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正論11月号 2003年10月より転載

     
  BOOK・LESSON  
 
ラッキーウーマン
マイナスこそプラスの種!
 
 
竹中ナミ
飛鳥新社・1,300円
 
 

 


 パソコンを武器にマイナスの環境を吹き飛ばし、プラスに好転させようと奮闘する女性がいる。竹中ナミさん、54歳。「ナミねぇ」と親しまれ、官邸や各省審議会、与党プロジェクトで関西弁で発言を重ね、自らの課題に挑戦するチャレンジド(障害者)に自宅で働く場を提供する。「本当はな…」と、ナミねぇも心に抱いていることが、きっとたくさんあると思う。でも喜びも悲しみも飲み込んで、きょうも新幹線で東海道を廊下のように走る。本書で元気を分けてもらった後、お礼に何ができるだろう。そう考えさせられる書である。

 

在宅で働く
ラッキーウーマン表紙の写真


 ――70歳、80歳代でパソコンを習うという方が増えました。

ナミねぇ コンピュータとコンピュータネットワークは、人類が火を見つけたのに匹敵するくらい大事な道具。私たちの生活を一変させました。どのへんが便利かはパソコンを使ってみた人だと分かってもらえるんやけど、パソコンとパソコン通信を駆使すれば、重い障害がある人も在宅で働けるようになりますねん。

 障害がある人だけやない。きのうまで元気にしてはった人が、事故で背骨を折って歩けんようになってしもうたり、スポーツ中に首の骨を折って手足がマヒしてしもうたり。人生、いつどこで何が起きて体が不自由になるかわからへん。

 それやのに、たちまち障害者や呼ばれて、会社や学校へ通えんようになったり。「保護と救済」が柱の福祉政策のもので、社会から隔絶されてしまいがちなんが日本社会や。パソコンを使ってみんなが誇りを持って働けるようになったら、支えられる側が支える側にまわることができて、高齢社会にも朗報や。

 私たちはコンピュータを活用して障害を持つ人の就労促進や雇用創出を目的に活動する社会福祉法人。「プロップ」というのは「支柱」「つっかえ棒」という意味なんや。「バリヤフリー」は障害者や高齢者の障壁となるところを解消するという意味やけど、もう一歩進んで「ユニバーサル」を目指してます。

 「ユニバーサル」はな、年齢や性別や障害の有無にかかわりなく、社会参画したり働いたりできるようにするって意味。ええ理念やなあ。

 ――パソコンを使った在宅就労はどんな例がありますか。

ナミねぇ バイク事故で右手と両足が動かなくなった後藤田勇二さん(41)はシステムエンジニアになった。筋ジストロフィーの中内幸治さん(45)も自宅からパソコンでサーバー管理してます。彼は、総務省との共同プロジェクト「チャレンジドのSOHO(在宅オフィス)を支援するシステムづくり」の責任者もしてる。絵本作家のくぼりえさんは、筋力が弱くて全身にコルセットしとかへんと車いすにも座れへん障害があるけれど、マウスをすべらせて作った絵本『バースデーケーキができたよ!』でデビューを果たした。こんな例はいっぱいあるんや。

 ――『バースデー……』は月刊頒布冊子が単行本になりましたね。

ナミねぇ 絵を描くとき、出かけることができなくても、インターネットで検索して調べ物ができる。りえちゃんは、電車の切符や宿もインターネットで予約して実際に取材旅行をして描いた。

 ――初歩から学んで収入につなげるのは大変と思います。

ナミねぇ 働くなんて無理、という概念の福祉政策で日本の世の中は動いてる。でも、これからの時代、働きたいという希望がある人は障害をもっていてもできるだけ働いて、納税者になることが大切や。

 全国アンケートをしたら、「パソコンを武器にして自分で稼ぎたい」「社会に貢献したい」という声が多かった。働くことは何にも勝る喜びだし、「支える側が増える」という構図になってハイスピードで進む少子高齢社会にぴったりやと思うんやけどなあ。

 ――福祉政策を変えよう、と。

ナミねぇ 例えば、日本の車いすは「褥瘡(じょくそう)、床ずれを予防する」という基準がない。プロップでパソコン技術を磨いて在宅ワーカーになったのに、体に合う車いすをさがすのが大変やったこともあった。骨格や筋肉の状態に合わせた米国製を購入することに決めたら県から却下されてしもうてん。確かに、ほぼ全額医療費の対象だから安い国産品の方をという主張も分かるんやけど、長い目で見たら、褥瘡で入退院を繰り返して毎年数百万円の医療費に税金を使うより、質のいい車いすを買って、働いて納税者になってもらう方が、ずっとええはずや。

 保護と救済が本当に必要な人と、小さな支援によって自立が可能な人を見極めてほしいんや。

 ――パソコン講習はどこで?

