目標に活動している。

ホームページ
http://www.prop.or.jp/

竹中ナミ氏
通称“ナミねぇ”。社会福祉法人プロップ・ステーション理事長。重症心身障害児の長女を授かったことから独学で障害児医療・福祉・教育を学ぶ。1991年、プロップ・ステーションを設立した。現在は各行政機関の委員などを歴任する傍ら、各地で講演を行うなどチャレンジドの社会参加と自立を支援する活動を展開している。近著に『ラッキーウーマン 〜マイナスこそプラスの種!』(飛鳥新社)がある。

 ナミねぇが標榜する「チャレンジドを納税者にできる日本」。その強い思いは“日本”へと向けられている。高齢社会を迎えるにあたって、国の旧態依然としたシステムを大転換し、今こそユニバーサルな社会を目指すべき時代なのだ。だれもが支え合い、身の丈にあった働き方のできる国への変革が期待されている。


個人の能力で判断すべきを

 少子高齢化社会の日本では、フルタイムで働くことのできる人口が急速に減りつつある。そもそも日本の働くシステム自体が、若さと時間のある働ける男性を中心としてつくられたものだからだ。
「私が霞ヶ関でお会いした初めての官僚が坂本由紀子さんです。当時、介護の必要のある障害者でも働く対象になるということは旧労働、厚生省の概念にはありませんでした。子育てに追われる女性の立場は介護の必要な障害者と通じるところがあり、同じ女性として就労の課題を共有できたことがラッキーでしたね」(ナミねぇ)

 坂本さんは旧労働省障害者雇用対策課長のとき、障害者雇用が著しく低い企業の社名公表を辞さず、障害者の雇用率を大幅に伸ばした。また、静岡県の副知事時代にはユニバーサルデザインの推進を知事に進言。すべての分野にその考え方を浸透させるため、県の総合的な施策を立案する企画部に、日本初のユニバーサルデザイン室が設置された。
「彼女は優しくてソフトな印象ですが、既存の仕組みではない、新しい試みをその立場で実行した度胸は素晴らしいと思います」(ナミねぇ)

――ナミねぇとの出会いは。

坂本●N障害者雇用対策課長をしていたときに、ナミねぇから思いが込められた手紙をいただき、さっそくお会いしました。パワフルで熱っぽく語るナミねぇに心打たれて、この人たちを応援するのが私たちの仕事だと。それまで接してきた障害者福祉に関わる方々と違って、ナミねぇの新鮮な考え方にカウンターパートとしての力強さを感じ、こうでなくっちゃと思いましたね。

――障害者雇用と女性の社会進出の課題について。

写真:坂本由紀子さん坂本●私が初めて係長になったとき、上司から「今度、部下になるのは車椅子の人だけどいい?」と聞かれたことがありましたが、私は能力さえあれば問題ないとお答えしました。それは、以前、能力が劣っているわけでもないのに、単に女性だからという理由でほとんどの省庁が「女性はいらない」というのに対し、納得できなかった経験を持つからです。「車椅子だけど……」は、それと同じでおかしな話です。実際、彼はとても仕事のできる人で、私の手に余る仕事をてきぱき片づけてくれました。そういう実体験があるので、人は個人の能力で判断すべきであり、企業は障害者に門戸を閉ざさずチャンスを与えるべきだと実感できたわけです。


メリハリのある働き方を

――官僚として感じた壁は。

坂本●東京労働局にいたとき、ハローワークは午後5時に閉めるため、受付は4時などとしていました。でも、利用者のことを考えるとそれは違うと。必要に迫られているのだから、5時まで受け付けて昼休みの時間も開けるように提言したところ、退任後に実現しました。一番いけないのは、役所が自分の都合を優先させ、利用者の視点で考えていないことです。私は、おかしいことはおかしい、やるべきことはやるべきだとはっきりものを言うタイプですから、周囲も大変だったかもしれませんね(笑)。

