毎日新聞 2005年2月21日より転載

 

 
 

“米粒IC”が街で道案内
バリアフリー社会へ前進

 
 

携帯画面や音声で点字ブロック感知

 

 最先端のIT(情報技術)を活用して社会基盤を情報化する国のプロジェクトが動き始めた。道路や電柱、住所表示板など街角のさまざまな場所に「ICタグ」=ことば参照=を張り付け、専用の携帯端末にエリア情報などを提供する仕組みだ。国土交通省を中心とした産学官でプロジェクトが進められており、実用化に向けたプレ実証実験も神戸市内で実施。目的地までの経路や交通手段などの情報を「いつでも、どこでも、だれでも」入手できる環境が整えば、体の不自由な人の社会参画や就労を促すことにもつながる。町のバリアフリー化、すべての人が暮らしやすい「ユニバーサル社会」の実現に向け、神戸発の「インフラのIT化プロジェクト」に熱い視線が注がれている。

【田畑悦郎、写真も】

バリアフリー社会へ前進

技術革新が社会参画促す

すべての人を対象に

国土交通省近畿地方整備局
藤本貴也局長に聞く

藤本貴也局長の写真

 自律移動支援プロジェクトを推進する国土交通省近畿地方整備局の藤本貴也局長にプロジェクトの意義や今後の展開などについて聞いた。

−−プロジェクトの意義を教えて下さい。

◆一昔前までは、ハンディを持つ人に対する見方は「保護して、救済しなくてはならない」というのが普通だった。国の施策もこうした見方に沿ったものだったが、これからは健常者と同様、「社会に参画し、社会に貢献する存在」という見方が必要になってくる。

 社会参画に向けた挑戦をしやすくする環境の整備が国としての課題になってくる。自律移動支援プロジェクトは、障害を持った人だけでなく、健常者、高齢者、外国人などすべての人が対象となる。ITを活用して、だれでも一人で安心して外出できるような環境が整えば、社会とのかかわりは深くなる。

−−インフラのIT化が進むことになります。

◆昔に比べて、車椅子の人をよく見かけるようになった要因の一つは、車椅子自体の機能が大幅に向上したことだ。技術革新は障害を持つ人の社会参画を促す。社会基盤を整備する中で、ITの応用は今後ますます進んでいくと思う。

−−神戸でプロジェクトの実験を先行して行うのは?

◆阪神大震災から10年を経て、受けたダメージからようやく立ち直りつつある。防災面での意識も高く、神戸で実験を行う意義は大きい。また、神戸は古くから世界に開かれた町として知られており、外国からの訪問客も多い。実験は、4ヶ国語で行う予定で「国際観光都市・神戸」を世界にアピールする狙いもある。関西の経済が落ち込んだのは、震災による神戸のイメージが大きかったためと思う。交流を活発にし、経済の立ち直りを支援したいと考えだ。

−−プロジェクトの全国展開については、どのように考えているのですか?

◆ハード、ソフトともに実験中で、全国展開を話すレベルには達していない。理想的には来年度に本格的実証実験を行い、06年度以後、全国に広げていくことになるだろうが、当面、全国一律でプロジェクトを展開することは考えていない。プロジェクトに関心のある自治体は既にサポーターとして参加している。町おこしに利用したいというところもあり、今後はやる気のある自治体の取り組みを国としてバックアップしていく形をとると思う。

−−普及に向けた課題は?

◆仕様の統一が必要になる。地域ごとに仕様がバラバラだと利用者が混乱するだけだ。実証実験を進める中で、どのような課題が浮上するか、まだ分からないが、屋外に置くICタグの耐久性が起こらないかなど一つ一つ確認しながら進めていきたいと思う。

−−街のバリアフリー化で気になることはありますか?

◆道路を管理する立場からすると、車道に比べて歩道への配慮が足りなさ過ぎたかな、と思う。例えば、車道に穴が開いたりしようものなら大事故につながるとの危機感から監視の目は厳しくなり、補修を急ぐ。だが、歩道の場合は「歩行者はきっとよけてくれる」という甘えがあり、車道ほど管理に厳しい目が向けられていないのが実情だ。もっと歩行者への配慮が必要だ。

−−大阪や近畿のバリアフリー化の状況をどう見ていますか。

◆00年に交通バリアフリー法が施行され、市町村主導で基本構想を策定し、駅やその周辺の道路をバリアフリー化する枠組みが整った。基本構想の策定状況をみてみると、全国の約3割が近畿の自治体によるものだ。関東は20%台にとどまっている。この指標だけで進捗状況ははかれないが、法の施行でバリアフリー化が進み、近畿地区の自治体もますます頑張っている。

