NEW MEDIA 1月号より転載

創刊25周年記念 対談インタビュー

「ほとんど」から「すべて」へ発想の大転換

−字幕放送はビジネスチャンスになる−

増田寛也氏の写真

総務大臣
増田寛也氏   Masuda Hiroya
総務大臣 内閣府特命担当大臣(地方分権改革)、地方再生担当、道州制担当、郵政民営化担当
「ICTの「C」に注目した政策づくりが重要だと確信している」
昭和26年     東京都生まれ
昭和52年3月    東京大学法学部卒業
昭和52年4月    建設省入省
昭和57年3月    千葉県警察本部交通部交通指導課長
昭和61年4月    茨城県企画部鉄道交通課長
平成 5年7月    建設省河川局河川総務課企画官
平成 6年7月    建設省建設経済局建設業課紛争調整官
平成 7年4月    岩手県知事(〜平成19年4月)
平成18年4月    郵政民営化委員会委員
平成18年7月    官民競争入札等監理委員会委員
平成19年4月    地方分権改革推進委員会委員長代理
平成19年8月    総務大臣

竹中ナミさんの写真

情報通信審議会委員
竹中ナミさん   Takenaka Nami
情報通信審議会委員
社会福祉法人プロップ・ステーション理事長
「地デジの字幕放送は、福祉の考えからビジネス発想へ転換することが必要」
1948年神戸市生まれ。重症心身障害の長女(現在34歳)を授かったことから、独学で障害児医療・福祉・教育を学ぶ。
1991年、草の根のグループとしてプロップ・ステーションを発足、1998年厚生大臣認可の社会福祉法人格を取得、理事長に。ICTを駆使してチャレンジド(障害を持つ人の可能性に着目した、新しい米語)の自立と社会参画、とりわけ就労の促進を支援する活動を続けている。「チャレンジドを納税者にできる日本」をスローガンに、1995年より毎年チャレンジド・ジャパン・フォーラム国際会議(CJF)を主宰。
財務省財政制度審議会委員、総務省情報通信審議会委員、内閣府中央障害者施策推進協議会委員、国土交通省「自律移動支援プロジェクト」スーパーバイザーなどを歴任。著書「プロップ・ステーションの挑戦」(筑摩書房)、「ラッキーウーマン〜マイナスこそプラスの種」(飛鳥新社)

 

地方自治の経験と実績から入閣した総務大臣の増田寛也氏に、疲弊する地方からの期待が強い。多忙を極める増田大臣を、知事時代から知り合う情報通信審議会委員である社会福祉法人プロップ・ステーション理事長の竹中ナミさんが大臣室に訪ね、地方とICTの活用、地上デジタル放送の普及課題などを対談した。
(構成:吉山千恵子・本誌編集部、写真:石曽根理倫)

 

「限界集落」問題は一部の地方だけでなくなる

竹中ナミ・情報通信審議会委員 総務大臣就任おめでとうございます。「物言う」知事の経験がある増田大臣に、これからの日本と地方にデザインするという大変重要な役割が託されました。大臣という職の重さはいかがですか。

増田寛也総務大臣 総務省は行政管理、地方行政、情報通信行政と幅広い業務運営を担っています。知事のときは教育、福祉などすべての分野を広く見ていたのですが、総務大臣では関係する業務の一つひとつに関わっていくという奥の深さがあります。
 大臣に就任して心がけていることは、できるだけ地方に出て行き、国民の皆さんと直接話し、本当の声を聞くということです。これは知事の時に、国に対してもっと地方の実状を知ってもらいたい、見てほしいと思うことが多くありましたので、今度は大臣という立場で、その考えを生かしたいからです。

竹中 私はプロップ・ステーションを立ち上げ、弱者といわれるチャレンジド(障害者)がICT(Information and Communication Technology)の技術を身に付け、使いこなすことで納税者となり、社会を支える一員になることを目指して活動を続けています。ICTのすごさを痛感していますが、地方が疲弊している現在、地方を弱者と例えるなら相通じると思うのです。ICTを地方の問題に生かすことをどうお考えですか。

増田大臣 65歳以上の高齢者が人口の50%以上となり、共同体としての維持が難しい限界集落の問題も、今後は一部の地方だけでなくなる可能性があります。ICTを活用することで生活がより豊かにできるという効用は、山間僻地ほど期待が大きいと考えています。

 

ビジネスだけではない生活者の心に触れるICTへ

増田大臣 これまでの日本の経済活動は集積の利益を追求していたために、都市部の人だけに利便性がもたらされていたと考えています。少子高齢というように社会構造が変わってきた今、これまでのやり方だけでは難しい。否応なく手法を変えることに迫られており、ICTを積極的に生かすことにつながるのではないでしょうか。

竹中 私も同じ考えです。例えば、居ながらにしてショッピングができる仕組みによって、多くの商品から欲しいものを選び、手元まで届けてもらえる。遠くまで足を運ぶ必要も、重いものを運ぶ苦労もしなくて済みます。高齢者にとってはうれしいサービスではないでしょうか。また、点在する高齢者をつなぐツールにもなります。

増田大臣 確かに、冷たい現象が起こっている一方で、痒いところまで手が届くようなICT技術のツールが発展してきています。あとは使い方を工夫することではないでしょうか。

竹中 しかも、これからの高齢者は何らかのICTの経験を若い時にしている人たちですから、活用能力も高いということがあります。

増田大臣 現在の高齢者はICT経験のない方がほとんどでしたから、使いこなすには苦労されたと思います。これからは竹中さんがおっしゃるように、ICT経験のある高齢者が多くなるわけで、10年後、20年後は違ってくるでしょう。

