NEW MEDIA 6月号より転載

すべての人が誇りを持って生きられる社会へ

「ユニバーサル社会基本法の制定を目指す」シンポジウム開催

去る3月24日、「ユニバーサル社会の実現をめざすシンポジウム」が、都内のホテルで開催された。
主催は、同社会の提唱者・竹中ナミ理事長率いる社会福祉法人プロップ・ステーションと読売新聞東京本社。
国において「ユニバーサル社会基本法」制定の機運が高まってきた中、各界に理解と支援を訴えるのが目的。
会場には、政・財・官・NPOの指導者層や障害当事者など多数が詰め掛けた。

レポート:中和正彦 Nakawa Masahiko
ジャーナリスト

ダイナー・コーエンさんの写真

米国防総省ダイナー・コーエン電子調整プログラム(CAP)理事長が基調講演

「国を前進させたいなら、障害を負った途端に有効に生かせなくなる社会にしてはいけない」


「チャレンジドが活躍できる日本づくりを目指す」と福田康夫首相がビデオ祝辞

 

米国防総省の取り組みとADAが日本の刺激に

 ユニバーサル社会とは、「年齢・性別・障害の有無などにかかわりなく、すべての人が持てる力を発揮し支え合う、共生・共助社会」。その実現のための基本法を作ろうという動きの背景を紹介しておこう。

 この動きはプロップ・ステーション(1991年設立)の活動に端を発する。
ITが障害のある人の可能性を実現する強力なツールになることにいち早く着目。彼らを「チャレンジド」(挑戦すべき課題を与えられた人の意)と呼んで就労の支援をする一方、その意欲と能力を生かせていない社会の変革を唱えてきた。キャッチフレーズは「チャレンジドを納税者にできる日本」。

 その活動の過程で、代表の竹中さんは米国で参加したセミナーで一人の女性と出会った。国防総省から来たその女性は、同省では最先端の技術を活用して最重度のチャレンジドが働けるよう支援していると語った。「なぜ国防総省が」と問うと、彼女はこう答えた。

 「すべての国民が誇りをもって生きられるようにするのが、国防の第一歩でしょう」。

 この女性が、今回のシンポジウムで基調講演者として招かれたダイナー・コーエン米国防総省電子調整プログラム(CAP)理事長だ。彼女の言葉に強い衝撃と共感を覚えた竹中さんは、その後、障害のある人の就労にとどまらない「ユニバーサル社会」の実現を最終目標として掲げるようになった。

 2002年、その上張に共感した野田聖子自民党衆議院議員ら与党の女性議員が勉強会を開始。 2003年には与党のプロジェクトチームとなって、法制化を目指す動きが始まった。

 実は、1990年設立のCAPの活動には、大きな法的背景があった。同年制定の「障害のあるアメリカ人法」(ADA)だ。この法律は、障害のある人に対するあらゆる差別を包括的に禁じるもので、人種差別撤廃を明確化した公民権法(1964年制定)以来の重要な人権法ともいわれている。

 現在、与党プロジェクトの代表を務める浜四津敏子公明党参議院議員は、弁護士時代から同法に関心を寄せ、国会議員として“日本版ADA”の実現を模索してきた人だ。そして現在、「ユニバーサル社会基本法」制定を目指す動きに関心を寄せる政治家は、党派を越えて広がっている。そこに「未曾有の少子高齢社会を誰がどう支えていくのか」という難題解決への理念があるからだ。

 今回の催しには、福田康夫首相がビデオ録画の形ながら祝辞を寄せ、会場には太田昭宏公明党代表や鳩山由紀夫民主党幹事長が挨拶に訪れた。政府との対決色を鮮明にする民主見だが、鳩山幹事長は「ユニバーサル社会基本法」制定については「考え方は同感でありますだけに、大いに協力申し上げたい」と述べた。

シーファー駐日米国大使 「正しいことだからやる」

 コーエンCAP理事長の基調講演に先立ち、米国からも来賓挨拶があった。訪れたのはジョン・シーフアー駐日大使。大使は民間人時代、メジャーリーグ「テキサス・レンジャーズ」の本拠地、レンジャーズ・ボールパーク・イン・ァーリントン(90年建設合意、94年オープン)の建設で主導的役割を果たした。今回の挨拶では、制定後間もないADAに沿って同球場を建設したときの体験披露し、チャレンジドが参画できる社会をつくる意味を語った。その要旨は、次の通り。

