2000.8.31(2日目)
セッション5
「チャレンジドが提案する新たな社会システムづくりと政策展望」

総合司会
 清原慶子:東京工科大学メディア学部教授、CJF副座長

ナビゲーター
 鈴木 寛:慶応大学環境情報学部助教授

パネリスト
 寺脇 研:文部省大臣官房政策課長
 坂本 由紀子:労働省大臣官房審議官
 辻岡 明:運輸省消費者行政課長
 大石 久和:建設省道路局長

 菅原 郁郎:通産省サービス産業課長


清原 慶子:ただ今からセッション5「チャレンジドが提案する新たな社会システムづくりと政策展望」と題しまして、一時間の話し合いのときを持っていただきたいと思います。このナビゲーターは、慶應義塾大学環境情報部助教授・鈴木寛さんです。

鈴木 寛:よろしくお願いします。

清原:それでは、パネリストの方々を順番にご紹介させていただきます。左から、文部省大臣官房政策課長の寺脇研さんです。そのお隣は、労働省大臣官房審議官の坂本由紀子さんです。そのお隣は、運輸省消費者行政課長の辻岡明さんです。そして最後に、建設省道路局長の大石久和さんです。大石さんにつきましては、公務のため途中退席もあるかと思います。あらかじめご了解ください。では、鈴木さん、お願いします。

慶応大学環境情報学部助教授 鈴木 寛 さん
ナビゲーター
慶応大学環境情報学部助教授
鈴木 寛さん

鈴木:いまご紹介いただきました鈴木です。チャレンジド・ジャパン・フォーラムには、第1回目から参加させていただいています。

 早速、セッション5を進めていきたいと思いますが、最初からお詫び申し上げます。これだけの政府高官の方々にお集まりいただきながら、チャレンジド・ジャパン・フォーラムはメチャクチャなフォーラムで、1時間しかないというスケジュールです。ですから、もう皆さん大変有名なパネラーの先生ですので自己紹介は省略して、さっそく本論に入りたいと思います。

 それでは、まず大石局長からお話いただきます。チャレンジド・ジャパン・フォーラムは、いまや国民運動にならんかという動きになっていますが、こういったナミねぇを中心としたさまざまな動きに対して、建設省ではご支援を、既にされておりましたら今までどんなことをされてきたか、今後はどういう方向で応援していただけるか、そのあたりをご紹介いただきたいと思います。

大石 久和:建設省の大石でございます。どうぞ、よろしくお願いします。

建設省道路局長 大石 久和さん
建設省道路局長
大石 久和さん

 私がこの会のことを知りましたのは、21世紀の日本人の夢、いわゆるジャパニーズドリームを語る会を建設省の中で組織したときに、竹中さんにいろいろお手伝いいただいたのが始まりでした。いま公共事業あるいは社会資本について見直しが言われていますけれども、私たち国民生活の夢にどれだけ応えるか非常に大事になってきています。たとえば住宅にしても、一時期は戸数を伸ばすことが非常に大切だったけれども、いまは環境との関係、高齢化との関係などいろいろ議論が広がっています。そうしますと、これからは住宅行政にしても道路や河川の行政にしても、国民の皆さんの生活がどう変化するか、あるいは国民の皆さんがどういうことを理想として考えておられるかということを見極めながらでないと、議論が出来ないのではないかと考えて、お手伝いいただきました。

 私たちの暮らしは社会インフラ、社会資本に囲まれていて、それらに生活が依存してる部分があります。中でも道路は、国民の皆さんが家を一歩出て一番最初におつきあいいただく公共施設です。つまり、社会と個人の関わりの入り口なわけで、その道路が使いやすいものなのか、快適なものなのか、安全なものなのかは、皆さんが社会というものをどうお考えになるか、あるいは「公」というものをどうお考えになるかに、大きく関わって来ます。したがって私は、道路を国民生活にとって夢があるもの、より快適なもの、より安全にものにするための努力を、今まで以上に続けなければいけないと思っています。それは、「需要が爆発的に伸びて、それに追随していけば政策が出てくる」という時代ではなくなったからです。そういう意味で、道路を社会インフラと考えられる状況を作りたいと考えています。

 今回のシンポジウムに結びつけて、いくつかお話ししたいと思います。ご承知の通り、この春に「交通バリアフリー法」という法律が成立いたしました。これを受ける形で建設省では、運輸省、自治省、警察庁などの関係省庁、とりわけ警察庁と「交通環境のノーマライゼーションを図ろう」ということで、信号機や標識などの状況改善のための検討を続けています。併せて、具体的な施策も。順不同でいくつか申し上げます。

