NEW MEDIA 2004年9月号より転載

 

 
 

特別鼎談

 
  ユニバーサルユビキタス出会い
かつてないプロジェクト
目指す
 
 

 

今回のプロジェクトは、大石久和・前国土交通省技監のリーダーシップで誕生し、坂村 健・東大教授を委員長とする推進委員会が設けられた。本誌でおなじみの竹中ナミ・プロップ・ステーション理事長もその委員の1人。来年神戸で行われる実証実験については、坂村委員長と共にスーパーアドバイザーを務める。3人にプロジェクトにかける思いを語ってもらった。

(進行:吉井 勇・本誌編集長、写真:中和正彦=ジャーナリスト、写真:新井 誠)

 

大石久和氏と竹中ナミ氏と坂村健氏の写真

ユニバーサルとユビキタスで
少子高齢化日本の閉塞打破を


-- 3人の出会いとプロジェクト誕生の経緯をお聞かせください。

大石久和・前国交省技監 1999年に、当時の関谷勝嗣・建設大臣が「これから10年後の暮らしを語る懇談会」を設置しました。一人当たりのGDPが世界最高水準に達して以降、経済的豊かさの追求は国民的な夢足り得なくなった。1995年には生産年齢人口が減少に転じた。我々が行ってきた道路や住宅などのインフラづくりも、どんどんハードを作ればよいというものではない。いま何が求められているのか、有識者の方々の議論を聞かせていただこう。設立の趣旨はそういうことでした。
 竹中さんに初めてお目にかかったのは、その委員になっていただいたときですね。

竹中ナミ・プロップ・ステーション理事長 そうですね。私は、障害のある人もない人も、すべての人が持てる力を発揮して支え合う「ユニバーサル社会」を目指して活動してきました。「少子高齢化で日本はこれから衰退していく」と思っている人が多いんですけど、私は「ユニバーサル社会を実現できたら、日本はまた元気になれるぞ」という気持ちで活動しています。
 すべての人が力を発揮できるようにするために、当時の建設省にお願いしたかったのは、誰もが自由に移動できるインフラ整備。そこで、懇談会では「ITを活用して、誰もが自分で移動できるようにするための情報を載せた地図を作れませんか」という提案をしました。

大石 そのお話が入口になって、今回のプロジェクトに参画いただくところまできたわけですが、おっしゃるように日本の将来についての人々のイメージは暗い。私も行政官として、国民に何か明るいメッセージを出す責任があると考えていました。
 4省庁統合で国土交通省となったときは、その使命は何なのかを考えました。旧建設省でやってきたハードによる問題解決ではなく、ソフトも一体にした新しい問題解決を示したいと思いました。
 そして、私は「参画社会」という考えにたどり着きました。
 確かに生産年齢人口は減っているけれども、まだ社会に参画したいのに、制度や移動の問題に阻まれている人がたくさんいる。そのバリアを取り払うことを国家的命題というぐらい大きな問題ととらえて、最先端の技術を投入することによって、いまの閉塞感を打ち破ることができるのではないか。そう考えて坂村先生にお目にかかったら、まさに私が求めていたものにピッタリ合うお話と出会ったんです。

坂村 健:東京大学教授 私としては、「コンピュータを小さくして、どこにでも(ユビキタス)組み込んで、暮らしを便利にするという発想は20年前からあったけれども、ここ数年で急速に実現可能になってきた。やるなら今だ」というお話をしました。
 すると、大石さんは「国土交通省を挙げて取り組むのにふさわしい」とおっしゃって、ものすごく早い決断と強い実行力で、今回のプロジェクトの発足まで突き進まれたんです。
竹中 私は坂村さんが座長になることを知って、まさに「ユニバーサル」と「ユビキタス」の出会いだと思いました。それがいま、デートを重ねて、どんどんいい感じになっている気がします。(笑)。
 私が思っていた「ユニバーサル社会」は、やはり理念と技術がうまくかみ合わないと前に進めません。このプロジェクトでうまくかみ合って実現に向かっていると感じるんです。

 

坂村健氏の写真 技術開発の最初から利用者に参画してもらい、「すべての人のために」を実現する画期的なプロジェクトです。

坂村 健
Sakamura ken
自律的移動支援プロジェクト推進委員長
東京大学大学院情報学環
学際情報学府 教授

 

 
石原大臣、ユニバーサルPTの野田議員らと「未来の街づくり」に話しが弾む


すべての人に、オープンに
だから意見を言う責任も


-- プロジェクトの中で特に強調したい点は、どんなことですか?

