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NEW MEDIA 2003年11月号より転載

     
 
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「第9回チャレンジド・ジャパン・フォーラム2003
国際会議inちば」報告

千葉からユニバーサルの風を!

 
     

「第9回チャレンジド・ジャパン・フォーラム(CJF)2003国際会議inちば」が8月21〜22日、千葉県の幕張メッセ国際会議場で開催された。
「千葉からユニバーサルの風を」というキャッチフレーズは、すべての人々が持てる力を発揮して支え合う「ユニバーサル社会」形成の動きを、千葉から盛り上げていくという意気込みを込めたもの。
 目指す「ユニバーサル社会」には何が必要なのかをめぐって、さまざまな実践報告や提案が展開された。
(報告:中和正彦=ジャーナリスト、写真:村川 勉)


集合写真と会場の写真
フォーラムでは、国内外から50人を超えるスピーカーが登壇し、2日間で1,200人を超える聴衆にメッセージを送った

 


大所高所から、現場から
それぞれに充実の内容


 「障害がなければ気づかないことがたくさんあります。そうであれば、障害のある人でなければできないことも、たくさんあるはずです。チャレンジド(挑戦すべき課題を与えられた人々)とは、いわゆる障害者だけではありません。神様でもない限り、人はみんな障害を持ち、年とともに障害は増えます。それが健常な人間。そこから出発して、さまざまな人たちが強みを生かして弱みを支え合う輪を大きく育てていきたい」

 実行委員長の秋山岩生さんは、堂本暁子・千葉県知事の歓迎の挨拶に続いて壇上に立ち、そう力強く聴衆に訴えかけた。

 15年前に脳内出血で倒れ、後遺障害のために再び仕事を得るのに苦労した末、CJFを主宰する竹中ナミ・社会福祉法人プロップステーション理事長の活動に出会った。「チャレンジドを納税者にできる日本」という理念に共感し、自ら南房総で「ふぁっとえばー」という会を立ち上げて、チャレンジドの仕事の開拓に取り組んできた。

 今回のプログラムには、前回までにも増して強力な企画が並んだ。スウェーデンと米国からゲスト講師を迎えての先進事例の紹介。ADA(障害者差別を包括的に禁じた米国の法律)の日本版制定を目指す与党プロジェクトを立ち上げた野田聖子・浜四津敏子両国会議員と堂本知事らのセッション。ビル・ゲイツ氏と野田議員の対談(ビデオ収録)。堂本知事ら5県1政令市の首長が顔をそろえてのシンポジウムなどだ。

 しかし、こうした錚々たる顔ぶれの大所高所からの発言の一方で、働くチャレンジドやその現場にかかわる人々からの発言も充実していた。「ユニバーサル社会」とは、どのような社会なのか。それは、すべての人々が持てる力を発揮して支え合う社会になっていないがゆえに現場で直面する諸問題の彼方に、より具体的に見えてくる気がした。そちらから紹介しよう。

知事、市長の写真
CJF恒例となった知事による「地域からの発信」。堂本(千葉)、増田(岩手)、浅野(宮城)、木村(和歌山)の4知事に加え、次回開催地の井戸兵庫県知事、矢田神戸市長も参加。北川・前三重県知事もオブザーバーとして参加した(写真左から)

 


多様な現実を訴えた
働くチャレンジドたち

山口さんとオリーブの写真
介助犬オリーブに携帯電話をひろわせるなどのデモを行った山口さん。オリーブの見事な仕事ぶりに、会場から拍手が寄せられた


 千葉市障害者相談センターに勤務する車椅子の公務員・山口亜紀彦さんは、介助犬オリーブを伴って登壇した。1998年に介助犬同伴の勤務を希望したが断られ続け、2年前にようやく認められたという。日本ではまだよく理解されていない介助犬の必要性について、床に落としたカードを拾わせるなどの実演をして見せ、次のように語った。

 「介助犬は私の一部ですので、同伴を断るのは、障害者の社会参加を断るということ。身体障害者補助犬法という法律(公共交通機関や公共的施設などでの同伴拒否を禁じる)もできたので、理解が広まるようにがんばっていきたい」

 療護施設で身体介護を受けながらもITを駆使して働いているという後藤田勇二さんと川本浩之さんは、「療護施設は働けないほど重度の障害者が入る所」という一般聴衆の固定観念を覆した。