 まず第一が、歩道です。幅員が足りないということが、恐らく多くの皆様方の最も大きな不満だろうと思います。車椅子がすれ違うどころか、車椅子自体が通れないという状況があります。実は、最初は歩道がなくて交通事故が多発しました。昭和45年には1万6000人以上の方が亡くなられました。そんな“交通戦争”と言われた時代に、とにかくわずかでもいいから空間を作ろうということで、歩道づくりが始まりました。その時は、75?あれば人がすれ違えるということで整備しました。しかし、現在は少なくとも3mは取りたいということで整備しています。「車椅子が刷れ違える」ということから、3mという基準を設けました。

 また、歩道は20?ないし25?、車道からマウントアップしています。「歩道がマウントアップされていないと、車が突っ込んで来るから危険だ」という基本的な考え方で、歩車道をハッキリさせるためにマウントアップするという政策を取って来たのですが、これに多くの乗り入れ口がついています。そして、乗り入れ口は車道側に傾斜していて、車椅子で走りますと、どうしても車道側に傾斜します。これは大変危険なことです。

 そこで昨年の秋、歩道の段差をなくすことを全国に通達しました。目の不自由な方々から「2?の段差はどうしても必要だ」という声がありましたので、そのくらいの段差はありますが、「それ以上はマウントアップしない」「車椅子が車道に流れ落ちない」というようにすべく、現在その改築を進めています。

 また、道路の構造全体の話ですが、モータリゼーションが急速に進んで、「都市交通をどう処理するか」ということを考えていた時代に、私たちは「道路構造令」というものを作りました。したがって、道路構造令では車道の幅員によって歩道が決まる、つまり歩道が車道の従属因子になっていて、全体の空間構成をうまく形成するような考え方にはなっていません。そこで、近々これをやりたい。できれば人と自転車も分ける。また、道路の4つ目の構成要素である緑が、いまは道路の添え物になっていますけど、これをもう少し道路の中心的な要素として入れたい。これは全部の道路でできるわけではないですが、たとえば東海道や日光街道を並木道にした先人の工夫を、もう一度いまの都市づくりに生かしたいと思います。通常は車を処理する空間ととらえられてきた道路を、人と自転車・車椅子、車、緑を、それぞれ大事にして構造整理したいと考えてます。

 また、電線の地中化はなかなか進みませんが、少なくとも県庁所在地や人口の多い街のメインストリートではかなり進んでいることが、皆さんにもおわかりになると思います。14年で3000?強の地中化をやりましたが、それではいかにも遅いということで、今後5カ年間でさらに3000?をやろう。従来の2点何倍かのスピードで電線の地中化を進めたいと考えています。

 大きい項目の2点目が、ITSです。これにより、自動車と道の新しい関わり合いが生まれます。道路と車がリアルタイムで情報交換しながら走るということができる。そういう技術を、我々は取り入れることができるようになりました。ITSが完全装備された道路は恐らく第二東名高速が最初になりますが、そこでは「車間距離が短くなると警告を発してくれる」とか「ハンドルのブレがあると進路を修正してくれる」といったことが実現されます。これは車の安全面、また環境面で大変なメリットがあります。

 さらに、これを歩行系にも入れて行きたいと考えています。たとえば携帯電話などを使ったITS。道路からいろいろな警告情報、注意喚起情報、あるいは案内などの情報を得られるようにし、とりわけ歩行中に他の手段では情報の取りにくい方々に情報を提供できないかと考えています。

 大きい項目の3点目は、情報化社会に対応したいろいろな投資です。光ファイバーが整備されていますが、道路空間にもこれを入れたいと考えています。道路を管理するレベルを高くするには、非常に多くの情報をやり取りすることが必要です。たとえば、どこかで土砂崩れ、あるいは落石がったという場合、画像情報を手に入れなければ判断しにくいということもあります。そういうことから、道路管理の観点からも光ファイバー網をいれています。

 この光ファイバー網は、入れる空間を用意すればどうしても隙間ができるので、そこを民間の方々に使っていただこうと考えています。こうすれば、民間の方々は単独で光ファイバー網を敷く場合の10分の1ぐらいのコストで利用できます。現在、全国に1万6000?整備していて、来年も1万?以上を用意したいと思っています。これによって、サイバー・トゥー・ザ・ホームという環境を早く整備したいと思っています。