−−どうしてでしょう。

◆直感的に言うと、もともと大阪・関西の人は関東に比べておせっかい焼きが多く、体の不自由な人に優しいと思う。人情は厚く、困っている人を見ると放っておけない、という人が多いのでは。お上の顔色をうかがいながら判断する土地柄ではなく、必要ならば自ら動く土壌は整っている。
 また、バリアフリーとは直接関係ないかもしれないが、大阪は緑が圧倒的に少ない。JRの環状線の内側は、大阪城公園だけといった感じだ。今後、緑を増やすことがやすらぎを与え、大きな意味で心のバリアフリー化につながるのではないか、と思う。

 


バリアフリー基本構想

近畿が最も多く

府県格差是正が課題

交通バリアフリー基本構想
策定件数の地区別比率
近畿運輸局調べ
近畿29.4パーセント
関東25.6パーセント
中部11.7パーセント
北陸信越7.8パーセント
九州7.2パーセント
その他18.3パーセント

 近畿のバリアフリー化の進捗(しんちょく)状況はどうなっているのだろうか。

 00年11月に交通バリアフリー法(正式名称=高齢者、身体障害者等の公共交通機関を利用した移動の円滑化の促進に関する法律)が施行され、市町村主導で基本構想を策定し、駅などの旅客施設や駅前広場、周辺の道路などを一体的にバリアフリー化する枠組みが整った。基本構想を策定すれば、国から補助金が交付される。

 全国で策定された基本構想の件数は現在180件。このうち、近畿2府4県は53件で全体の約3割を占める。関東の46件、25.6%を上回っている。この点について国土交通省近畿地方整備局は「阪神大震災の被害もあって、バリアフリー化の意識が高まったのではないか」(交通環境部消費者行政課)と分析したうえで、「大手私鉄が互いを意識しながら、バリアフリー化によるサービスの向上を目指す土壌がある」(同)と近畿のバリアフリー化の特徴を説明する。

 同法の基本方針では、10年までに、1日の平均乗降客が5000人以上の鉄道駅を原則、バリアフリー化する目標を掲げている。乗降客が1日5000人以上か高低差5メートル以上の駅で、エレベーターの設置比率(04年3月末現在)は近畿が68.6%なのに対し、関東は52.7%にとどまる。全国平均は58.1%で、こちらでも平均点以上の成績となっている。

 ただ、近畿内でも地域間の格差は大きい。基本構想を策定した市町村の数は最も多い大阪府で20市を超えるのに対し、奈良県、和歌山県ではいまだにゼロだ。基本構想の策定の主導権をめぐり、市町村内の福祉部門と土木部門の連携がとれないケースもあり、バリアフリー化の推進のためには縦割り組織の弊害も重要になっている。

 


点字ブロック感知

店や商品紹介など
多様な情報を手に

自律移動支援プロジェクトデモンストレーション

実験の写真
ICタグが埋め込まれたブロックに近づくと、携帯端末に横断歩道の情報などが表示される

 白いつえを持った人が神戸・旧居留地の京町筋を南に向かって歩いている。らんぷミュージアム前の横断歩道に近づき、その向こうには日銀の神戸支店がある。つえの先で点字ブロックを探ると、手に持った携帯端末が突然反応した。

 「まもなく信号のある交差点です。横断歩道は正面と右方向です。日本銀行、神戸港方面へは正面の横断歩道を渡って直進してください。元町方面へは右手の横断歩道を渡って直進してください。東遊園地方面は左方向です」

 きめ細かな音声案内が聞こえてきた。携帯端末の液晶画面をのぞきこむと文字で案内が表示していた−−。

 今年1月、神戸市内で公開された「自律移動支援プロジェクト」のデモンストレーションの一こまだ。

 実際にモニターがシステムを使う本格的な実証実験は来年度スタートする。これに先立つ形で、昨年10月から旧居留地・京町筋と三宮の地下街「さんちか」でプレ実証実験が進められている。実際の街角でシステムの動作を検証するのが目的で、実験エリア内のあちこちにICタグ、位置測位システムなどを設置し、実験データを収集している。

 デモは、京町筋の点字ブロックに埋め込まれたICタグをつえの先のアンテナで感知し、携帯端末で情報を入手できるかを検証。また、車椅子にのった人がICタグ付きブロックの上を通過し、情報がスムーズに得られるかを確認した。

