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SOHOドメイン(旧 月刊SOHO) 2004年6月号より転載

     
  プロップ・ステーション便り ナミねえの道  
 
 
  第23回――ナミねぇの著書
      『プロップ・ステーションの挑戦』を翻訳
         「LET'S BE PROUD!」
 
 
重複障害を乗り越えた
プロフェッショナルの前進
 
 
 
     

掲載ページの見出し
武者(むしゃ)圭さん(38歳)
サウンドスケープデザイナー・翻訳家
(プロップ・ステーション
在宅スタッフ)

プロップ・ステーション
プロップ・ステーションは、1998年に社会福祉法人として認可され、コンピュータと情報通信を活用してチャレンジド(障害者)の自立と社会参画、特に就労の促進と雇用の創出を目標に活動している。

ホームページ
http://www.prop.or.jp/

竹中ナミ氏
通称“ナミねぇ”。社会福祉法人プロップ・ステーション理事長。重症心身障害児の長女を授かったことから独学で障害児医療・福祉・教育を学ぶ。1991年、プロップ・ステーションを設立した。現在は各行政機関の委員などを歴任する傍ら、各地で講演を行うなどチャレンジドの社会参加と自立を支援する活動を展開している。近著に『ラッキーウーマン 〜マイナスこそプラスの種!』(飛鳥新社)がある。

 視覚障害者で点字が読める人の割合は、厳密に言うとわずか1割だという。それだけに音声ガイド機能があるコンピュータの普及は、就労のための武器として期待されている。プロップ・ステーションの翻訳者養成講座に学び、社会の第一線で活躍する武者圭さんのITへの取り組みは、後に続くチャレンジドの希望の光だ。


UDコンサルティングも開始

 武者圭さんは、視覚障害と軽度の慢性呼吸不全といった内部障害などの重複障害がある。公立の小学校から盲学校の中高等部を経て、国立音楽大学・大学院では「サウンドスケープ」を研究。その成果を論文などにまとめるため、文章を書く手段としてパソコンを独学で学んだ。一方、音楽学に必要な外国語の文献や資料を読むために英語はもとよりドイツ語、フランス語、イタリア語を履修。途中で体力的な限界と遭遇しながらも、持ち前の明るさと前向きな姿勢で難局を乗り越えてきた。

「音声ワープロからWindowsへと変遷する中で、アイコンの時代には視覚障害者がPCを使えなくなる状況もありました。Webの時代の今でも音声で読み取れないページも多く、視覚障害者とコンピュータの間には常に高いハードルがあります。その中で語学とITを駆使して社会で立派に活躍している武者くんの努力や自己研さんは大変なものです」(ナミねぇ)

――サウンドスケープとは。

武者●カナダの現代音楽作曲家R.マリー・シェーファーにより、1960年代末に提唱された比較的新しい分野の学問です。たとえば駅周辺の雑踏やBGM、店の呼び込みの声など混沌とした音を、安全かつ効果があるように整理整頓する「音環境デザイン」と言えるでしょう。現地に足を運んで音を分析調査し、PC上で標準MIDI※とWebファイルなどを組み合わせて効果的な音を出し、提案しています。単に、「視覚障害者に認知させるための音なら何でもいい」というわけではなく、一般の人にとって騒音や雑音にならないような誘導音の創作が求められています。

――音声ソフトについて。

情報コミュニティ「UDNJ」のホームページの写真
ユニバーサルデザインに興味と関心を寄せるメンバーが集まって作っている情報コミュニティ「UDNJ」のホームページ(http://www.udnj.org/)。「現場からの便り」のページで、UDNJ事務局に就任した武者さんの略歴等が紹介されている。

武者●本格的にPCを使い始めたのは大学に入ってからで、今は主に音声ソフトの「PCトーカー」と「ジョーズ」を利用しています。ホームページへのアクセシビリティに関しては、いまだにFlash対応にノンサポートのソフトウェアもあって、時代のニーズには十分応えていないものも少なくありません。

――プロップとの出会いは。

武者●大学院を卒業して2年ほど体調の悪い時期がありましたが、1997年にたまたまホームページでプロップが翻訳者養成講座を開講することを知り応募しました。メールのやり取りで約1年間テクニカル翻訳を学びましたが、印象深かったのは翻訳者の一人として、ナミねぇの著書『プロップ・ステーションの挑戦』の英訳プロジェクトに参加できたことです(英題『LET'S BE PROUD!』)。私にとって初めていただいた大きな仕事でした。