 「道の駅」というのを設けて、地域情報が得られるようにしていきたいと思います。道の駅では、いくつかの拠点的なところでは医療情報も取り入れられるようにしたく、厚生省とも協議しています。

 いくつかの視点で申し上げましたが、要するに「道路という国民の皆様に最も身近なインフラが変わらなければ、目指す社会は実現しない」ということを肝に銘じながら、道路環境の改善を図って行きたいと思っています。

鈴木:ありがとうございました。大きな予算を動かしている大石局長から具体的な提案をいただきました。ありがとうございました。では、引き続き、運輸省の辻岡課長に、交通バリアフリーについてのお話をお願いします。

運輸省消費者行政課長 辻岡 明さん
運輸省消費者行政課長
辻岡 明さん

辻岡 明:私の仕事は、いかにバリアフリー社会を作っていくかということです。私自身の個人的な考え方でもありますが、これまでのような社会福祉では、どうしても支えられる側の人々が増えてしまう。これから来るべき超高齢社会では、支える側が減っていく。こういう社会が健全に育っていくのだろうかという問題意識があります。

 これまでいろいろな意味で制約のあった方々に、積極的に社会に出て行っていただき、生産者ならびに消費者になり、社会を支える側に回っていただく。行政側もそういう風に考えて行かなければいけないのではないか、と考えている次第です。

 しかしながら、ご承知のように、町に一歩出ればバリアだらけ。もちろん、ここのところいろいろな意味でバリアフリーやアクセシビリティの改善が進んでいますけれども、チャレンジドの方々はまだまだ自由に動くのが難しいということです。私の基本的な考え方は、いろいろな制約のある方々が誰かの介助で行動する社会ではなく、自立して日常生活を送ることができる社会というのが、望まれるのではないか。我々はそのための環境整備をしていかなければならないと考えています。

 私どもの分野ですと、鉄道やバスなどの公共交通機関を利用していただこうということがありますが、アンケートを取ると鉄道・バスの評判はとても悪い。まだまだアクセシビリティがなっていないということです。

 昭和58年、確か「国連障害者の十年」が始まった年ですが、このときに運輸省は、鉄道駅にエレベータやエスカレータなどを配置するガイドラインを出しましたし、その後、車両についても指針も作りました。その点からすると、いま鉄道駅ではエレベータやエスカレータを整備したところが増え、低床バスの導入が図られています。我々もこれまでに補助金制度を始めていますが、平成10年からこういう公共交通事業者がバリアフリー整備するには、国と地方と事業者が3分の1ずつ負担するようにしています。

 ただ、そうは言いましても、ガイドラインや指針というやり方では、必ずしもすぐに目に見えて事業者の収入増につながらない、ということで整備も進まない。それで、いったいどうしたらいいかというのが、今回の法律の出発点でもありました。

 またもうひとつ、大石局長がおっしゃいましたが、移動は連続性が必要であって、単に電車やバスだけをバリアフリーすればいいということではありません。やはり鉄道駅から周辺の駅前広場、道路、通路まで、連続した移動経路について段差の解消などを講じなければならない。これが今回の法律のもう一つの出発点でした。

 ですので、この2つの点に対処したのが、今回の「交通バリアフリー法」です。今年の5月に国会で成立しまして、11月に施行予定です。その中で、一つには「どうしても施設整備が進まない部分があるので、思い切って法律で義務づけしてしまおう、罰則もつけよう」ということにしました。つまりバリアフリーの施設整備をしないと罰金を払ってもらうという、非常に反対が多かったのですが、画期的な法律ができたと自負しています。

 それから、もう1点、連続した移動経路についてのバリアフリー化。これは、関係省庁が一致団結して推進していこうということにしたところです。

 それから、今回の法制化の中では、義務づけと併せて「明確な目標を設定していこう」という話になっています。そこで、いま目標を設定するための基本方針を作成中なわけですが、私どもとしては、2010年までにどのようにバリアフリー化するのかを検討しています。利用者数が一定数以上ある旅客施設についてはすべてバリアフリー化するとか、鉄道車両・バス・船舶・航空機など各交通機関について一定割合のバリアフリー化を目標にするとか、そういうことを考えています。

 それから、法律に基づいて個別の施設の構造についての基準も作っています。実は私どもの素案はホームページで公開していて、8月21日までにパブリックコメントをいただいています。私の手元に165件ありますが、それを読んで覆いましたのは、まず非常に関心が強いということが1点、もう1点は、私もこの問題について本を読み、関係団体の方々や大学の先生からもお話をうかがっていますが、やはり個々に日々困っておられる方々の意見は、私どもにはなかなか気づかなかったことを指摘しているということ。まさに的を得た部分が非常にあると感じました。

