ユニバーサルデザイン 2008 AUTUMN 2008年10月10日より転載

リレートーク ユニバーサルデザインの実践者たち

すべての人が持てる力を発揮し1人ひとりが誇りを持って生きていけるユニバーサル社会をつくる

ユニバーサルデザインの実践者によるリレートーク。
今年、3月に社会福祉法人プロップ・ステーションと読売新聞社共催の 「ユニバーサル社会の実現をめざすシンポジウム」で 「ユニバーサル社会基本法」の趣旨が発表された。
第1回目は、ナミねぇこと竹中ナミさんに「ユニバーサル社会基本法」についてうかがった。

Nami Takenaka
竹中ナミ さん
社会福祉法人プロップ・ステーション理事長

竹中ナミの写真

竹中ナミ
だけなかなみ●兵庫県神戸市生まれ。重症心身障害の長女を授かったことから、独学で障がい児医療・福祉・教育を学ぶ。1991年、草の根のグループとしてプロップ・ステーションを発足、1998年厚生大臣認可の社会福祉法人格を取得、理事長に。ICTを駆使してチャレンジド(障がいを持つ人の可能性に着目した、新しい米語)の自立と社会参画、就労の促進を支援する活動を続けている。1995年より毎年チャレンジド・ジャパン・フォーラム(CJF)国際会議を主宰。社会保障国民会議委員、財務省財政制度審議会委員、総務省情報通信審議会委員、内閣府中央障害者施策推進協議会委員、国土交通省「自律移動支援プロジェクト」スーパーバイザー、などを歴任。著書『プロップ・ステーションの挑戦』『ラッキ一ウーマン〜マイナスこそプラスの種』

 

ユニバーサル社会基本法の制定をめざす

 ユニバーサルデザインというとハードを連想しがちですが、デザインという言葉には、本来、制度や哲学まで幅広い意味があります。「共生と共助の社会」という意味で私たちは「ユニバーサル社会」という言葉を使っています。サブタイトルは「日本を元気にする法律」です。地方自治体を含む行政の中に、ユニバーサル社会の考え方が地下水脈のごとく流れて欲しいという願いがあります。厚生労働行政だけが変わったところで私たちの考えは成し遂げられません。すべての省庁や自治体が横断的に取り組まないと達成できないのです。

 私たちは政治家ではありませんが、国民という主権者です。主権者が自ら「こんな社会にしたい」という声をきちんと上げて、そのモデルを自分たちで作り、それを多くの方々に見ていただき、賛同を得て地方自治体や国政に働きかける。それでできた法律で地方自治や国政が執行され、そこにまた足りないことを自分たちて考える。こういう循環こそが国民主権であリ自治なのだと思います。そんな思いから勉強会を始め、2003年には与党内にプロジェクトチームができ、2004年には参議院でユニバーサル社会の実現をめざす決議がされました。

シンポジウムの写真
2008年3月24日プロップ・ステーションと読売新聞東京本社主催による「ユニバーサル社会の実現をめざすシンポジウム」

チャレンジドが誇りを持って生きられる社会

 3月のシンポジウムでは、米国防総省CAP理事長のダイナー・コーエンさんに基調講演をお願いしました。アメリカではペンタゴンが中心となってすべての省庁でチャレンジドの支援に取り組んでいます。

 ダイナーさんに初めてお会いしたのは、旧労働省の委員としてアメリカにテレワークの視察に行った時でした。国防総省で働くチャレンジドのテレワークに関する講演で、情報通信はチャレンシドの力を引き出すことがてき、重度の障がいを持つ人の力を引き出すには、最高の科学技術が必要だと。「すべての国民が誇りを持って生きて行けることが国防の一歩」というダイナーさんの言葉に共感を覚えました。

 アメリカでできることが日本でできないはずはない。日本人には情がありますから、もっと上手にできるはずです。ところが日本の福祉は、その情が災いして「かわいそう」から始まる上下関係になっています。そうではなく「できることがある」という目線でお互いが付き合うと、プラスの関係になるのです。そうすれば、今までになかった福祉が実現することでしよう。

 私たちが障がいのある人のことをチャレンジドと呼び「何かしてあげよう」ではなく、その人たちの力を引き出そうと考えるのは、日本という国を彼ら自身で誇りを取り戻せるような国にしたいからです。人間は誇りを持たなければ明るく生きて行くことはできません。

ダイナー・コーエンさんの写真
米国防総省CAP理事長のダイナー・コーエンさんによる基調講演

一億総不良化で1人ひとりが生き生きと

  私自身は「ワル」の走りで、重症心身障がいの娘を授かったおかげで更正したようなもので、未だに娘には頭が上がりません(笑)。当時を振り返ると、世の中のレールに乗ることに抵抗していたのです。幸いなことに娘を授かったことで、人間として解放されたところがあります。娘と一緒に道を外れられるというか、一緒に堂々と歩ける道を新たに創れたからでしよう。だから、私は「一億総不良化」を狙っていて、講演の度に「私の話を聴いたら、不良になって帰ってください」とお話ししているんです(笑)。精神的にしんどいのは、既存の価値観や慣習を守らなければならないと思い込んでいるから。今は、周りからの圧力がすごく強いような気がします。

