日本経済新聞 2004年9月22日より転載

 

女性が輝く 〜ウェーブ関西

 
 
頼れる障害者 育成
 
 

IT習得促進/まず挑戦、自らの経験生かす

 

 「チャレンジド(障害者)を納税者にできる日本に」。こんなスローガンを掲げる社会福祉法人の理事長を務める女性が関西にいる。「障害者は弱者で健常者が支えるべき存在」という社会の意識を変えようと奮闘する姿を迫った。

 財務相の諮問機関である財政制度審議会財政制度分科会の地方公聴会が8月27日、大阪市内のホテルで開かれた。総勢約200人の参加者を前に、審議委員を務める竹中ナミさん(56)はこう発言した。

 「障害者は本当は、能力を発揮し、稼いだお金で税金を払い、社会への発言権も得たいのです。でも補助金制度は技術や知識を身に付けて仕事ができる障害者すら弱者として扱い、参加を拒絶する。それがモラルハザードを引き起こし、ひいては今日の財政赤字の一因となったのではないでしょうか」

 

ボランティア全国100人が登録

 竹中さんは障害者の自立・社会参加を支援する社会福祉法人「プロップ・ステーション」(神戸市)の理事長。障害者を対象に情報技術(IT)習得を目的とした講習会を開催している。「週1回で全10回のコースを2年間、福井県から片道4時間かけて通った人もいる」という。障害者の窓口役となって自治体や企業から仕事を受注、障害者の技術水準に応じて割り振る「コーディネート機関としての役割」も果たす。

 プロップには10人の専属スタッフと、全国各地にいる約100人の登録ボランティアが参加している。講習会で身に付けた技術を生かし、そのままスタッフやボランティアとして働く障害者も多い。コンピューターグラフィックスの講習会で講師を務めるスタッフの山岡由香理さん(21)も、養護学校在学中から通い始めてグラフィックスの技術を身に付けた。「プロップは自立するための第一歩」という。

 竹中ナミさんが障害者の自立支援に取り組むようになったのは、24歳の時に出産した長女がきっかけだった。生後3カ月健診で、重度の知的障害と肢体の不自由が重複する「重症心身障害」と診断された。医師からは「10歳までは生きられないでしょう」と告げられたという。孫の障害を知った父からは「このままではお前が不幸になる。この子を連れて死ぬ」とまで言われた。

 父の手前、娘のことでつらそうにするわけにはいかない。かといって、障害児向けの育児書も見当たらない。頼れる医師もいない。「もう専門家や専門書には頼らない」。そう決めた竹中さんは障害者の元へ自ら足を運び、どうすれば娘の気持ちが理解できるかや、娘をどう育てるべきかを学ぶことにした。

 

竹中ナミの写真
パソコンを障害者の就労支援に活用するプロップ・ステーションの竹中ナミ理事長(神戸市東灘区)

 

ネットで講習会2年内に実用化

 「目が見えなくても、他の五感で補えば外部の様子が分かる」。障害者と接するうちに、竹中さんは「障害者は決して”弱者”ではない」と思うようになった。さらにボランティア活動を通じて、高校時代にラグビーの試合のけががもとで全身マヒになった青年実業家と知り合う。実家のマンション経営を継いで生き生きと働くその姿を見た竹中さんは「意欲と努力、そして技術さえあれば、障害者でも社会を支える側に回れる」。そう考えて1991年、プロップ・ステーションを創設した。

 パソコンを使うことを思いついたのは「障害者にアンケート調査をしたところ8割近くが興味を示し、最も関心の高い分野だったから」。ただ当時はインターネットも普及していない時代。パソコンの機器もソフトも、講習会場もない。だが、そこは「コケの生えた心臓と口」を自任する関西の女性。コンピューター関連企業の経営者に根気よく支援を求めた。その結果、場所や機器、講師役を買って出る支援が相次ぎ、プロップの活動は軌道に乗った。

 当面の目標は「インターネット経由で受講できる講習会の仕組みを作ること」。テレビ会議の仕組みを応用する。既に教材づくりも始めており、2年以内に実用化することが目標だ。

 竹中さんはこれまで、官庁や地方自治体の委員を数多く務めてきた。「プロップの活動は、いわば実証プロジェクト。行政に直接働きかけることで社会の仕組みを変えられれば、数多くの障害者に役立てる」との考えがあるからだ。「おもろいことを考え、まず挑戦してみる。そんな風土の関西から、日本を元気にしたい」。竹中さんは今日も東奔西走している。

(大阪経済部 藤井良憲)

 




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