読売新聞 2005年6月6日より転載

 

アメリカ視察報告 (上)

 
 

車いすでも駅スイスイ
券売機 点字や音声案内

 
 

交通機関に法で配慮義務付け

 

 年齢や性別、障害の有無などにかかわらず、だれもが能力を発揮できる社会作りを目指す与党ユニバーサル社会形成促進プロジェクトチーム(座長・野田聖子衆院議員)が5月上旬、アメリカの首都ワシントンDCを視察に訪れ、米障害者差別禁止法(ADA)が果たす役割を調査した。共生社会の実現に向けた取り組みを取材した。

(安田武晴)


券売機の写真
低い位置 切符買いやすく

*一人で楽々乗り降り

 「ここは、全米で最も障害者が公共交通機関を利用しやすい都市です」。ワシントンDCの地下鉄を運営する「ワシントン都市公園交通公社」のリッキー・エプステインさんは胸を張った。エプステインさんの仕事は、駅や電車などが障害者らに使いやすいよう配慮されているかどうかを監視すること。ADAは、公共交通事業者に、こうした配慮を義務付けている。

 エプステインさんの同僚で、電動車いすを使っているセレーヌ・ダルトンクミンスさんに、フォギー・ボトム・GWU駅からスミソニアン駅まで、地下鉄に乗ってもらった。

 首都の地下鉄全86駅に完備しているエレベーターで地下へ。車いすでも使いやすい高さに設置させている券売機で切符を買う。金額などを表示する文字は、視覚障害者が触ってわかるよう、大きく、しかも浮き出ている。点字もあり、音声案内も行う。

 驚いたのは、車両とホームの間に、すき間がほとんどないこと。電車の扉が開き、一人で楽々と乗り込んだダルトンクミンスさんが「通勤や買い物で毎日、地下鉄を利用しています。とても便利」と笑顔を見せる。視察メンバーからは「日本では、駅の職員がホームと車両の間に板を渡さないと、乗降できない場合が多い。この差は大きい」との声が上がった。

車両とホームの写真
すき間ない車両とホーム

*公共施設も対象に

 同公社によると、エレベーターが整備や点検で使えない場合、代わりにシャトルバスを運行する。地下鉄や路線バスの運転手、地下鉄の駅の管理者のほか、利用客とじかに接する職員全員に、障害者への配慮について訓練を受けさせているという。

 ADAの対象は、交通機関だけではない。公共施設にも様々な配慮が義務付けられている。視察初日に訪れた航空宇宙博物館やフランクリン・D・ルーズベルト記念公園でも、車いす利用者やベビーカーの子供連れの姿を多く見かけた。

 視察に参加した上野宏・国土交通省政策統括官は「障害のある人もない人も、一緒に活動することに抵抗感や違和感がない。子供のから学校や地域で障害者に接する機会が多いのではないか。日本も学ぶことが多い」と語った。

*日本でも改善進む

 米運輸省によると、全米の主要鉄道駅の8割、鉄道車両の7割、バスの9割がバリアフリー(障壁除去)となっている。

 一方、日本では、94年に公共の建築物を対象とする「ハートビル法」が、2000年には公共交通機関対象の「交通バリアフリー法」が施行され、状況は少しずつ改善している。

 ハートビル法では、2000平方メートル以上の病院や劇場、ホテルなどにエレベーターや車いす用トイレなどの設置を義務付けており、03年度末で約3割が実施。一方、交通バリアフリー法では、1日平均5000人以上が利用する駅・バスターミナルなどのバリアフリー化が義務化され、同年度末で44.1%がエレベーターやスロープなどで段差を解消。鉄道車両のうち23.7%、バスの27.3%がバリアフリー仕様となった。

 障害者団体などでは、公共の場所が利用しやすくなってきたことを評価する一方、自宅からバス停や駅までの障壁を取り除くなど、"バリアフリーの連続性"を求める声が高まっている。


障害者差別禁止法 直訳すると、「障害を持つアメリカ人法」(Americans with Disabilities Act=ADA)。雇用、行政サービスの提供、公共施設の利用など、生活のあらゆる分野で障害者が差別されることのないよう、必要な配慮を義務付けた法律。差別があった場合、申立機関に調査・救済を求めたり、民事訴訟を起こしたりできる。1990年制定。


ADAに関する参考文献は▼八代英太・冨安芳和編「ADAの衝撃 障害をもつアメリカ人法」(学苑社)▼日本弁護士連合会人権擁護委員会編集部「障害のある人の人権と差別禁止法」(明石書店)など。




プロップのトップページへ

TOPページへ