竹中 プロップ・ステーションでは高齢のICTボランティアが増えています。その背景には、60代、70代の方にとってICTの利用が関心事になってきていることがあります。高齢だから、過疎地だからICTを使えないのではなく、その人たちにとって使いやすいICTを届けることが重要なんです。そうなれば元気を注入できます。
  ICTの「C」はCommnicationのCです。つながる道具なんです。情報は情けを報(知)らせると書きます。ICTは情け=心を知らせるためにつながるツールなんです。ビジネスとしての役割もあります。そういう部分=情けに特化していくような国になってほしいと願っているんです。

増田大臣 ビジネスだけではない、生活者の心に触れるものがあるということは重要です。地方がもっと自立できるためには、竹中さんのおっしゃるICTの「C」に注目した政策づくりだと、私も確信しているところです。

竹中 大臣が岩手県知事の時代に力をお借りして、岩手県で「チャレンジド・ジャパン・フォーラム」を開催しました。このフォーラムはアメリカの「最重度の障害者が社会で活躍するには、最高の科学技術が必要である」という考えに刺激を受けています。
  アメリカのICTの取り組み方と日本では大きな違いがあるんです。アメリカでは、「すべての人が使えなければならない」という基本があります。例えば、文書は公共、民間に問わずオンライン化が義務づけられています。そうすることで障害者のみならず、例えば就労している人が遠隔地からでも大学の授業を受けることができるというチャンスが広がるのです。日本は「障害者のために」というように「ために」という発想です。こう考えた瞬間から、福祉問題に限定されてしまうわけです。

増田大臣 ストラクチャー(構造)そのものの在り方として重要な考え方です。

 

福祉としての字幕放送をビジネスチャンスでとらえ直す

竹中 情通審で地上デジタル放送の字幕放送について発言しています。増田大臣は字幕放送の制作現場をご覧になられたことはありますか。

増田大臣 NHK技研を訪問した時、生字幕の制作システムを見せてもらいました。音声認識装置などを使うもので、リアルタイム字幕を放送する大変さを感じました。竹中さんは字幕制作の現場を訪問されたのですか。

竹中 NHKや民放、制作プロダクションなどの字幕現場を見学させてもらいました。地デジ対応受信機があれば、字幕ボタンをONするだけで「字幕」が表示できる仕組みになったわけですが、これはスゴイことだと思っています。

増田大臣 地デジについては知事時代に勉強しました。その一つに「人にやさしい放送」というコンセプトがありましたが、字幕がすべての地デジ対応受信機で表示できるように進化してきたわけでしょう。

竹中 私はこのサービスに期待しています。アメリカではスポーツバーのような喧騒の中でテレビを見るときに使われています。音声が聞こえないからです。また、音が出せない病院などの待合いスペースという公共的な場所でも活用されています。日本の特徴であるワンセグを、通勤電車内で見ている人がいます。字幕を表示しているのもそういうことからです。

増田大臣 アナログ時代の字幕放送は、聴覚障害者のためのサービスでした。それが地デジでは、「人にやさしい放送」としてすべての人が利用できることになり、非常に重要な変化です。

竹中 実は、放送時間の約2割を占めているCMに字幕が付けられていないという問題があります。これは業界の取り決めで「CMでは字幕データを扱えません」となっているわけで、おかしいと思うんです。CMを通した商品の最新情報が届かない人たちがいるということは、企業にとっては大きなマイナスのはずです。また、民放局も字幕放送を聴覚障害者のためという福祉的な発想にとらわれてしまい、字幕放送はビジネスにならないと決めつけているからではないでしょうか。

増田大臣 ビジネスにつながるという考えで字幕放送をとらえていくことは大事です。つまり、ビジネスとして展開できることにより、コスト負担も投資となり、永続したサービスになるわけで、認識を新たにすると劇的に変わるでしょう。

竹中 それを実現させるには制度の改革も必要なんです。日本でいう「公共」とは「ほとんど」であり、アメリカの優れたところは「すべて」であることです。この差が活力の違いです。字幕放送は、増田大臣が指摘されたようにビジネスのチャンスでもあるんです。これまでの弱者対策としてのとらえ方から、すべての人の利便性という発想に変えた瞬間からビジネスとしてのチャンスが生まれてくると思います。

増田大臣 「すべての文書をオンライン化せよ」というのと、「可能な限りオンライン化せよ」というのでは、まったくといっていいほど違います。ICTを社会の基本構造とし、「すべて」に基づく発想をする。大事な視点だと思います。完全に地デジへ移行する2011年7月に向けて、この考えを生かして進めていかなければいけません。
  総務省は社会規範を変えることに関わっている役所です。それだけに慎重に、かつ世の中を進めていくために積極的に動くことも必要でしょう。そして、企業の皆さんはきちんとした社会規範の下にビジネスを進めていくべきです。日本は最先端技術を持っています、あるいは持てる力のある国です。その優れた力を国内だけにとどめず、もっと外へ出て行ってもらいたいと強く考えています。
  情報とは情けを知らせるものだと言われましたが、それは万国共通だと思います。日本の技術を使って「情報」を伝えることができたら素晴らしいことです。30年、40年前の企業戦士が海外で活躍した時代とは異なったパートナーシップが必要なのかもしれません。

竹中 ICTのネガティブな問題はたくさん出てきていますが、要はICTを使う人間の知恵が足りないからでしょう。増田大臣、大変な役割ですが、大いに期待しています。本日はお忙しいところありがとうございました。

増田寛也氏と竹中ナミさんの写真

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