第2回チャレンジド・ジャパン・フォーラムを大阪で開催

コンピューターとネットワークによる

在宅就労の実現を目指して


 プロップ・ステーション(代表:竹中ナミ)と弊社が共催する「第2回チレンジド・ジャパン・フォーラム」(座長:須藤修=東京大学社会情報研究所助教授)が昨年11月9日、大阪で開催された。 チャレンジドとは米語で障害者のこと。プロップは、障害者をこう呼んで彼らの就労へのチャレンジを支援するNPO(非営利組織)だ。

 チャレンジドの就労の武器は、コンピューター&ネットワーク。第1回では、就労に挑戦するチャレンジドの他、企業人、研究者、官僚など多数が集まり、来るべき本格的なコンピュータ・ネットワーク社 会に向けて「チャレンジドが就労できる社会システムづくりを実現する」という意思を確認しあった。

 前回同様に各方面からの出席者を得た第2回では、「在宅就労」にテーマを絞り、チャレンジドの体験報告の他、具体的な 支援体制づくりや環境整備について提言が行われた。その模様をレポートする。(報告:中和 正彦=フリージャーナリスト)

大阪会場と東京会場をNTTのINS回線によるテレビ会議システムで結んで開催された

「自力で死ぬこともできない」人間から在宅プログラマーへ

 フォーラムはなごやかな雰囲気で始まったが、その雰囲気は体験報告のトップバッターとして登場した山崎博史氏の話が始まると一 変した。山崎氏は在宅プログラマーで、プロップ・ステーション(以下「プロップ」)と野村総研の在宅就労実験プロジェクトでも実績 をあげた「チャレンジドの在宅就労の可能性」の体験者。だが、淡々と語られる就労までの軌跡は、壮絶なものだった。

 不随。一生車椅子生活」と宣言 された。「人生終わった」と思った。冬の寒い日、病院の屋上にあがって凍死を待った。が、発見され、連れ戻された。「自分死ぬこともできない。自分では本当に何もできないんだ。」と思った。ただその日を過ごすだけの生活が、果てしなく続いた。

 「何としても仕事をして稼がなければ」という思いにさせたのは、妻との出会いだった。彼女の家族の猛反対を押し切って、3年後、28歳で結婚した。が、仕事は見つからないままだった。

 そんな時、ラジオからこんな話が。「障害者が自立するためのパソコンセミナーを開催しています」。プロップの話だった。即座に電話をし、いきなり「稼げるようになりますか」と迫って、竹中ナミ代表を呆れさせた。 「君が頑張れば」と言われ、ワラをもすがる思いで受講を申し込んだ。

 セミナーは週2回。自分で本を買い、載っていたキーボードの絵を実物大に拡大コピーして家で朝から晩まで練習したが、これではラチが明かない。パソコンは高かった。「モノにならなかったら」という不安を「なければ出来ない」とふりきって、買った。

 セミナーは、半年の初心者コースから半年の上級者コースへ。必死でくらいついて行って修了すると、プロップから貿易会社の在庫管理ソフトの仕事を依頼された。そして、初めての収入。嬉しいというよりも、「これで何とかやっていけそう」という実感が持ててホッとした。

就労に人一倍の意思をもって自己をぶつける山崎博史さん

 その後、プロップと野村総研の共同実験プロジェクトの話が来た。在宅でインターネットの新着情報を検索する仕事。インターネットなんて見たことがないし、大企業の仕事。「自分に出来るのか」と不安だったが、「やるしかないだろ」と引き受けた。

 仕事をえり好みなどしていられない。とにかくチャンスはモノにしなければ・・・・・。

 山崎氏の体験報告に、来場者からは深い感動を伝える惜しみない拍手が送られた。

コンピュータとネットワークが人生を変えた

 続いて登場したのは、関西電力が45周年事業で募集した作文かイメージ画を描く仕事を受注した2人の車椅子のチャレンジド。久保利恵さんのメルヘンチックな水彩作品と、吉田幾俊氏がマッキントッシュで描いた独特の感性を感じさせる作品が紹介されると、場内からは感嘆の声が漏れた。

 久保さんは絵本作家志望だが、それだけでは生計がたたないと思い、コンピュータ・グラフィックスを学んで副業にしたいと考えた。そんな時にプロップのセミナーと出会った。彼女の体験報告は、チャレンジドにとってのネットワークの有用性を訴えていた。

関西電力の45周年記念事業で絵を描いた久保利恵さん

 「学校を出たら両親といるだけの生活になってしまうのではないかと不安でした。でも、プロップのセミナーに通ったり、プロップネットを使ったりすることで、いろいろな人と出会うことができました。関西電力さんから仕事ももらいました。人と人の関わりが広がることを、本当に嬉しく思っています」

 一方、手にも障害がある吉田氏は、コンピュータを使うことの有用性を述べた。

 「「コンピュータを使うと自分の思い通りの絵が描けるんじゃないか。そういう思いは前からあったんですけど、学ぶ機会がありませんでした。プロップと出会って学んでみたら、本当に自分の手の障害を忘れるようなキレイな描写ができて嬉しかったです。しかも、たった半年で仕事まで出来るなんて。すごく励みになりました。今後は自分のホームページを作ったりして、作品を発表していきたい」

CGで自分の表現領域を広げる情熱あふれる吉田幾俊氏

 3人のチャレンジドは、コンピュータ&ネットワークとの出会いで人生が変わった。しかし、在宅就労の観点から言えば、山崎氏はまだ必ずしも安定した仕事の受注があるわけではなく、久保さんと吉田氏は、まだ在宅就労の入口に立っただけである。通勤が困難なチャレンジドが、雇用関係を含めた安定した在宅就労によって自立を確かなものにするには、どんな条件整備が必要なのだろうか。フォーラムは、その問題はと進んだ。