 ということで、実は今、素案を大幅に書き直しをしています。やはり、こういうものは私どもだけでは気づかない、わからない部分が多数ありますので、多くの方々に意見を聞き、参加していただき、新しい社会作りをしていかなくてはならないと思います。

 さて、いまハード面を申し上げましたが、これに勝るとも劣らず、ソフト面の対応もあわせてやらなければならないと思います。これを私どもは「心のバリアフリー」と呼んでいますけれども、やはり国民の皆様ひとり一人の手助け、心遣いといった支援がないと、どれだけ施設を作っても対応できません。で、いろいろ話を聞きますと、「どういう手助けが必要なのかわからない」といった話も聞きますので、私個人としては「バリアフリー教室」、私が子供のときに参加した交通安全教室ではないですが、そういう感じの「バリアフリー教室」というのを、国民的運動として、すべての皆さんが参加していけるような仕組みづくりをしていきたい。これは新たに提案したいと思っています。

 それから、若干専門的な話になりますが、弱視の方、高齢者の方からはなかなか書いてある字が読みづらいという話もあります。これに対しては、ピクトグラム、つまり図記号を日本中で統一して展開していくことが大切だと思います。これは言うは易しで、実際にやろうとすると非常に大変な作業です。私もやっていますが、いろいろな方々からいろいろ意見があり、なかなか一本にならない。しかし、これは苦しい思いをしてでも統一化を図りたいと思っています。

 最後になりますが、いろいろな意味で制約があるという中に、情報の制約というものがあります。情報制約を解消するためには、どういう情報をどういう手段で提供するかということ、これを考えなければならない。いまはインターネットという便利な手段がありますが、高齢者まで含めて考えると、必ずしも全員がインターネットに接続できるのかどうか、コンピュータのキーボードを見ただけでイヤになるのではないかといった問題もあります。だから、機器やソフトの使いやすさまで含めて情報提供のあり方を考えなければならないということで、現在勉強中です。

鈴木:ありがとうございました。この秋から交通バリアフリー法の施行ということで、具体的な動きが始まることがおわかりになったと思います。しかも、ハードだけではなく、心のバリアフリーに留意して進めていくということで、チャレンジドの皆さんにどれだけ励ましになるかと思いました。このセッションは、実はインターネットを通じて世界中に放映されています。恐らく、在宅でパソコンでこれを見ているチャレンジドの方々にも力強いメッセージだったと思います。

 それでは次に、労働省の坂本審議官からお話いただきたいと思います。いまでこそ、このプロップ・ステーションの取り組みには霞ヶ関をあげての支援がありますが、そのご縁を作っていただいたのが坂本審議官だと聞いています。竹中ナミさんがまだ霞ヶ関の「か」の字もわからなかったときに、当時、障害者雇用対策課長であられた坂本課長にお会いになって、「霞ヶ関にもこんなすばらしい人がいるんだ」と感銘を受けられた。そこから、竹中ナミさんと霞ヶ関の出会い・お付き合いが始まったと聞いています。

 そんな坂本審議官でございますが、いまは職業能力開発局の担当もされていますので、いろいろな観点からお話をうかがえると思います。よろしくお願いします。

労働省大臣官房審議官 坂本 由紀子さん
労働省大臣官房審議官
坂本 由紀子さん

坂本 由起子:過分なご紹介をいただいて恐縮です。私が初めてチャレンジドの施策にかかわったのは、ちょうどナミさんと知り合ったのと同じ、平成3年です。当時はバブルの頃で、働く人の数は増えるのですが、働ける障害者の数は横這いで、障害者の雇用率が法律で決まっていますが、その達成率が一向に改善しない状況でした。企業は当時、障害者を1.6%雇用しなければいけませんでしたが、それに不足すると一人当たり月5万円を国に納付金として払わなければなりません。しかし、その納付金がたまる一方で、雇用にはなかなかつながりませんでした。

 そこで、課をあげて障害者雇用の意識改革をしてもらうことに取り組みました。特に大手の企業の雇用が悪かったので、大手の企業の社長さんや専務さんにおいでいただいて、いかに雇用が低いかということ、納付金を払って事足れりということではなく、雇ってもらわないと社会的責任を果たしていることにはならないということ。そういうことをお話ししました。かなりの数の企業に働きかけをしましたが、やってみると非常に良い感触を得ました。実は、「企業には障害を持った人を一定割合雇う義務があって、自分の会社はその義務を果たしていない」ということが、トップにまで届いていないところが多かったんです。で、直接お話しすると、「それは大変恥ずかしいことだから、社をあげてやります」ということで、すぐに積極的な取り組みを始めたところもいくつかありました。雇用率をクリアして賞を受けたというところもあります。

