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ガバナンス 2002年11月より転載

     
 
チャレンジドが「福祉」を変える!
 
 
 
 
最終回 すべての人が力を発揮できる社会に
 
     


 娘が障害を持って生まれたとき、私の父親が「この子を連れて一緒に死んだる。それがわしがお前にできる唯一のことや」と叫んだ話を最初にしました。そして、そこがいまの私の出発点だったことも。

 それから30年。障害を持つ子どもとその親を取り巻く環境はずいぶん変わってきましたが、それでもまだ親が「この子より一日だけあとに死にたい」と訴える姿をしばしば目にします。当事者が直面する苦しみはいまも変わっていないのです。

 でも、もしかしたら、こうした状況をなくしていくには、チャレンジドたちが働いていけるように仕組みを変え、社会に制度として定着させるだけではだめなのかもしれません。もう少し広い意味で、文化や哲学が社会全体に必要なのではないでしょうか。

 ほんとうの意味で私を育ててくれたのは、人から「かわいそう」と同情されてきた私の娘です。私は彼女によって人間の素晴らしさに気づきました。「なんとかせなあかん」と切羽詰まった状況を抱えて必死に走り回っているときに、私たちに差し伸べられた多くの手。彼女がいなければ、多くの素晴らしい人たちと出会うこともありませんでした。どんな人にも生きる価値があって、その人の長所を社会が引き出してあげれば、本人も社会も変わっていける。その価値をこれからも多くの方々に伝えていくことが、私の最終的な目標です。

 人間って、2人いたら競争があるし、3人いれば差別も生まれがちです。それは全く不思議なことではないんです。でも、力の弱い人間がなんで地球上で頂点に立つ動物になりえたのかといえば、分担して道具をこしらえたり、集落をつくって協働することで生存してきたことが大きいと思うんです。

 自分の親が痴呆症になれば、人間は切ないですね。でも正直なところ、それが隣のオバちゃんなら親ほどの切なさはない。そのとき、「オバちゃんにも切ない家族がいる」と気づけるかどうか。気づいてどこまでその切なさをみんなで分かち合えるか。人間の想像力が問われますよね。

 完全競争や弱肉強食ばかりでは、人類がここまで生き抜いてきたことの本質を見失ってしまうのではないでしょうか。私はそう思うんです。

 早いもので、プロップ・ステーションをつくってから12年目に入りました。プロップは、まだまだちっぽけな実験プラントです。でも、いろいろな人たちの力を借りたり、志を持って結びつき合うことによって、プロップも私も成長してきました。これまで培ってきたノウハウを生かして、なんとか「チャレンジドを納税者になれる日本」をシステムとして定着させることが私の当面の目標です。

 その日がくれば、いまのプロップの役割は終わります。でも、少子・高齢化、労働力不足など、これからますます「福祉」を取り巻く状況は厳しくなります。新たな時代には必ず新たな課題が生まれますから、チャレンジドたちもプロップ自身も進化つづけなくてはいけません。

 読者のみなさん、どんな障害がある人でも自分の力を発揮できる社会にしていくために、いっしょに一歩踏み出してみませんか。


たけなか・なみ 
1948年、神戸市生まれ。娘が障害をもって生まれたことをきっかけに、以後30年にわたっておもちゃライブラリ運営、肢体不自由者の介護をはじめ、各種のボランティア活動に携わる。91年、コンピュータとインターネットを利用したチャレンジド(障害者)の自立と就労を支援するNPO「プロップ・ステーション」を立ち上げ、99年、社会福祉法人格を取得、理事長に就任。その活動には行政をはじめ経済界、研究者の間でも支援の輪が広がっている。著書に『プロップ・ステーションの挑戦−「チャレンジド」が社会を変える』(筑摩書房)。

社会福祉法人 プロップ・ステーション 
TEL 078−845−2263   E-mail nami@prop.or.jp   HP http://www.prop.or.jp