――静岡県副知事時代について。

坂本●知事にユニバーサルデザインのことを相談すると快諾してくれて、ユニバーサルデザイン室が設立されました。さらに副知事を本部長に推進本部を創設しました。やる気のある職員8人とともに各部署にユニバーサルデザインの考え方を徹底し、地域、産業界の認知度も随分と上がりました。地域の首長の権限は非常に大きく、即断即決で物事が進みます。ナミねぇも首長へ積極的に働きかけていますが、地域が変われば国にも変わらざるを得ないので頑張ってほしいです。

――ITとチャレンジドに期待するところ。

坂本●前職のとき、チャレンジドの能力開発のサポートが手薄だったので、サービスを充実するための来年度の予算要求の中に3倍以上の伸びで盛り込みました。チャレンジドには前向きに受け止めて挑戦してもらい、一方、企業も積極的に受け入れてほしいと思います。また、今まで知的障害者には訓練校に入るためにIQの内部基準がありましたが、意欲、適性で入校できるように一律の基準を廃止しました。ITの飛躍的な進歩でいろいろな働き方が可能になりました。チャレンジドの能力がITをさまざまに発揮できるようになりましたので、企業にはまず彼らの仕事の質を見てもらいたいですね。海外に発注する前に日本の中に意欲をもって働きたい人がいるということを知ってほしいと思います。

 障害者を弱者だと位置づけ、手厚く保護することが福祉ではないとナミねぇは断言する。ITの急速な進歩で働き方が多様化し、国の制度よりも先にチャレンジドはコンピュータを駆使して働き始めている。
「すべてのチャレンジドが働くべきだとは思いません。働く意志がある人に働くチャンスをつくるべきだと言っているんです」(ナミねぇ)

 一昨年の障害者雇用促進法の改正により障害者に対する雇用支援策の拡充が図られたが、コンスタントに働くこと自体が難しい人にとって抜本的な解決策ではない。
「女性の出産育児と同様、無理なときはしゃがんで、力の出せるときには働く。こうしたメリハリのある働き方ができるような社会のシステムに転換しなければ、日本の国はもたない時代が来ているのではないでしょうか」(ナミねぇ)


※ ユニバーサルデザイン 年齢、性別、身体、言語など、人々が持つさまざまな特性や違いを超えて、すべての人に配慮した環境、建物、製品のデザインをしようという考え方。

Column

自律的移動支援
プロジェクト始まる

委員長は、東京大学大学院情報学環・学際情報学府の坂村健教授。
「ユビキタス場所情報システム」のデモンストレーション様子。

社会参画や就労などにあたって必要となる移動経路、交通手段、目的地などの情報について、「いつでも、どこでも、だれでも」アクセスできる環境をつくるための検討会「第1回自律的移動支援プロジェクト推進委員会」(国土交通省)が、3月24日にホテル・ラフォーレ東京で行われた。委員会に先立ち、YRPユビキタス・ネットワーキング研究所(品川区)において視覚障害サポートと一般サポートのデモンストレーションが行われ、場所に情報をくくりつける「ユビキタス場所情報システム」が紹介された。同委員会ではナミねぇでも委員のほか、神戸をモデル地区として実施される社会実験プロジェクトのスーパーアドバイザーを務める。


[プロフィール]
坂本由紀子氏

静岡県三島市生まれ。東京大学法学部を卒業後、1972年に労働省に入省。その後、職業安定局障害者雇用対策課長、婦人局婦人政策課長等を歴任。1996年からは静岡県で女性初の副知事を務めた。1999年に労働大臣官房審議官、そして前職となる厚生労働省職業能力開発局長を歴任し、今年3月に退官した。一男一女の母親でもある。


構成/木戸隆文  撮影/有本真紀・田中康弘
撮影協力/株式会社プロシード
(http://www.proseed.co.jp/)


[チャレンジド] 神から挑戦する使命を与えられた人を示し、近年「ハンディキャップ」に代わる新たな言葉として米国で使われるようになった。


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