 いずれにしても、「お金を払えば済む」という問題ではなく、自分のところでハンディのある人にどう働いてもらうかを考えるのが義務だということ、これを理解していただくことが大きな問題でした。と同時に、障害を持つ人の能力アップをどうするかも、大きな問題でした。最近では、障害がない人でも「あなたは何ができますか」と問われて答えられるものがないと、職が見つかりません。ましてハンディを持つ人には雇用の敷居が高いので、そういう意味では、民間の訓練システムを使って能力アップの道筋を作らないといけない。ITなどを使ってハンディをカバーするような手だてを整えなければいけない。

 日本の社会や企業の中では、「障害者」というと何も出来ない人のように考えてしまう傾向がありましたが、そうではなく、障害はどんな人にもありうると考えなる必要があります。身体に障害がなくても、心に障害を持っている人がいる。非常にものごとを後ろ向きに考えてしまい、前を向いて仕事が出来ないという人もいる。人それぞれ、いい面も悪い面も持ってる。そんな中にたまたま手や足が不自由な方がいらっしゃるわけで、皆さん残された能力というものがある。それをいかに発揮できるようにするかというのが、社会や行政がサポートしなければならないことだと思うんです。

 私はいま職業訓練校を初めとする能力開発部門を担当していますが、障害者のための職業訓練校もありますし、一般の職業訓練校の中で訓練をしているチャレンジドの方もいます。私は、理想としては、普通の訓練校にチャレンジドもそうじゃない人もみんな集まって訓練を受け、特別な人的応援を必要とする人には、そこで手厚く教育訓練を受けられるようにするのが基本だと思います。ですから、一般の訓練校でも、段差の解消などのハード面でのバリアをクリアして、チャレンジドの方にも使えるようにすることを目指しています。知的障害を持つ者についても、訓練校というような器が必要で、それを充実させたいと思っています。

 こうしたことを考えるときに感じますのは、パソコンなどの機器ですが、私も最近老眼がかかってきて細かい字が見にくいんです。画面だけでなく、キーボードなどにも小さな字が書いてあります。これは、高齢者や弱視者には使いにくい。これがもっと、誰にでも使いやすいものになるといいと思います。それには、ユニバーサルデザインで社会のシステムを変える必要があるんじゃないかと思います。私は昨年まで静岡県の副知事をしておりましたので、誰にでも使える、どのような境遇に陥っても社会のシステムがその人にとって使いやすい、そういう風に変えて行こうということに取り組みました。

 いろいろな機器についても、そういう方向で進めて欲しいと思います。そうすれば、一般訓練校でも、たとえば「このボタンで音声が出るので目が見えにくい人にも使える」という風になっていいと思います。もちろん、それはチャレンジドだけじゃなく、普通の人にとっても使いやすい部分があるので、そういう工夫を企業が進めて欲しいと思います。

 行政だけではなく、企業や、一人ひとりのチャレンジド、チャレンジドを応援する人が一緒になって成し遂げていくのが、これからの姿だと思います。私はこれからの社会では自立と共生が大事だと思います。すべての人が自分の能力を社会の中で発揮して、自立をし、社会に貢献する。それと同時に、社会の構成員すべてが力を合わせて、自分たちが住みよい社会になるように物事を進めていく。そういうことだと思います。行政がなんでもかんでもやってチャレンジドに供給するのではなく、チャレンジドが何かをやりたいといったときに必要なサポートを用意する。それが、これからの行政の役割だと思います。

 静岡にいたときに特に思いましたのは、地方自治体は、知事が決断して職員がそれに向かって進めば柔軟に対応できるところだということです。いま私はまた国におりますが、チャレンジドに対する地域のシステムは、まず地方自治体が率先して進める。それを国なり企業なりが応援する。そういうのが理想の姿ではないかと思います。

 私の担当する「働く」という部門についていえば、国は企業に対して雇用しやすいようなシステム、あるいは教育訓練を受けやすいシステムを用意して応援していくのが、これからの在り方だと思います。一部にはもうそういう試みも出て来ておりまして、特に昨日パネラーとして話された西嶋さんが一生懸命やってくださった「緊急安定雇用プロジェクト」があります。これは、企業が障害を持つ人々をトライアルの形で受け入れて、働く場への定着につなげていこうという試みです。非常に上手くいっているので、来年以降につなげたいと思っています。