 ADA制定後、新しい施設を造るときは同法に基づいたガイドラインを満たすことが必要になった。そこで、新しい球場を建設する際、いろいろな角度から障害のある人にも来場してもらえる球場づくりを目指した。その一つは、車いす使用者への配慮。車いすで来場する人の多くは、一人で来たり車いす使用者だけで来たりするわけではないはず。そこで、車いす使用者だけのスペースは設けず、車いすを使わない人と一緒に観戦できる席を設けた。球場完成後、車いす使用者を招いて出来栄えを見てもらうと、泣いている人がいた。ひどいところがあったのかと思って声をかけると、「これからは皆と一緒に野球を楽しめることがわかってうれしくて」とのことだった。

 そしてオープン後、多くの車いす使用者が来場するようになった。彼らは他の観客と同様にチケットを買い、お菓子を買い、コミュニティの一員として野球を楽しんでいる。これは、すなわちビジネスとしても理にかなっているということだ。重要なのは「人として正しいことだからやる」という姿勢。それがビジネスにもなる。社会全体も同じ。あらゆる人が参加できるようにすることが、より良い社会をつくることになる。

 

写真

来賓挨拶したジョン・シーファー駐日大使を囲み、鳩山由紀夫民主党幹事長(写真左端)、太田昭宏公明党代表(写真右端)、基調講演のダイナー・コーエン国防総省電子調整プログラム理事長(右から2人目)、竹中ナミ社会福祉法人プロップ・ステーション理事長

 

コーエンCAP理事長 「これはマネジメントの問題」

 コーエン理事長は、大きな身振りを交えた力強いプレゼンテーションからは人並み以上に元気な女性としか見えない。しかし、実は彼女白身、内部疾患を持つチャレンジドで、生まれた当初は20歳まで生きられないといわれていたという。今回の基調講演の要旨は次の通り。

 CAPは軍を含めた国防総省内のプログラムとしてスタートしたが、その成果が認められて、クリントン政権下で他の政府機関職員に対する支援も任された。私たちは、情報を中心とした環境への平等なアクセスを保障して、障害のある人も政府機関で雇用機会を得られるようにしている。このような取り組みが、国防総省で生まれたことには、理由がある。一つは、最先端の技術を持つこと。もう一つは、古くから戦場で傷ついた軍人の社会復帰というテーマでチャレンジドの就労支援にかかわってきたことだ。私たちの技術センターでは、いろいろな支援技術を見せて、使い方や導入のメリットを説明している。個々の職場の管理職は、最初は障害のある人がどうしたら自分の職場で働けるのかわからない。しかし、私たちのセンターに来て実際に技術に触れて説明を受けると、「そんなシンプルなことでよかったのか」と思う。「だったらあの人だって雇える」と思う。私たちは現在までに6万1,000件を超える支援を行ってきた。その多くは、軍人を含めて職に就いてから障害を負った人だった。

 しかし、障害のある大学生を雇用するプログラムも積極的に進めている。連邦政府で障害のある学生を毎年350人ほど雇用する内の250人ほどを国防総省が雇っている。私たちは優秀な学生を雇う。それが、障害のある人にマイナスイメージを持っていた管理職の態度も変える。私たちが雇う学生は、問題解決に長けている。世の中は、まだ障害のある人のことを前提につくられていない。だから、彼らはいろいろな代替策を考えなければならず、一般の人とは違うものの見方ができる。そういう若くて元気いっぱいの若者を招き入れることによって、私たちも世の中を変えていけると思っている。

 私たちは今、「就労人口の高齢化」という課題にも直面している。リーダーとして成功し続けたいなら、国を前進させたいなら、能力ある人たちを、障害を負った途端に有効に生かせなくなる社会にしてはいけない。支援や調整のやり方さえわかれば、障害を待った後でも能力を発揮しつづけてもらえるのだから、これは障害の問題ではなくマネジメントの問題だ。私たちは、初対面の人に会ったら自己紹介をする。そのとき、お互い、どういう仕事をしているのかを聞く。仕事は、私たちの社会において白分か何たる者かを示すものだ。社会のリーダーである皆さんは、チャレンジドに就労の機会を与えなければいけない。ユニバーサル社会をつくる原動力になってほしい。できるはずだと申し上げたい。

 

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熱心に耳を傾ける主催者の読売新聞東京本社の老川祥―代表取締役社長

 

石破防衛大臣 「実利も考えておかねば」など

 この基調講演を受けてパネルディスカッションが行われた。パネリストの発言の一端を紹介しよう。

石破 茂防衛大臣(自民党バリアフリー議連の会長も務める)