坂村 一つは、「すべての人のために」という点です。
 例えば、目が見えない人は少なくても、目が見えない状態なら誰にでも起こることで、停電で真っ暗になったときの備えはすべての人のために必要です。そのような考え方で、障害のある人を特別視しないことが大事だと考えています。特別な人のための話にしてしまうと、資本主義の下ではお金も集まらず、なかなかうまく行きません。
 もう一つは、技術開発の最初の段階からオープンにして、誰でも参画可能にしていることです。
 IT関連ではこれまで、パソコンでも何でも、エンジニアが勝手に作ったものが突然社会に現れて、使えない人がいっぱい出てから「デジタルデバイドをどうしよう」という議論になっていました。
 できてしまってからでは遅いので、最初から利用者に参画していただくというのが今回の進め方で、これは画期的なことだと思います。

竹中 それは私たち一般国民の側からすると、自治意識が問われることになります。というのは、障害を持った人に限らず、いままで日本人は、生活に必要な基盤整備については何も言われなくて、お上がうまくやってくれるのを当然と思っていて、後になってから文句を言っていた。そういう態度は全然自治的ではないですよね。
 今回のプロジェクトでは、技術を持つ人と政策として推進する人が、最初から「こういうことを考えていますけど、ご意見はありませんか」と聞いている。「一緒に次の時代を拓くシステムを作りましょう」と言っている。自治という観点からみると、参画して意見を言うのは権利というよりも責任だと思います。

−− 今回のプロジェクトは、来年神戸で実証実験を行う計画になっていますが、先日その前段階としてデモンストレーションを行ったそうですが、成果はいかがでしたか。

坂村 竹中さんにお願いして神戸在住の障害のある方々に声をかけもらったら、700人ぐらいの方に集まっていただきました。しかも、意見を求めたら、皆さん熱心に、ものすごくたくさんの意見を寄せてくれました。私たちはいま、それを全部吸収して見直しを図っています。
 エンジニアは放っておくと、自分の考えだけでモノを作ってしまいます。しかし、利用者から「こうはできないのか」と言われたら、「やって見せましょう」と奮い立つのもエンジニアです。

竹中 まず、こういう新しい始め方のプロジェクトの実証実験が、阪神淡路大震災から10年目を迎える神戸で行われる計画になったことを、とてもうれしく思っています。
 神戸の人たちも、あの震災までは「災害の時は役所が助けてくれるもの」と思っていました。ところが、震災を起きたら市役所も区役所も被災者で、もう官も民もなく、一緒に力を出し合って必死に立ち上がるしかなかった。
 そういう意味で強烈に自治を迫られた経験の神戸の人々が、このプロジェクトの最初から参加して、意見を言って、全国に貢献するという流れを作りたいと思います。その第一歩が、先日のデモでした。
 中にはまた、説明を聞いて「それは困るわ」で終わってしまう人もいました。それではダメで、「私はこう困るから、こうしてほしい」と言えるようにならないといけない。デモや実験は、そういう訓練の場にもなると思いました。

 

竹中ナミ氏の写真 ユニバーサル社会の実現のためには、理念と技術がかみ合わないと前に進めません。

竹中ナミ
Takenaka Nami
自律的移動支援プロジェクト推進委員
社会福祉法人プロップ・ステーション
理事長

世界に貢献できる
u−Japanへの展望


−− デモをやり、実証実験をやる。その先の展望はどのようになっていますか。

坂村 私が委員長を務めさせていただいているプロジェクト推進委員会の役割は、神戸をはじめとしていくつかの地域で実証実験を重ね、全国で使う技術仕様を決めること。そして、北海道から沖縄まで、国も都道府県も市町村も民間企業も、同じ技術仕様で場所のインテリジェント化を推進できるようにすることです。

大石 小泉内閣は「民間にできることは民間に、地方にできることは地方に」を標榜していて、それはまったく総理のおっしゃる通りだと思います。しかし、国がやるべき仕事がなくなるわけではありません。今回のプロジェクトは、まさに国が先導的に取り組むべき仕事ですので、それをしっかりと国民の前に示していきたいと思っています。

竹中 いま総務大臣をされている麻生太郎さんは、以前から私の活動に関心を寄せてくださっているのですが、今回のプロジェクトには非常に関心をお持ちです。日本には世界最先端のIT国家を目指す「e−Japan戦略」がありますが、麻生さんはこのプロジェクトの話をお聞きになって、「ユビキタスとユニバーサルで、世界に誇れるu−Japanになる」とおっしゃっています。

坂村 インターネットでは、米国政府が30年にも渡って国費を使って作り上げたものを10年前に世界に公開して、世界中の人が使うインフラになりました。私は、今度のプロジェクトも同じようにできたらいいと考えています。つまり、大石さんがリーダーシップをとって始めたこの事業を、国家の威信をかけて完成させ、完成した暁には世界に公開する。そういうことをやってこそ、いまの閉塞感を打破できると思うんです。
 日本は、これから世界にどれだけ貢献できるか。政治や軍事ではなかなか難しい。しかし、技術開発の成果を公開して、世界に貢献することは可能だし、そういうことができたら「税金を投入した甲斐があった」ということになると思います。

−− このプロジェクトへの関心が非常な勢いで広がってきています。世界へ貢献できるプロジェクトとして、大いに期待しています。どうもありがとうございました。

 

大石久和氏の写真 国が先導的に取り組むべき役割があり、 それを国民の前にしっかりと示していきます。

大石久和
Oishi Hisakazu
前・国土交通省技監
■自律的移動支援プロジェクト推進委員会とは
委員会(委員長:坂村 健)は、ユニバーサル社会の実現に向けた取り組みの一環として、社会参画や就労などにあたって必要となる移動経路、交通手段、目的地などの情報について、いつでも、どこでも、誰でもがアクセスできる環境づくりを目的に設立された。内容の検討について、サービスワーキンググループ、技術革新グループ、神戸実証実験ワーキンググループの3体制で進めていく。
自律的移動支援プロジェクト推進委員会 http://www.jiritsu-project.jp/



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