 また、新しい動きとして、2001年1月から労働省が厚生省と一緒になります。労働について取り組む労働省と生活上のさまざまな問題に取り組む厚生省が一緒になるということで、チャレンジドの生活を24時間、生まれてから生涯を終えるまで支える仕組みを、トータルに構築できるのではないかと思っています。是非そういう連携の取れた政策をしていきたいと思っています。

 今後の雇用では、ITによって在宅での教育訓練の受講が可能になり、在宅での雇用も可能になると思います。一部の在宅雇用は制度的に認めているんですが、なかなか使い勝手がよくなかったり、あるいはIT化がここまで進むと見通した制度になっていないという問題があります。これは見直して、ITの進捗、あるいはチャレンジドの挑戦に遅れをとらないように政策を進めていきたいと思います。そして、ITを仕事のツールとして、あるいはハンディキャップ克服の手段として使いこなして、チャレンジドが生き生きと働ける社会。誰もが幸せに人生を送ることのできる社会。その中核にある働く喜びを誰もが味わえるような社会を作って行きたいと思います。

鈴木:ありがとうございました。それでは次、文部省の寺脇課長。皆さんご存知の通り、“ミスター教育改革”と呼ばれる寺脇課長ですけれども、チャレンジドの情報教育については、寺脇さんは特段の思いを持たれていて、セッション4でお話がありました大阪府のプロジェクトにも自ら飛んで行かれるなど、熱心に取り組んでいただいています。それでは、よろしくお願いします。

文部省大臣官房政策課長 寺脇 研さん
文部省大臣官房政策課長
寺脇 研さん

寺脇 研:過分なご紹介でありましたが、私たちが教育の行政をしていくとき、特定の人だけが一生懸命やろうということでは全体がうまくいきません。私は率直に言ってチャレンジドの皆さんに対する教育行政は変えなければいけないし、もっと良くしていかなければいけないと思っていますが、それはみんなが幸せになれる教育をしていかなければいけないという観点に立ってのことです。その観点から、これまでおろそかにされてきた部分に力を入れたいと思っています。

 そういう意味で大きく反省しなければならないのは、いままで文部省はチャレンジドの皆さんに対する教育を「障害児教育」として考えて来た。つまり、「文部省は子どもの教育だけを考えていればいい」という感覚に偏っていた部分があるということです。もちろん、障害児教育も大切ですけれども、人間は子どものときだけ生きているわけではありません。実は文部省はいま「生涯学習」をテーマにしていて、生まれてから一生を終わるまで生涯にわたって学ぶチャンスを得られるようにしようという取り組みを進めています。

 そういう意味で、これまでの文部省のチャレンジドに対する学習チャンスの提供は、子どもの時代に極端に偏っていました。これからは、生涯全体を通じて学べるようにしていかなければいけない。そうだとすれば、労働省や厚生省が進めている施策と緊密に連携をとっていかなければいけない。しかし、現状、障害児学校の先生方が厚生省や労働省の施策をどれだけ承知しているか、あるいはどう連携しようとしているか、そのあたりはまだ不充分だと思います。

 それは先生が悪いのではなくて、行政の仕組みが「とにかく学校の中でだけやっていなさい」ということになってしまっていたからです。その意味で、いわゆる「障害児教育」のものの考え方を「障害者の生涯学習」、生涯にわたって学び続けられるという考え方に変える必要があります。その学習は、仕事に結びつく学習にとどまらず、趣味なども含めて自分の生き甲斐に結びつくようなものしていきます。そのためには、文部省が抱え込みの姿勢をやめて、学齢期の子どもたちの部分についても労働省や厚生省と連携していくようにしなければならない。先ほど厚生省と労働省が一緒になるというお話がありましたけど、私は個人的には少し残念で、文部省もご一緒したかった。しかし、一緒にならないから別々にやるというのではなしに、そこを一緒に進めるのが大切だと思っています。

 私どもも、もちろんいろいろな形で予算を組み、施策を講じています。そのご説明をすることも必要だと思いますが、今日は時間が限られていますので、「やはり意識改革が必要だ」ということを申し上げたいと思います。予算を組むにも、そこが大事です。ある意味で、学校もバリアフリーにしていかなければいけない。「学校というバリアがあるのではないか」ということについても考えていく必要があります。