 最近では翻訳やサウンドスケープのほか、企業のユニバーサルデザイン(UD)化のコンサルティングのような仕事が増えています。障害者福祉は行政も障害者団体も縦割りなので、視覚障害者は視覚障害の立場でしか意見を言えません。私の場合、視覚障害に加えて内部障害や歩行障害があるので、トータルな見解が導き出せるかもしれませんね。


サウンドスケープ普及へ邁進

――その他の活動について。

武者●UNDNJ(Universal Design Network Japan)というユニバーサルデザインに関心があるメンバーが集まって作った任意団体で、事務局で総務を担当しています。ユニバーサルデザインという理念に合致するものは何かという議論や啓蒙活動をしており、現在120名余のメンバーで構成されています。

――ITの可能性と今後のビジョンについて。

武者●ITのおかげでいろいろなことが可能になってきましたが、まだ視覚障害者はこうだろうという先入観のみで製品を作る例も少なくありません。単にUDを標榜するだけ、あるいはモニタリング不足で製品がユーザーに受け入れられない場合がじつに多いです。企業が、「開発」「顧客管理」「マネジメント」などに全社をあげて本気で取り組まねば結果的に無駄になり、ブライドイメージを下げることになります。私自身は自分のできることをマイペースで、ITや人脈を大事にしつつ、かつ頼りきらないでバランスよくやっていきたいですね。サウンドスケープの普及はもちろんですが、まだまだ福祉における中途半端なガイドライン等を積極的に見直していくために手伝っていきたいと思います。

 視覚障害者、とりわけ生来全盲の人にとっては、PC自体のイメージから入る必要があるため習熟することは大変難しい。また、糖尿病による中途失明は年間4000人と言われ、比較的高齢者に多いそうだ。

「万が一、失明したときのことを考えるとコンピュータを使えるのとそうでない場合とでは雲泥の差があります。最低限、メールをやり取りできるくらいの技術を身に付けておけば、PCが間違いなく社会への窓になってくれるでしょう」(ナミねぇ)

 先般、国土交通省による「自律的移動支援プロジェクト」で、場所に情報をくくりつける技術が披露されたが、「視覚障害者は見えないだけに危険度は高く、全盲の人のおよそ3分の1がホームから転落あるいは身の危険を感じた経験があるそうです。点字ブロックの先に危険が潜む場合もあり、ICチップによる情報提供の重要性を今後もっと議論していきたいと思います」(ナミねぇ)。


※標準MIDI MIDIは「Musical Instruments Digital Interface」の略称で、デジタル音楽機器同士を繋ぐ世界標準インターフェイス。

[プロフィール]
武者 圭氏

サウンドスケープやコンサルなどの個人事業のほかに、(株)ユーディットの登録社員として視覚障害の立場でのWebや機器のアクセシビリティのチェックやモニタ、Webを用いた情報収集、英和・和英の翻訳などを担当。PCにスクリーンリーダ(画面情報を読み上げたり確認したりできるソフトウェア)を組み込んで作業している。

 


Column

障害者の在宅就業支援が
大きく前進

厚生労働省のホームページの写真
● 議事録の全文は、厚生労働省の以下のホームページで読むことができる
http://www.mhlw.go.jp/shingi/2004/04/s0409-5.html

 ナミねぇが委員を務める「障害者の在宅就業に関する研究会」(厚生労働省)は、このほど平成14年8月から11回にわたって議論された障害者にとっての在宅就業の意義や支援策の方向性等についての報告書を発表した。それによると、在宅就業は社会参加・参画に制約のある層にとっての多様な働き方の一選択肢として大きな可能性を内包しているとし、障害者に対する雇用支援策との関係に留意しながら、真に障害者の就業機会の拡大に資する方向で在宅就業の支援策を積極的に講じる必要があると論じている。昭和35年に制定された障害者の法定雇用率制度では、通勤困難や短時間しか働けないチャレンジドを就業に結びつけるのは不可能だっただけに、制度改正を含めた支援策への期待がますます高まってきた。

 


構成/木戸隆文  撮影/有本真紀・田中康弘


[チャレンジド] 神から挑戦する使命を与えられた人を示し、近年「ハンディキャップ」に代わる新たな言葉として米国で使われるようになった。


●月刊サイビズ ソーホー・コンピューティングの公式サイト http://www.soho-web.jp/
●出版社 株式会社サイビズ