 また、交差点には観光案内版があり、ICタグ付きのプレートがすえつけられている。携帯端末を近づけると実際の街並みそっくりの立体地図が画面に表示された。交差点の南約100メートルにある市立博物館に安心して行けそうだ。

 バリアフリー情報だけではない。さんちかの点字ブロックではこんな情報も入手できる。

 「○○カフェでは点字メニューを用意しております。そのまま直進して最初の十字路を左折して下さい。15メートル先の左手、通路の反対側が入り口です」

 点字ブロックに沿って店の前にたどりつくと今度は「広い店内で香り高いヨーロピアンコーヒーと自慢の自家製のケーキをお楽しみください。営業時間はAM7:30〜PM9:00」

 表示と音声案内は日本語のほか英語、朝鮮語、中国語で可能だ。このシステムが実用化されれば、海外からの観光客も言葉の壁を感じることなく市内観光を楽しむことができる。

 06年2月の神戸空港開港で、神戸は陸海空の交通結節点となる。外国人観光客も多く、全国に先駆けて実験を行う意義は大きい。また、阪神大震災から10年を経て「災害に強い安心なまちへと生まれ変わろうとする神戸の思い」を世界に発信する意味も込められている。

 

"米粒IC"が街で道案内

自律移動支援プロジェクト

国の本格的実証実験
神戸市で05年度スタート

 「自律移動支援プロジェクト」で、国交省が昨年3月、「同プロジェクト推進委員会」(委員長、坂村健・東京大学大学院教授)を設立し、実現に向けた取り組みを本格化させた。

 携帯端末やICタグ、インターネット、カーナビゲーションなどの情報機器・技術を活用し、時間や場所を問わず情報ネットワークに接続できる「ユビキタス環境」を構築。移動経路やユーザーの位置情報などを提供し、障害者や高齢者、外国人ら何らの障害を抱えている人たちの自律移動を支援するのがプロジェクトの目的だ。

 日本では急速な少子高齢化が進んでいる。介護される人も、する人も高齢者となる社会が現実味を増しており、あらゆる人が一人で安心して出かけられるための情報提供や、そうした環境の整備が急務だ。

 また、政府は現在、訪日外国人倍増計画「ビジット・ジャパン・キャンペーン」に積極的に取り組んでいる。日本を訪れた外国人にとって言葉の壁は大きく、母国語で観光情報や移動手段の情報を提供することは今度、ますます重要になってくる。

 システムの実用化には技術や問題点を具体的に検証していく作業が不可欠だが、05年度から始まる本格的な実証実験を前に昨年10月、神戸市でプレ実証実験がスタートした。ハードを中心とした基盤技術の動作状況を現在検証中だ。

 プロジェクトの実用化に向けた関心は高く、同推進委員会にはIT関連企業などを中心に61社・団体がサポートとして参画。ICタグや位置測位システム、地図データなどをプレ実験に提供している。サポーターからの技術提供数が予想を上回ったため、当初、04年末までの3カ月で終える予定だった実験期間を約1カ月間延長し、検証作業を行った。

 また、バリアフリー社会の実現が公共サービスの重大テーマとなる中、自治体の関心も集まっている。プロジェクトには、北海道、東京都、大阪府、宮城、岐阜、宮崎各県など12の都道府県に加え、大阪、神奈川県厚木、愛知県豊田など5市がサポーターとして参画している。国交省は今年4月から約1年間、市民モニターの協力を求める「本格的実証実験」を実施。06年度に全国各地に徐々にシステムを広げていく計画だ。バリアフリーやITに関心の高い自治体が数多く参画したことで、全国展開に向けた環境の整備も着々と進んでいる。

 ただ、関係者は国内だけにとどまらず、将来的には世界各国への普及をにらんでいる。実用化を目指すシステムは欧米などで完成させたものではなく、これまでに例のない、日本初の世界標準(グローバル・スタンダード)の「次世代情報インフラ」となり得るからだ。

 普及を促すには、技術や仕様の公開が必要不可欠となる。インターネットと同様、新しいビジネスモデルの提案や企業・個人の自由な参画と利用を可能にする、オープンなシステムであることがカギを握る。

 その一方で、生活の隅々にまでネットワークが張り巡らされれば、個人のプライバシー保護の問題も浮上してくる。システムの安全性の確保やプライバシー保護、虚偽情報への対処方法などのルールづくりや法整備が実用化に向けた課題となりそうだ。