 それから、ITについてですが、これについてはすべての学校でインターネットに接続できるようにする方向で進めています。それを数字を上げて申し上げれば、「文部省もがんばっているじゃないか」と思っていただけるかも知れません。しかし、ここでも、やはり大事なことは意識の問題です。いくら学校にコンピュータが整備され、インターネットが使えるようになっても、それを活用する学校の教育の考え方が変わっていない。ひとことで申せば、「日本のIT教育は誤まった形で進んでいるんじゃないか」という反省をしています。

 「コンピューターが入って来たら、そのコンピューターを活用して、何か特別なすごいことをやらなければいけない」というような意識。たとえば、NASAと話をするといった、いままでできなかったことをしなければならないという意識。もちろん、そういうことをやるのも大切ですが、「そういうことをやるのがコンピューター教育だ」という意識に偏りすぎてしまっている。

 なにもNASAと結びつかなくてもいい。隣で寝ている人とお話ができるというようなことでもいい。コンピューターがなくても時間や労力をかければできるかもしれないけれども、コンピュータによってよりたくさん、あるいはより広範囲にできるようになる。そういうことができたらいい。つまり、コンピューターは特別なことをするためだけにあるものではなく、いままで普通にできていたことをより便利に、より効果的にやれるようにするものだという考え方が、これまでのコンピュータ教育の中で、だいぶ欠けていたという反省をしなければならない。ということで、文部省は今年、新しい指針を学校現場に提案しまして、新しい指針を学校現場に提案しました。これは障害児学校だけでなく、すべての学校にです。

 もう一つ大事なのは、社会全体へのバリアフリー教育です。運輸省の方から「バリアフリー教室を」というお話がありました。文部省としては、2002年からすべての学校で「総合的学習の時間」を設けるようにしています。もうすでに、今年の春から大半の小学校で先導的実施がスタートしています。この時間は、まさにバリアフリー教室などに使っていい。今までのように学校にいる時間は常に教科書を開いて先生の言うことをしなければいけないというのではなく、小学生は小学生なりに、中学生は中学生なりに社会に目を向けていこう。そういうための時間です。この中で、バリアフリーの形について学ぶだけでなく、バリアフリーの心というものを学んでもらいたいと思います。実は、今はここのところに一番障害があるのではないかと思います。

 先ほどの坂本審議官のお話にまったく同感で、私たちは身体に障害のある人のことばかり考えがちですけれども、心に障害がある人もいる。かたくなに自分の縄張りだけ守りたがる人とか。実は、そういう人は霞ヶ関の官庁や大手町の大企業にたくさんいるのではないかと思うのですが、そういうところを変えていく教育をしていかなければいけない。実はここに一番大きなハードルがあるのかも知れません。「障害を持った方々を差別しないように」というのには反対する人はいませんが、「勉強ばかりしていて心に障害を持った人にもっと広い心を持ってもらいたい」というのは、なかなかご理解いただけない。「いや、勉強さえできれば」という考え方が、まだ跋扈しているのが現状です。

 そんなことから、文部省が労働省や厚生省が一緒になって国民生活省になるというのではなく、「科学技術立国だから科学技術庁と一緒に」ということになったのかも知れません。もちろん、「科学技術立国を支えるための教育」というのを否定するわけではありませんよ。そっちの方向性とこっちの方向性と、両方ある。しかし、いまはまだまだ昔からある方向が主流と思われている面が強いなと。たとえば、「総合的学習の時間なんか必要ない」「そんな時間を作って共生とやらを教えるよりも、もっと厳しく競争させて鍛えていけ」、そういったことをおっしゃる方が、まだまだたくさんいらっしゃいます。

 しかし、そこを文部省がどう乗り切るか。「やっぱり勉強ができる人がいい」という考え方に戻ってしまったのでは、チャレンジドに限らず、世の中の差別をなくすことにつながらないし、また、勉強だけはできるが心の大事な部分はなくしてしまうというようなことへの対応もできなくなります。ですから、これは文部省の仕事として、チャレンジドを含めたすべての子どもたち、またすべての大人たちに、バリアフリーの考え方をあらゆる場面で持ってもらえるような教育をしていく。これは非常に難しい大きな課題で、非常に大きな山に立ち向かう気持ちで、いま文部省は取り組んでいます。

 「まだまだ足りないよ」という声はどんどん降って来ると思いますが、一刻も早くすべての方々が、生涯にわたって、さまざまな学習を思う存分できる、バリアがなくなる社会を実現すべく、努力させていただきたいと思っています。

