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ONE HOUR 2007年2月号より転載

 

Book Shelf

 
 

夏目房之介の書棚  第二十三冊
『ラッキーウーマン』

 
 

 

 

Book Shelf
夏目房之介の書棚
ラッキーウーマンの表紙

第二十三冊

『ラッキーウーマン』

著者/竹中ナミ
出版社/飛鳥新社
価格/1,365円(税込)

の本を、できるだけ多くの人に読んでほしいと思う。いや、マジで。

  そもそも僕がふだん読むような本ではない。以前雑誌で著者に取材したとき読んだのだ。面白かった。それも、ベラボーに面白くってタメになった。

  ご本人も破格。陽性の関西ノリで、取材は彼女の人生漫談を聴くような楽しさ。重度脳障害の娘をもつ彼女は、しかし人生を存分に楽しんでいて、それが伝わってくる。話しているうちに、この人なら世の中を変えられるっていうポジティブな気分になる。

  やがて話は「チャレンジド」(障害者を著者はこう呼ぶ)や高齢者を含む社会的弱者が社会参加して納税者になれる国家社会像へとたどりつく。が、語り口はあくまで関西ノリのわかりやすいリズム。

  者は、この本で自分の人生を語ることから始める。登場する人物の描写は生き生きしている。中学で不良になって家出。神戸で偶然会ったヤクザに世話を頼む。住み込んだ先の姐さんの気っぷ。家に戻されて再度頼みこんだときのヤクザの「もう二度とこっちの世界に来たらあかん!」という言葉。

  女優、漫才師、マンガ家、水商売を目指し、どれも中途半端のまま15歳で同棲。高校中退で結婚。22歳で母となり、その2年後に生んだ娘は重度脳障害だった。ここから著者の破天荒な苦闘と活躍が始まる。一方で悲惨で、片方で痛快な人生講談。まるで古今亭志ん生の自伝語りだ。

  パート、ボランティア、離婚、コンピュータを活用した障害者の自立支援組織プロップ・ステーションの社会福祉法人化……。やがて著者はビル・ゲイツ、成毛真に会い、ペンタゴンに乗り込み、野田聖子らと法案作りに向かう。波乱万丈とはこのことだ。

  国家社会像を描き実現する過程を、僕などはどうしても難度の高い言葉で考えようとし、実現困難な条件を数え上げるほうが先になる。また経済的な基礎がないと現実性がないという壁で立ちすくむ。

  も、この著者が過ごしてきたような人生が、そのまま国家像になることだって、あるんじゃないか。何よりも人が自分を支えるのは、最終的には社会に自分がいかにつながり、役立っているかどうかによってだ。それは「高齢化した自分」が身近になるにつれて切実に感じる問題なのだ。だから彼女のビジョンは基本的に正しい。

  こういうことは陽性な活力に支えられたシンプルさが必要なのかもしれない。彼女の本を読むと、とにかくあきらめずに明るく進んでゆくと、お金も人材も協力も、それなりについてくるかのようだ。

  この本をどう判断するかは、もちろん読んだ人の自由である。僕個人はこの著者のような陽気さもパワーももたないが、力づけられる本であることはたしかだ。

 


夏目房之介の写真

夏目房之介(なつめふさのすけ)

マンガ家、コラムニスト。出版社勤務を経て、マンガ、イラストレーション、マンガ評論、エッセイなど多方面で活躍している。1999年に手塚治虫文化賞特別賞を受賞。著書に「漱石の孫」(実業之日本社)、「マンガの深読み、大人読み」(イーストプレス)、「手塚治虫はどこにいる」(筑摩書房)などがある。
http://www.ringolab.com/note/natsume2/




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