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日本経済新聞 2000年9月29日より転載 |
ITで生活イキイキ |
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情報技術(IT)は、日常生活に急速に浸透している。インターネットなどのネットワーク技術を使って様々な商品やサービスを購入する「eコマース」の市場は急拡大。仮想商店は出店ラッシュが続き、生鮮食品から自動車まであらゆる商品を購入できる。ネットを駆使して生き生きと過ごす高齢者や身体障害者、子供たちも相次ぎ登場。ITは我々の生活を着実に変え始めている。 |
「次はこれを立ち上げてみてください」。パソコンに向かう車いすの障害者。同様に車いすに腰かけている谷井亨さん(33)は眼鏡に装着したレーザーポインターで画面を照らし、操作を指導する。 障害者の在宅就労を支援する非営利組織(NPO)「Pep−Com」(三重県久居市)が行っているパソコン教室。代表を務める谷井さんは高校時代のバイク事故で、首から下がほとんど動かなくなった。谷井さんの失意を救ってくれたのはパソコンだった。 最初は入院中に見舞いに来てくれた友人に手紙を書きたいと思った。プラスチック棒を口にくわえてワープロを打った。その後、独学でパソコン操作を習得、苦労の末にプログラマーとして仕事ができるまでに上達した。 実績が認められ、1998年5月、三重県の在宅勤務検討委員に選ばれた。「県の担当者が福祉関連の部署でなく、能力開発室だったのが新鮮な驚きだった」。昨年県などの支援を受けて今の団体を設立。障害者向けにパソコンを使った技術習得セミナーやインターネットを利用した在宅学習を手がけている。 「パソコンの世界はバリア(障害)が極めて少ないから、障害者にも色々可能性が出てくる」。谷井さんは障害者の社会参加、自立に向けて意欲を膨らませている。 ロボットがロボットを次々と作りあげていく――。大阪府堺市の吉田幾俊さん(43)はパソコンで描いたグラフィックを前に照れ笑いする。「SFのヒーローが大好きだった。パソコンのおかげで少年時代のあこがれが自由に表現できるようになった」 吉田さんは幼いころ脳性マヒと診断された。右手以外ほとんど動かない。加えて、体が思う通りに動かない震えに襲われることもある。養護学校の高等部で、油絵を始めた。「自分にも何かできる」と生きがいを感じたが、腕が上がるにつれて、筆遣いなどに不満が出てきた。 96年1月、パソコンを活用した障害者の自立を支援する社会福祉法人「プロップ・ステーション」(神戸市)のセミナーに参加。「これなら失敗した絵を簡単にかき直せる」。パソコンを購入し、猛勉強した成果は意外なほどすぐに出た。同年8月、企業からの発注を受けたCG(コンピューターグラフィックス)で、生まれて初めて「仕事」をすることができた。 現在はCGで何か面白いキャラクターを作れないか思案中。「勉強することが多くて大変」と愚痴る表情は晴れやかだ。 プロップ・ステーション理事長の竹中ナミさん(51)は「障害者を取り巻く環境は高齢化を迎えた日本の縮図。障害者が誇りを持って働けるシステムを作っていくことで、高齢社会のアイデアも生まれるはず」と障害者が働く意義を強調する。 |