 「国防総省という、国防を担う官庁において、国民一人ひとりが誇りを持って生きるということの実現が、真っ先に取り上げられていることに合衆国のすごさを感じる」。「(ユニバーサル社会実現のためには)実利とはいったい何であろうか?という議論もしておかねばならない」。「国防総省は何をやってきたのか、検証したい]。

大平光代弁護士(ベストセラー『だから、あなたも生きぬいて』の著者で、ダウン症の子を持つ母でもある)

 「いらない命なんてないんだよと、娘を通して世の中に訴えたい」。「障害というのは、ハンディのある人たちを障害者と決めつける心のほうにあると思う]。「文部科学省には、頭の柔らかい子どもたちに、いろいろな人がいるけれど皆同じ人間ということがわかる教育をしていただきたい」。

浜四津敏子参議院議員(与党ユニバーサル社会プロジェクトリーダー)

 「(スウェーデン人の話を聞いて)障害を持って生まれることが不幸なのではなくて、生まれた国によって幸・不幸が決まると思った。どんなハンディがあっても、本当にこの日本に生まれて良かった、ハンディを持って人の痛みがわかるという深みを持てて良かったと言えるような国にしたい」。

紀陸 孝日本経団連専務理事

 「これから労働力の供給が減っていくので、女性や高齢者もひっくるめて全員参加型の社会であるべきだ、という考え方が私たちの基本」。「(働き方のニーズが多様になるので)さまざまな働き方を設けて雇用の枠を広げていく。ワークライフバランスの実現が必要」。

 最後は、宣言文「ユニバーサル社会基本法の制定に向けて―元気な日本を創ろう―」が、竹中プロップ・ステーション理事長によって読み上げられ、賛同の拍手で幕を閉じた、民主党幹事長も協力の意向を示した法案の成立は遠くなさそうだ。その中身の議論に注目したい。

 

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パネルディスカッションのメンバー。(写真右から)紀隆 孝日本経団連専務理事、娘さんを抱く大平光代弁護士、与党ユニバーサル社会プロジェクトリーダーの浜四津敏子参議院議員、石破 茂防衛大臣、コーエン理事長、竹中理事長

 

宣言文

「ユニバーサル社会基本法の制定に向けて
一元気な日本を創ろう−」

 今、「日本の将来が心配だ」「今の日本人は元気がない」、そんなふうに感じている人が多いのではないでしょうか。格差問題や少子化問題、ストレスフルな職場、家族や地域の絆の弱体化など今の日本は問題が山積しています。さまざまな国際ランキングでも日本の地位が低下しています。

 日本が元気になるためには地域や職場が元気になることが必要です。地域や職場が元気になるためには、それを構成する一人一人が元気になることが必要です。

 人が元気になるためには、自信と誇りを持って暮らすことが必要です。年齢、性別、障害の有無などにかかわりなく、だれもがその個性や能力を社会で認められ、その個性や能力を生かして生き生きと暮らすことができることが重要です。また、その異なる個性や能力を持つ者が互いに助け合い共に力を合わせることで誰もが暮らしやすく、またしなやかで強い地域や職場を作り出すことが可能となります。

 こうした課題にかかわるわが国の法制としては、男女、障害、高齢など各分野ごとの基本法がありますが、トータルな法制はありません。すべての人が多様な個性や能力を生かし、相互に理解し合い、共に助け合い、だれもが住みよく暮らしやすい真の意味で強くやさしい社会を我々は「ユニバーサル社会」と呼びたいと思います。わが国の少子高齢化は今後ますます加速することが見込まれています。「ユニバーサル社会」の形成を加速し、すべての人が生き生きと力を発揮できる環境を整えることはわが国の喫緊の課題です。

 人は、だれもが年をとります。障害を持つ可能性、心を病む可能性を持っています。この問題は、すべての人にとって「他人事」ではなく、今の自分、将来の自分、そして自分の子どもたちの住みやすい社会づくりの問題なのです。

 以上のことから、次のことを目指して、その推進力となる「ユニバーサル社会基本法」を早急に制定することを提案します。

○国民一人ひとりが、その個性や能力を生かして活躍できる環境を整備することにより個人を元気にしよう

○個性や能力の違う個人が互いに助け合うことにより生きやすい、暮らしやすい環境を生み出し、地域や職場を元気にしよう

○個人と地域や職場が元気になることにより日本を元気にしよう

社会福祉法人ブロッブ・ステーション理事長 竹中ナミ
ユニバーサル社会基本法起草委員会

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