療護施設で働くことについて語った後藤田さん(右)と川本さん

 しかし、就労の場をめぐる2人の希望は異なった。後藤田さんは左上肢が動き、起床、トイレや着席などの室内移動は、リモコン操作のリフトの利用によって、介助者なしでもこなせる。このため、希望は介護機器の整った家での自立生活だと語った。だが、四肢が麻痺していて、より高度の介護を要する川本さんは、そうではなかった。

 「施設では24時間、ナースコールを押せば誰かが来てくれるので、自分の体調と相談しながら仕事をすることができます。施設を出た場合、24時間介護者を確保できればいいけれど、そうでなければ、自分の体調よりも介護者のいる時間を優先して仕事をしなければなりません。私の場合、療護施設こそ、安心できる職場環境なんです」

 川本さんは、京都から千葉のCJFへの出席を日帰りの強行軍でこなすことになった。体力回復のためには就寝から起床までの間の身体ケアが重要だが、その要員を確保できなかったからだという。

 チャレンジドの社会参加を推進する動きの中には、「施設から地域(での自立生活)へ」という潮流がある。川本さんは、それが必ずしもすべての施設入所者にとって現実的でないことを示した。

 


千葉からの発信
新しい試みと提言


 千葉からは、チャレンジド就労支援の新しい試みと提言も紹介された。
 四街道養護学校では、昨年4月から卒業生の働く場として「ワークショップまごころ」を設立した。同校には筋ジストロフィーの患者が多く、卒業してのフルタイムの一般就労は難しい。しかし、短い時間ならパソコンを活用して描画のクリエイティブな活動ができる。それを趣味に終わらせず、少しでも仕事に結びつけたいとの考えから設立したものだ。

 発表を行った高見沢智子教諭によれば、これまでにポスター、カレンダーやPTA広報誌の製作などをこなし、「仕事を通して、彼らひとり一人が人間として成長したのを感じている」という。

 今後の課題は、この事業が文部科学省の研究開発校指定の予算で運営され、それが今年度で終わるため、その後の運営をどうするかということ。

 「NPO法人として独立させる準備をしていますが、その後は教員が仕事としてサポートすることはできなくなりますので、それに代わって支援してくださる方が必要です」

 社会福祉法人「あかね」の福祉情報センター所長の金子楓さんは、企業就職の難しい視覚障害者らの仕事を地域で開拓してきた実績を紹介し、次のように語った。

 「障害者には、いろいろな身体的条件のためにどうしても企業で終日働くことができない人が多いんです。そういう人たちが、少しでも仕事をして収入を得ようと、作業所の仕事に参加しています。ぜひ、企業がそういう作業所に仕事を発注することによっても、障害者雇用率の達成を図れるような仕組みにしてほしい」。

 


シーティング講義に
各界識者もショック

山崎さんと山岡さんの写真
シーティングで生活がガラリと変わったと体験を発表した山岡さん(右)と福井県の在宅ワーカー・山崎安雅さん


 今回のCJFでは、本誌4月号で山崎泰広・アクセスインターナショナル代表取締役が語った「シーティング」も取り上げられた。

 日本では、車椅子利用者が長時間車椅子の上で過ごすと褥痩(とこずれ)や骨格の変形という二次障害が起きることが、宿命と考えられてきた。車椅子上で短時間しか過ごせないために仕事に就けなかったり、せっかく就いた仕事を二次障害のために離職したりすることも、やむを得ないことと考えられてきた。ところが、欧米では二次障害を防ぐシーティング技術が普及していて、車椅子利用者もフルタイムで働いている。

 車椅子利用者の山崎さんは、日本での完治しない褥痩治療に耐えかねて米国に手術を受けに行き、シーティングと出会った。衝撃を受け、自ら技術を学んで日本への伝道者となった。その体験に基づいた熱っぽい講義の後には、シーティングを施した車椅子で生活が様変わりしたという2人のチャレンジドが登壇した。

 その一人、昨年養護学校を卒業して、いまプロップステーションのスタッフとして働く山岡由香理さんは、こう訴えた。

 「学校にいたときから、将来は働いて自立するのが目標でした。でも、当時使っていた車椅子では、腰痛になる。褥痩ができる。骨もゆがむ……。だから、周りからも『仕事なんかできるはずがない。体が一番』と言われていました。こういう車椅子の情報が全然なかったんです。もっと情報を提供して、制度上もスムーズに利用できるようにしてほしい」