実証実験実施エリアの地図
ICタグの写真
指の上に乗った二つの小片がICタグ。技術革新で小型化が進む

携帯画面や音声で

高齢者や外国人観光客もOK

 今回、行われている実験の仕組みの概略は次の通りだ。

 ユーザーの持つ白いつえにはICタグ読み取り用のアンテナが内蔵されており、専用の携帯端末(ユビキタス・コミュニケーター)とつながっている。地面に敷かれた点字ブロックにはICタグが組み込まれていて、これを白いつえのアンテナが感知。携帯端末の通信機能を使ってサービスプロバイダーにアクセスし、地図情報や店舗情報が得られるというものだ。

 ICタグは米粒よりも小さく、しかも薄いため、点字ブロックに埋め込むだけでなく、薄いプレートやステッカーに組み込んで電柱などの街区表示板、駅・バス停、街路灯、建物の入り口などに張り付けが可能だ。携帯端末をこのプレートにかざせば、周辺情報を入手できる。

 ユーザーは端末画面の文字や画像で情報の内容を確認する。目の不自由な人は音声で情報を聞くこともできる。いわば、人の代わりに"場所"が声をかけてくれるシステムだ。地図情報との連携で目的地までの道案内を音声で行うことも可能で、初めての場所でも迷わずにたどり着けるようになる。

 これまでも、GPS(全地球測位システム)を活用して、携帯電話で周辺の地図情報などを得ることは可能だが、今回のシステムに使われるICタグにはそれぞれにID番号が付けられており、より精度の高い位置情報が得られる。GPSを活用した際によく見られる実際の位置との絶妙なズレは、今回のシステムでは解消されるという。

 将来的には、専用の携帯端末だけでなく、一般の携帯電話でもシステムが利用できるよう検討が進められている。

 今回のシステムはさまざまな場面での活用が期待されている。

 ICタグを活用することで目的地の正確な場所や入り口の位置まで、携帯端末の画面表示や音声、 振動で確認できる。例えば「2メートル前方左手に目的地のレストランがあります」といった音声案内だ。こうした機能を活用すれば、目の不自由な人が点字ブロックに沿って歩いてきたのに肝心の目的地が分からない、といったこともなくなりそうだ。

システムの概要の図
実証実験の写真
自律移動支援プロジェクトのデモンストレーション。つえの先で点字ブロックに埋め込まれたICタグを感知し、携帯端末からの音声で、横断歩道の有無などを確認する

 

事故、災害時にも

 事故や自然災害などの緊急事態の際には、避難場所までの道のりや避難方法などの情報を入手することもできる。電車など交通手段が不通になった場合でも、代わりの輸送手段が携帯端末で分かる。
 自分がどこにいるかを確認するだけでなく、店頭にICタグがすえつけられていれば、何の店なのか、名前は何なのか、飲食店ならどんなメニューがあるのか、料金はいくらなのか、知ることもできる。

 このシステムでは、外国語での音声案内や画面表示も可能なため、外国人観光客も言葉の壁を意識しないで交通機関を利用したり、目的地で観光や買い物を楽しむことができる。

 観光振興や人の往来の促進による地域経済の活性化という側面からも、関係者の期待も大きく膨らんでいる。

実証実験の写真
ICタグ付きプレートに携帯端末を近づけると、付近の立体地図や観光情報が入手できる

 


ICタグ(電子荷札)

モノ自体が情報の発信源に

 米粒よりも小さなIC(集積回路)を組み込んだタグ(荷札)のことで「電子荷札」と訳される。ICには大量の情報を蓄積できる。タグに付いているアンテナを通じて、離れた場所にある読み取り装置などと無線で情報のやりとりができる。半導体技術の向上で小型化が可能になり、商品などに張り付けられるようになった。

 形はカード型やラベル型などさまざまで、次世代版のバーコードなどとして利用が期待されている。例えば、スーパーの野菜など生鮮品にタグを付けておけば、生産地や生産者、栽培履歴、出荷日、お勧めのレシピなどの表示も可能だ。商品すべてにタグが付けていれば、買い物の際にレジの読み取り装置で瞬時に総額が計算できる。

 ICタグがあればモノ自体が情報の発信源となる。社会基盤などと結びつけば、時間や場所を問わず情報ネットワークに接続できる「ユビキタス社会」に一歩近づくことになる。総務省は、ICタグの普及が進めば07年ごろから経済波及効果が急激に表れ、10年には波及効果が最大で31兆円に上ると試算している。

 




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