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ASAHIパソコン 2003年9月15日号より転載

     
  バリアフリー  
 
障害者雇用を
リードする国防総省
 
 

 


CAPのスタッフの写真
ワッツさん(中央)を迎えたコーエンさん(右端)らCAPのスタッフ。なお、コーエンさんは、8月21〜22日に千葉県・幕張メッセで開催の「チャレンジド・ジャパン・フォーラム」にテレビ会議システムで出演した(http://www.prop.or.jp/cjf2003/index.html)。

 アメリカ国防総省のコンピューター電子調整プログラム(CAP)を取材するためにペンタゴンを訪れると、テロの対する警戒態勢の中を、盲導犬を伴った女性がIDカードを示して通っていく姿が見られた。

 同省では、軍人以外の職員(役70万人)に占める重度障害者の割合を2%にする目標を掲げて職場環境の整備を進めており、省内で障害のある職員を見ることは珍しくない。彼らが文官としてほかの職員と同時に働くにはIT環境の整備が欠かせないが、その役割を担って障害者雇用を牽引しているのがCAPなのだ。障害者支援技術を紹介するCAPの儀尾術評価センター(CAPTEC)には、障害の内容や程度に応じたさまざまなハード・ソフトが用意されている。

 たとえば、キーボードには、左手を損失した人が右手だけで操作できる製品や、両腕が短い人のためのものなど日本にはない製品がある。四肢を使えない人には、市販の音声入力システムの他、極限状態の中で正確な操作を行うために開発された軍事技術を転用したシステムもあるという。

 CAPは1990年、省内支援の部署として設立された。支援要請の過半数が、500ドル以下のIT支援で健常者と同等に働ける環境を構築できた。99年、当時ゴア副大統領は「低コストで時期にかなった支援技術を提供している」としてCAP顕彰。2000年には、連邦議会の決議でのほかの政府機関も支援することになり、予算も拡大された。他期間への支援が加わって支援件数は急増。設立以来3万件を超えた。

 CAPを設立時から支持してきたダイナ・コーエンさんは次のように訴える。「障害者雇用はコスト高という考えは間違いです。彼らが働けない経済的損失を考えれば、働けるようにするのが賢い考え方。単に雇うのでは十分でなく、リーダーシップを発揮するポジションに就けるようにしなければいけない」

 そう語る彼女自身が、実は難病を抱える。現在、その指導の下で、足に障害がある一人の新人が働いている。昨年、ミズーリ大学を卒業したばかりというジェイミー・ワッツさん。「障害を持つ大学生のための新人募集プログラム」(WRP)に応募して、CAPにやってきた。

 WRPは毎年全国の大学を回って約1000人の学生に面接し、政府機関で働く機会を斡旋する。5月から9月にかけて最大14週間という短期雇用だが、卒業生には雇用の継続もありうるという。WRPのスタッフの薫陶受けたワッツさんは、「障害者の機会均等実現のために働きたい」と意欲を燃やしている。

右手用キーボードの写真
左手を使えない障害者の右手用キーボード。支援機器の大口顧客でもあるCAPには、さまざまな支援機器の売り込みがあるという。

 実は、WRPは国防総省が最大のスポンサーであり、最大の雇用主。そして、ほかの政府機関が受け入れた学生も含めて、CAPがIT支援を担っている。

 同省は2001年9月11日のテロで多くの死傷者を出したが、その負傷者の中にCAPの支援で職場復帰した人がいる。残念ながら、まだ精神的な後遺症と闘っている状態との理由で面会はかなわなかったが、コーエンさんは、「彼は最初、もう何もできないと考えて、ひどく落ち込んでいましたが、われわれの支援で仕事に戻れるとわかると、すごく元気になったのです」と明るい表情で話した。

 同省は連邦政府最大の組織つまりは最大の雇用主なので、障害者雇用についてもほかへの影響力は大きい。だが、なぜそこまで熱心なのか。コーエンさんは引き締まった表情でこう語った。

 「私たちは障害を負った兵士や職員に責任があります。障害者が誇りを持って働けるようにするのは当然のことです」

文・写真・中和正彦
イラスト・北原ゆかり