在宅就労を支援する情報通信インフラづくり

 フォーラム副座長の清原慶子ルーテル大学教授は、郵政省で一昨年に持たれた「「高齢者と障害者の社会参加を支援する情報通信のありかたに関する調査研究会」で、「ネットワーク・インフラ」という言葉の他に、新たに「アプリケーション・インフラ」という言葉が使われたことの着目。同研究会の担当者だった郵政省課長に、その意味の説明を求めた。答えはこういうことだった。

 「ネットワーク整備は郵政省の行政課題だが、教育の情報化は文部省、医療における情報化は厚生省というように、ネットワークは途用では他の省庁に所管が分かれる。郵政省が共通的なものとして整備しなければならないものはたとえば『端末に互換性がある』『どこの地域でも使える』といった条件整備だと思う。そうゆうものを『アプリケーション・インフラ』と呼んで、2000年までに整備することを中期目標にした。チャレンジドの方々は情報通信インフラに対して、まだまだ『コストが高い』『使い勝手が悪い』というという不満があると思う。これを解消していかなければならない」

 民間の取り組みも紹介された。阪神大震災の被災地区で日本IBMがシステム開発を進める「情報弱者支援システム」。

 これは、チャレンジド・在宅勤務を依頼する企業等・障害者福祉団体等の協力団体・行政・ボランティア・一般市民の間の情報の流通を円滑にすることを目的としたネットワーク。担当者はこう説明した。

 「在宅就労のお見合いの準備をしたり、仲人をしたりするシステムになったらいい。ボランティアも同様で、頼みたい人とやりたい人がうまくつながるようにしたい。それから、これは災害時の情報環境に備えたシステムでもある。平常時でもチャレンジドは健常者に比べて、どこにどういう情報があるかが伝わりにくい状況がある。災害時に協力団体などがうまくサポートできるような情報環境を、平常時に作っておくことが大事だと考えて取り組んでいる」

 フォーラムは、東京の分会場とテレビ会議システムで結んで行われたが、東京からはNTTの「ハローねっと・ぼらんてぃあ」((昨年12月スタート)の紹介もあった。いずれもインターネットを利用したチャレンジド支援ネットワークだ。

就労を支援するNPOへの期待とその本当の役割

 しかし、情報通信インフラの整備さえ進めばチャレンジドの就労が進むわけではない。労働行政からは次のような報告があった。

 「昨年のテレワーク推進会議の報告では、『テレワークは障害者の雇用に新しい可能性を開く』と明記され、それを促進するために『障害者を支援するNPOとも連携しつつ検討する』との文言が盛り込まれた。来年(97年)は障害者雇用促進法が改正されるよていだが、そこで法廷雇用率も引き上げられる方向である。また、NPO法案が通ってNPOに法人格が与えられれば、NPOとの連携もしやすくなるだろう」

 NPO側からは、昨年から始まったプロップのインターネットによる在宅スキルアップセミナーの取り組みが紹介された。説明に立った講師の橋口孝志氏はこう述べた。

 「私はプログラミングを教えているつもりはありません。プログラミングを通じて、仕事とはどういうものか、社会とはどういうものなのかということを教えているつもりです。そこがわかってないと、いくら技術があっても実際にお客様と仕事をさせていただくことができませんから」

 チャレンジドの在宅就労を実現するには、次のような条件設備が必要なのだろう。すなわち、情報通信インフラの設備、就労の制度面での整備、チャレンジドの職業技術の専門性職業人としてのヒューマン・スキルを磨き育てる支援組織の活動。そして、もちろん本人の意欲・・・・。

手を取り合おうとする手がまだ届き合わない

 だが、これだけでは重要な問題が一つ抜けている。実際にチャレン ジドに仕事を委託したり彼らを雇用したりする企業の、社内的な条件整備である。企業人の発言からは、外部の条件整備に対応しようとする意欲と、まだ外部の条件整備に空白が多いことから来る戸惑いとが相半ばするのが感じられた。

 「当社の45周年イベントでは、リスクはあっても普通のプロにない新鮮な驚きがほしかった。イベント事体の社会的評価も高めたっかった。そこでプロップのチャレンジドの方々にやってもらったら、素晴らしいものを作ってくれた。ただ、正規雇用なら給与体系が決まっているからいいのだが、在宅のチャレンジドの方々に仕事を委託した場合、どんな対価を払えばいいのか。正直に言って、私にはわからない」(関西電力課長)

 竹中プロップ代表は、「仕事をやる側もわからないのが現状。自分たちの仕事をどう評価するか、早急に考えたい」と答えた。

 前出・吉田氏は、フォーラムの最後に発言を求められた時、こう述べた。

 「まだ一般に障害者のイメージがよく伝わってないと思う。情報を受ける権利と同時に発信する権利を実現しないと、『よくわからない人たちだから、どう働いてもらったらいいにかわからない』のままになる。ぼくの場合、マウスで絵を描くのは苦にならないけれど、キーボードで文字を書くとなると大変。つまり、情報発信にものすごいエネルギーが要る。こういう状況を何とかして欲しい」

 チャレンジドは意欲的に取り組み、技術や制度や企業は手を差し伸べようとし、その間を結ぼうとする活動も前進している。しかしそのすべての手を取り合おうとする手が、まだ届き合わない。そんな現状が浮き彫りになったフォーラムだった。具体的にどうやったら、その手が届き合うようになるのか。それが次回以降への課題だろう。竹中代表から「利恵ちゃんは何かある?」と発言を求められた前出・久保さんのか細い声のひと言が重かった。「仕事ください」。


第1回チャレンジド・ジャパン・フォーラム(東京)


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