自分で食べられることの計り知れない幸福
―― 竹中さん。麩澤さんが食べているのをご覧になっての印象は?
竹中 介助者に食べさせてもらう人は、自分の意思で、自分の食べたいものを、自分のペースで食べるということが、なかなか叶わないですよね。でも、これを使えばできる。「機械に食べさせてもらうんやないか」という人もいるでしょうけど、それは違う。自分が機械を使って自分の思うとおりに食べられる。これは本人にとって、どんなに大きなことだろうと思って、感銘を受けました。
麩澤 大きいですね。私は5年間施設で暮らしました。施設では食事ぐらいしか楽しみがないんですけど、時間が決まっていて、その時間内に食べないといけません。しかも、職員が少なくて、職員1人が3人の食事介助をするようなときもありました。口を開けて順番を待っているのは、精神的にキツかったですね。「マイスプーン」があれば、そんな思いをせず、自分のペースで食べられるんです。
最近は「お酒はOK」の施設もありますけど、その世話を職員に頼むのは気が引けると思います。でも、「マイスプーン」を、トレイにピーナッツでも入れてセットしておいてもらえば、自分のペースで飲めます(笑)。
―― ピーナッツみたいな滑りやすい物も、ちゃんとつかめますか。
石井 大丈夫です。あと、崩れやすい物では、お豆腐も大丈夫です。
竹中 お豆腐は、拝見して驚きました。
開発者と協力者のギャップが埋まるまで
―― セコムが食事支援ロボットに取り組むことになった経緯を聞かせてください。
石井 弊社は日本初のセキュリティ会社としてスタートし、91年から「安心」をキーワードに医療・福祉分野にも業務の幅を広げて取り組むようになりました。そんな中で、私は福祉の分野でまったく新しい機械を作りたいと思い、チャンスをいただきました。10年ほど前のことです。最初は、病院などを訪ねて、身体に不自由のある方々に「どんなロボットが欲しいですか」と聞いてまわりました。
竹中 最初から「ロボット」という発想だったんですか。
石井 現場を歩いてみて、この分野には「もっと新しくて高度な技術」が入ってもいいのではないかと思いました。そういう意味で「ロボット」という言葉を使いました。で、いろいろな要望を寄せていただいたんですが、その中で「これは実現できるかな」と思って選んだのが、食事支援ロボットでした。
麩澤 私は7年ぐらい前に声をかけていただいたんですけれど、最初は「食事を介助するロボット」と言われても、ピンときませんでした。「本当に作れるのかな」と思いましたね。
―― それが、「これなら本当に使えるものになるかな」と思えるまでになったのは、どこまで来たときですか。
麩澤 顎でジョイスティックを操作する、現在の方式を選んだのが、大きな転機でした。これはシンプルで使いやすいです。その前は、レーザーの光を出す装置をメガネにつけて、それでトレイの前のパネルを操作する方式だったんです。
石井 その方法のいいところは、光でキー操作するような方式なので、いろんな命令を出せること。で、その命令に応える機能もつけられる。例えば、刺身に醤油をつけるといった細かい作業も可能になるんです。でも、麩澤さんに聞くと、「操作が面倒くさい」ということで……。
麩澤 それに、「食事をするためにメガネをかけなければならない」というのは、どうも(笑)。私はメガネをかけことがないので、メガネ自体が非常に煩わしかったんです。
石井 私の場合、痒かったら掻いたり外したりできますよね。それはもう、無意識にそうなります。ところが、麩澤君の場合は、それができない。そこに、私は気づかなかったんです。
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麩澤さんは顎でジョイスティックを操作 |
マイスプーンの先にあるスプーンとフォークが、寄せて、はさんで食べ物をつかむ |
口まで運んだら、上にあるフォークが引っ込むので食べやすい状態になる |
不可能をたくさん持つ人ほど、科学技術に貢献する!?
―― 竹中さん。開発の経緯をうかがって、どう思われましたか。
竹中 「この分野にはもっと新しくて高度な技術が入ってもいいのではないか」という問題意識で取り組まれたというお話、うれしく聞きました。
プロップステーションの活動の根本は、「人間が誇りを持って生きるには、社会はどうあればいいか」という問題意識があるんです。では、なぜ「ITを活用した就労」に取り組んでいるかというと、最も優れた技術の貢献がなければ、最も重い障害を持った人が誇りを持って生きる道は拓けない。そう感じて、いま最も優れた技術が生まれる場になっているITに着目したんです。
科学技術は世の中の不可能なことを可能にしてきました。だとしたら、不可能なことをたくさん持っている人ほど、科学技術に貢献する人ですよね。私たちは、科学者や技術者の人たちがそういう視点から科学と人間の問題を見直してくれたとき、すばらしいものが生み出されるのではないかと期待しているんです。
そういう意味で、今日、まさにそういう視点を持ってこのような製品を作られた技術者の方にお目にかかって、うれしく思ったわけです。
石井 重い障害をお持ちでも、「こういうふうに生きたいんだ」という思いを強く出している人にお目にかかると、エンジニアとして「支援したい」という気持ちになります。
竹中 どんなに重度の障害を持った人でも、自分の意思で生きたいと思っています。それを実現する道具を作るのが科学技術の役目、制度を作って応援するのが政府の役目です。
米国の国防総省では、国防のために生まれた最高の技術を、最重度の障害を持った人のために転用しています。しかも、普通に自立させるにとどまらず、政府職員にするんです。その中の最優秀な人間を国防総省の職員にしようと必死に取り組んでいます。
そういうパワーや手法が、残念ながらこれまでの日本にはありませんでした。しかし、今ようやく国の考え方も変わり始めています。私としては今日、最高の技術で最重度の人を支援するという意志で開発された製品が日本にも出てきたことを、ぜひ新しい政策作りを担っている人たちに伝えたいと思いました。
―― 麩澤さん、「何でもわがままを言っていいから」と言われたら、「マイスプーン」にどんな機能を要求しますか。
麩澤 これは腕のような動きをします。だから、食事用にはスプーンをつけますけど、顔を掻いたり、歯磨きしたり、本のページをめくったり、本当の腕のように何でもできるようになってほしいです。
石井 残念ながら今の技術では無理ですが、実は私もそれを目指してやっていきたいと思っているんです。
―― 期待しています。ありがとうございました。
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