 本来は親が良い意昧での外れ方、肚のくくリ方を教えなくてはならないのに、それができない。加えて今の子どもは生まれた時から消費者です。与えられて消費することから出発する。子どもは、世の中にあふれている商品のターゲットとしか見られていません。社会の根っこのところで起きているこの変化は大きいと思います。消費者は自分が何かを生み出す知恵を求められることがなく、ノウハウを身に付ければ済む場合が多いからです。だから何か起きた時に自分の判断て選択し、身を守ることができにくくなるのです。

 ICTや携帯が悪用されるとすぐ道具が悪者扱いされますが、そういう道具を使うことでチャレンジドの人たちが誇りを取り戻していくプロセスを、ぜひ子どもたちに知ってもらいたいですね。

プロップ・ステーションの写真
六甲アイランドの神戸ファッションマートにあるプロップ・ステーション。2008年10月からは、東京でも「就労支援ICTセミナー」が開講される

超一流のプロとのタッグでチャレンジドを創造的なステージに

 ICTは便利な道具であり、それを使って自分が何をしたいかが重要です。ICTを便えばプログラムにとどまらず、デザインや文章など、自分の世界が広がり、自己実現ができます。目標はあくまでも誇りを持って生きることです。

 プロップ・ステーションの活動はICTだけてはありません。「神戸スウィーツコンソーシアム」は、チャレンジドが超一流パティシエからお菓子作りの技術を学び、チャリティで買っていただくお菓子ではなく、顧客満足に応えられるおいしいお菓子を作るプロジェクトです。日清製粉さんや著名なパティシエなどたくさんの方にご協力いただいています。

 また通販大手企業のフェリシモさんと連携している「チャレンジド・クリエイティブ・プロジェクト」は、フェリシモさんのマーケティングやデザインのノウハウをお借りして、作業所で作られるものを全部見直し、商品にまで高めようというプロジェクトです。

 これらに共通することはプロとのタッグです。今までチャレンジドの世界は、心やさしい福祉のプロに囲まれて来たがゆえに「あなた方はお世話される人」ということで、その子の能力にフタがされてきました。でもお世話される側に、お世話する人以上の力が眠っているかもしれないでしょう。それを一切見ないというのが日本の福祉の世界でした。

 その子の中に眠っているものの中で「何かになれる」というのを見つける目を持つ人がいて、結果を出せるまでのプロセスをちゃんと福祉業界の中に持ち込む。そうでない限り、チャレンジドを創造的なステージに乗せることはできません。

与党ユニバーサル社会プロジェクト・チームの写真
与党ユニバーサル社会プロジェクト・チーム(PT)。座長は野田聖子衆議院議員、副座長は浜四津敏子参議院議員

チャレンシド・ジャパン・フォーラムの写真
第11回チャレンシド・ジャパン・フォーラム(CJF)2006国際会議inTOKYO

100の言葉を並べるよりひとつのモデルを!

 マイクロソフトでICTのアクセシビリティに取り組んでいる全盲の細田和也くんがまだ学生の頃、自分でプログラミングしたコンピュータを使ってみせたところ、CRT(ディスプレイ)がなくてもすごい早さて音声を読み上げているものだから、周囲の人には何が起きているのかわからなくて。和也くんは「見える人は、不便だね」と笑ってCRTを取り出して接続してくれ、やっと理解できたということがありました。

 見える人は、見えない人が違う能力を持っていることを知リません。見えることが正しくて、見えないのはかわいそうくらいにしか思っていませんからね。ところが、実は見えない人たちからすると、見える人たちは視覚という限られたもので縛られているに過ぎないのです。もし世の中の大半の人が見えない社会なら、交通事故が起きない移動手段が発達したでしよう。技術開発に見えない人が参加することで可能になることがたくさんあります。一見マイナスのハンディに見えることの中には、未来の技術やビジネスにとって最高の種があるのです。その種を無視していることでビジネスチャンスを逃している。だから、彼らから上手に学び取ることが必要なのです。

 プロップ・ステーションでは、みんなが違う感覚でいろんなコンピュータの使い方をします。自閉症のお子さんがインターネットを使って好きな音楽のリストを作成し、それを見た親御さんはすごく驚かれる。まず親が意識を変えることで周リも変わり、本人も誇りを持てるようになるのです。

 人間はなかなか変われません。でも目の前にモデルがあれば「あ、そうか」と思えるのです。それまで本人も親も「何もできない」と思っていたのが、自分と同じような状態の人がやりたいことをやっている姿を見た瞬間に勇気が湧くのです。 1人のモデルの後ろに100人、1000人の方がいるのですから、IOOの言葉を並べるより、ひとつの事例を生み出すことが重要です。プロップはこれからも「ユニバーサル社会」のモデルを生み出すプロジェクトとして頑張っていきたいと思います。

チャレンジド・クリエイティブ・プロジェクトの写真
通販大手企業のフェリシモと連携している「チャレンジド・クリエイティブ・プロジェクト」

ハ木淳司さんの写真
「神戸スウィーツコンソーシアム」。講師はモロゾフ株式会社テクニカル・ディレ クターハ木淳司(オ一ストリア政府公認マイスター)さん

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