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SOHO 2002年5月号より転載 |
プロップ・ステーション便り ナミねえの道 | ||
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誰だってコンプレックスはパワーの源 | ||
ITがチャレンジドの自立を可能にした
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“ナミねぇ”こと竹中ナミ氏に会うだけで、圧倒的な元気とパワーが伝わってくる。自らギネス級と言って憚らない口と心臓で、福祉の世界に今、新しい風を吹き込む。福祉とは本来どうあるべきか。そして、今までは社会から支えられる側にいたチャレンジド(障害者)が、IT革命によって社会を支える側になれるという事実を少しずつ証明してきている。 娘が生まれたのが今から30年前のことで、当時は重症心身障害を持って生まれることは不幸だと言い切られてしまう世の中でした。私にとって「どんなことを娘にしてやればいいのか」を教えてほしくて、いろんな障害者の方とのおつき合いが始まったんです。そこで驚いたのが、障害者と呼ばれている人たちが素晴らしい能力を持っていること。たとえば、視覚障害のある友人は白い杖一つで床の材質までわかってしまう。わぁ、人間って凄いなって。それを福祉就労と称して障害者を最初から仕事のできない人、無理な人と決めつけていたのが日本の福祉行政でした。それに視覚障害や聴覚障害とか障害の種類によって縦割りになっていて、お互いに交流がない。それぞれの組織が補助金という小さなパイを取り合いっこしてる。これじゃ、どう考えても社会の勝負に負けるのは当たり前です。しかも、就労の場で仕事を教えている人もプロじゃない。趣味程度の人に習っても、趣味以上の技術は獲得できませんよね。 それから20年間はいろんな人とおつき合いをして、そのパワーをもらいながら社会をつぶさに観察してきました。そこに10年ほど前、パソコン(PC)が登場してきた。そのときは1台百万円もする高価なものでしたけど。そこで、在宅で家族の介護を受けている重度の障害者たちにアンケートを送ってみたんですね。そしたらなんと80%もの方が働きたい、しかもこれからの道具はPCだと書いてきた。まだようやくPC通信が一部で始まったばかりのときだったので驚きました。おまけに自分ら年金もらってるけど、年金はたいてもPCを勉強したいって。障害者がいかに何かをしたいと思っているか、いかにPCに期待感を持ったか、よくわかる話ですよね。ところが、アンケートには次のような問題も書かれました。それは、自分たちのような重度の障害者が勉強する場所がない、正当な実力の評価が欲しい、仕事が取れるかどうか、在宅で仕事ができるか、の4つでした。私はもともと性格が能天気なんで「何や、たった4つやんか」と思ったんですね(笑)。やり始めてそう簡単じゃないことはわかりましたけど、最初から目標とプロセスがわかってたらできないわけないでしょう。それからです。“チャレンジドを納税者に”というスローガンを掲げて活動を始めたんは。 “現時点で”障害のある人 ナミねぇが理事長を務める「プロップ・ステーション」は、企業や自治体などから業務委託された仕事をPCによるネットワークサービスで在宅のチャレンジドへ紹介するコーディネーターの役割を果たす。たとえばチャレンジドの体調や作業工程を管理し、確実に納期を守る配慮もする。また、プロのIT技術者を育成するセミナーの厳しさはもっぱらの評判。ナミねぇは、社会や組織が自分を守ってくれる時代は終わりを告げ、これからはセルフヘルプ(自助)の時代だと語る。 プロップ・ステーションの役割は、企業でいうと営業や総務、人事や経理ということになり、チャレンジドには得意な分野をとことん磨いてくださいというものです。今はそれができるNPO(非営利組織)はありませんし、社会制度の中では皆無です。ニーズがあって始まったことだから、これをちゃんと制度にすればいいと思います。ですから障害の種類なんか一切関係ない。あなたがPCを使って自分を伸ばしたり身に付けた技術を世の中で発揮したい、それで収入を得たいという思いがあれば、勉強しましょうよ、そしてチームになって総合力で仕事をやれる私たちになりましょうというのが、プロップ・ステーションのコンセプトです。 だから育児や介護など事情を抱えた女性であれ、チャレンジドであれ、リストラれた人たちもITを使えばセカンドチャンスがあるんですよ。SOHOもセカンドチャンスの一つだと私は思っています。働く意欲や技術があれば「その人は働けるようにしよう」と国が決めなきゃ。そうあってこそITは優しい道具になって、誇りを持つ人たちがたくさん出てくる社会が実現すると思うんです。 最近、脳性麻痺の女性が、言語の障害を理由に大学卒業後に就職できずに私に相談に来たのですが、PCのスキルは驚くほど高い。そこである会社にお願いして本社で実地試験を受けてもらったところ、プログラマとしてすぐ採用されました。 アメリカではね、人間は「現時点で障害のある人と障害のない人の2種類しかいない」という考え方なんです。自分が障害を持っていない状態は、一定期間のラッキーじゃないかと。つまり、そのラッキーな人たちのための仕組みで社会をつくると、そのラッキーな期間から外れた人はもう社会のメインストリームには居れないことになるんです。じつは、それが今日本が懸念している少子高齢化社会なんですよ。だから年金制度が破綻する前に、今こそものの考え方とか価値観を根っこから変えるしかないでしょう。 幸いなことに、ITという便利な道具が登場しました。それによって今まで働くのは無理やと思われていた人が、じつは社会を変える側に立てることを発見できた。だから、チャレンジドの能力を引き出すことに同じ予算を使ってそれを福祉と呼べば、世の中は変わると思うんです。
※ チャレンジド ・・・ 神から挑戦する使命を与えられた人を示し、近年「ハンディキャップ」に代わる新たな言葉として米国で使われるようになった。 |
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構成/木戸隆文 撮影/有本真紀 |
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●月刊サイビズ ソーホー・コンピューティングの公式サイト http://www.soho-web.jp/ ●出版社 株式会社サイビズ |
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