 現在、山崎さんの奔走で医療や福祉の現場には徐々にシーティングの重要性が知られつつあるが、国産のシーティング車椅子は開発されておらず、値の張る輸入品購入に対して助成もない。引き続き行われた中央省庁からの出席によるセッションで、経済産業省の池上三六さんは、衝撃を受けた様子で「先ほどの話を聞いて、『これで技術立国と言えるのか!』と思いました」と語ったが、事は同省だけの責任ではない。

 日本の産・学・官がそろいもそろって問題を見落としてきた。あるいは放置してきた。そのために、欧米では車椅子利用者がフルタイムで働いて自立生活を楽しみ、納税もしているのに、日本では十分に働けないばかりか、莫大な医療費を費やしながら完治しない二次障害に苦しんでいる。そうした対比が浮き彫りになる話に、会場は列席した各界の識者も含めて驚きに包まれた。

 


ユニバーサル社会は
やさしいか厳しいか

ビル・ゲイツ氏の写真
ビル・ゲイツ氏のメッセージも米国でビデオ収録されたものが上映された。インタビュアーは野田聖子衆議院議員
野田議員、浜四津議員の写真
与党でユニバーサル社会形成促進プロジェクトチームを結成した野田聖子衆院議員(座長/左)と浜四津敏子参院議員(副座長)は法案作成を目指す政治家としての取り組みを語った


 「ユニバーサル社会というとき、すべてが同じようになってノッペリするような印象になるのは、おかしいのではないか。むしろ、いろいろな凹凸があって、その中にチャレンジドの人も恩恵を受ける仕組みがあるというものでないと、いけないのではないか」

 金子郁容・慶応大学教授は、「ユニバーサル社会」のイメージを、大づかみに提示しなおした。

 「ユニバーサル社会」という言葉は、「すべての人々」を強調するあまり、ともすると方法の多様性への目配りを失わせがちになる。すべての人々に持てる力を発揮する機会を保障する必要があるが、同じ方法で保障できないことは、チャレンジド本人や関係者から提示されたさまざまな問題点を見れば明らかだ。すべての人々に持てる力を発揮する機会を保障するには、多様な方法が必要なのだ。

 さて、日本における議論は、しばしばここでコストの問題を突きつけられて立ち止まる。福祉先進国といわれるスウェーデン、福祉よりも自立を重んじるといわれる米国は、それぞれどう考えているのか。2人の答えは、結論的にはまったく同じだった。

バーブロ・リヒターさんとグスタフ・ストランデルさんの写真
スウェーデンのチャレンジド支援事情を紹介したバーブロ・リヒターさん(右)とグスタフ・ストランデルさん。日本滞在のストランデルさんは、流暢な日本語で発表を行った

 スウェーデン障害研究所から来日したバーブロ・リヒターさんは、「社会の負担は、社会保障で保護するよりも、働ける人には働いてもらったほうが、結局は安くつくのです」

 米国社会保険庁で25年働いた経歴を持つ障害問題コンサルタントのアイリーン・ザイツァーさんも、「障害を持った人に労働市場に参加してもらうこと、途中で障害を負っても辞めないでもらうことが重要です。それが実現されないと、その分あるべき生産性が損なわれ、購買力も低下することになります。障害者が自分の可能性を発揮できるようにする施策は、経済的に理にかなっているのです」

 シーティングの件は、まさにその典型のように思われた。

 ザイツァーさんは、米国の考え方をこう語った。「米国人の多くは、障害者は健常者ほど生産性がないという前提に立った方策を嫌います。だから、障害者への優遇措置を厚くするのではなく、健常者が有利になるような不公平な障壁を法律で取り除く方法を取りました」

ダイナー・コーエン理事長の写真
米国のチャレンジド支援の発表には、国防総省CAP のダイナー・コーエン理事長もテレビ会議システムを介して参加した

 「ユニバーサル社会」とは、どのような社会なのか。うっかりすると「人にやさしい社会」といった甘い言葉に提言しかねない。だが、多彩な登壇者たちの発言を聞きながら自問を重ねると、最後には次のように思われた。

 すべての人々に持てる力を発揮できるなら、社会はそれを発揮させる厳しさを持つ。機会均等よりも結果の平等を重んじた「日本的やさしさ」は影を潜め、半面もたれ合いだったような支え合いも、より厳しく自立心を前提とした支え合いに変わるのではないか。

 



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