鈴木:ありがとうございました。時間がもう差し迫っています。フロアを見ましたら、通産省のサービス産業課長の菅原さんがいらしていました。マイクをお願いします。

 今日のこのセッションでは4省庁の方々に登壇いただいていますが、チャレンジド・ジャパン・フォーラムはすでに6回目で、これまでに自治省・郵政省・通産省など、他のいろいろな省庁の方々からも応援をいただいています。

 菅原さんは通産省のサービス産業課長ということで、現在SOHOをどう起こすかということの担当をなさっています。チャレンジドの方々は在宅就労、すなわちSOHOでの就労が多くなると思いますので、そのあたりのことを菅原さんの方からちょっとお話をうかがいたいと思います。

通産省サービス産業課長 菅原 郁郎さん
通産省サービス産業課長
菅原 郁郎さん

菅原 郁郎:突然ふられまして、うろたえています。通産省は霞が関でIT革命の旗を振っていますが、その通産省の片隅で感じるのは、いまのIT革命には一つ視点が欠けているのではないかということです。サービス産業課から見ると、医療、福祉、介護、育児、高齢者などの問題と接しているものですから、「どうしてこういう国民生活のいちばん大切なところの情報化が遅れているのか」と切実に感じます。

 日本の社会はこれから少子高齢化がどんどん進んでいくわけですから、このまま行きますと、今後はいまのチャレンジドの方々よりも我々のほうが、よりチャレンジドという状態に置かれていくのではないかと思います。われわれは「チャレンジドの皆さんのためにいろいろやります、支援いたします」などと言いますが、むしろここにお集まりのチャレンジドの皆さんのほうが、「国民生活とIT」ということでは、はるかに進んでいるのではないかと思います。

 これから、国民の生活の身近なところでITをどう生かすかということがテーマになってきます。障害者だけでなく、高齢者、幼い子どもを抱えたお母さん、こうした方々も、ITを活用することで生活が向上する面があります。ですから、皆さんにはどんどん声を上げていただきたい。通産省としては、皆さんのご支援をいただきたい。

鈴木:はい、ありがとうございました。あっという間に時間が来てしまいました。今日お見えの方々、ご登壇いただいた方々は、竹中ナミさんと仲間の運動にふれ、本当にチャレンジをしてきた方々だと思います。皆さんから30秒づつですが、個人としてのいろいろなメッセージをいただければと思います。

辻岡:私は、自分が活躍・活動できる社会を作っていくのは、やはり行政の努力よりも個人個人の努力だと思います。ひとり一人が力を合わせ、あるべき社会に向かって行けたらと思います。

坂本:社会にとっていちばん大切なのは、ひとり一人が思いやりの心を持つことだと思います。思いやりの心を自然に教えてくれるのは、チャレンジドの人たちだと思います。チャレンジドとともにいることによって、すべての人が心の中にそういうものを育てることができるので、ぜひこれからも皆さんがんばって、社会の中で活躍していただきたいと思います。

寺脇:先ほど申し上げましたが、意識を変えるということがバリアフリー社会をつくる上でいちばん大切なことだと思っています。残念ながら、まだ学校の先生方にも教育行政に携わる方々にも、見た目ハンディを負っている方々を「かわいそう」としか捕らえられない人がいます。「もしそう言うなら、そういう考え方をしているあなたのほうがかわいそうなんだよ」というぐらい意識を変えて行って、「みんながそれぞれいいところを生かして、力をあわせていい社会を作っていこうじゃないか」と、そういう方向に全体の意識を変えていけれればと思います。

鈴木:どうもありがとうございました。最初からわかっていましたが、やはり運営に失敗して時間オーバーしてしまいました。しかし、これだけの素晴らしい方々がいろんな思いを持って、チャレンジドが幸せに生きて行ける社会、「Let's be proud! 」の社会を作ることに向けて、日夜がんばっていただいていることがおわかりいただけたと思います。私も実は、このチャレンジド・ジャパン・フォーラムの第1回から参加させていただいていますが、先ほどの寺脇さんの話のように心に障害を持っていたのが、当時の私ではなかったかと思います。しかし、プロップ・ステーションのチャレンジドのみなさんと接する中で、私のこの障害を取り除いていただいて、非常に元気にさせていただいています。そういう人の輪がどんどん広がっていくこと。そして、それぞれいろいろなところで頑張っている方々が、できることをできるだけ、ちょっとずつやっていくこと。そういうことによって、大きな流れが次第に起こって来るんだということを祈りつつ、セッション5を終わりたいと思います。パネラーの方々、フロアの方々、ありがとうございました。


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