ナミねぇ 主に大阪、神戸。でも全国からメールでアクセスできるから全国展開の活動や! そういって平成10年厚生大臣に第二種社会福祉法人格を認可してもろうた。

 ――コンピュータを使った全国初の自立支援組織ですね。

ナミねぇ でも趣味のサークル活動やないから「自己投資しても絶対仕事したい!」って人しかとらへんかった。。

 

働いて納税したい
ビル・ゲイツさんと東京で
ビル・ゲイツさんとナミねぇのツーショット写真
竹中ナミさん 昭和23年10月神戸市生まれ。障害者(チャレンジド)を自立支援する社会福祉法人理事長。エイボン女性年度賞、教育賞、総務大臣賞など受賞。主著は『プロップ・ステーションの挑戦』(筑摩書房、11年テレコム社会科学賞受賞)、同英語版『Let's be proud!』(Japan Time、大修館『高校3年生用英語教科書』採用)、共著に川勝平太編「居心地のよい国ニッポン」(中央公論社)、筑紫哲也編「志の開拓者たちよ!」(日本経済出版社)など。『20世紀を彩った女たち』(集英社)にも登場。産経新聞、朝日新聞などに小論執筆中。http://www.prop.or.jp


 ――ご本では番頭さんの話が面白かったです。

ナミねぇ スタッフは9人やけど、ボランティアから専任スタッフになってくれた鈴木重昭さんはすっごく几帳面。大雑把で、めっちゃハッタリかましたり、風呂敷を広げまくる私とは正反対。

 壮絶なバトルはしょっちゅう。例えば朝の掃除は全員9時半に集まって行う。分担があって私は雑巾がけがノルマ。早く着いてメールチェックしている間にだれかが水汲みにいくと、すかさず「あんた代表ですよ。しめしがつかないでしょ」「だって早く返事したいねん」といってもあかん。「メールは待てるでしょ!」。

 宛名シール貼りも、新聞切り抜きも、私が100%まっすぐと思っても番頭にみせるとボツ。悔しい!

 でも私は講演会でよく言うの。「どんなNPO(民間非営利団体)も外で走り回ることが得意な企画力、営業力がある人と、中で細かいことをする人がいたら成功する」。仲良しさんが集まった組織はつぶれてる。組織には自分と違うタイプが必要で、彼は大番頭や。

 だけど、頭ごなしに叱られるとムカーッとする。後からどついたろか! と腹が立ったら、「これは修行や、耐えたらひとまわりもふたまわりも深い人間になれるはずや」って唱えてる。

 ――お嬢さん、元気ですか。

ナミねぇ 麻紀は重い脳障害を持って生まれて、つかまり立ちをして、少し歩けるようになったのが7、8歳くらいから。そのころから抱っこすると自分から体を寄せてくれるようになった。すっごいかわいかった! 30歳の今は足をガシッとからめて完全なおんぶができる。

 ゆっくり進んでいるけど、彼女の存在すべてがさまざまな目線や考え方、発想法を与え続けてくれた。

 みんな、それぞれの存在価値があり、役割がある。多くの人に出会ったけれど、働く機会の少ないチャレンジド、育児中の女性、ご年配の方たち、みんな思いは同じやねん。フルタイムでなくていい。短時間でも、通勤が無理でも、体調を気遣いながらでもいい。企業戦士だけではない、さまざまな働き方がこれからの日本には必要なんや。

 もちろん、仲介役のプロップ・ステーションがコーディネートをしっかりやって、納期を守り、質の高い仕事をすることが大事やけど。

 ――仕事の内容は。

ナミねぇ ポスターやパンフレット製作、アニメーション製作、キャラクターデザイン、ホームページの製作、販売管理や教育機関用成績管理システムなどのデータベース製作、プログラム開発、CAD(コンピュータ援用設計)やバース(透視図)の設計、DPT(MACを使った編集作業)。セールストークは「ええ仕事しまっせ!」。

 ――何人ぐらい控えてますか。

ナミねぇ 1,000人くらい受講して100人以上が実際に働いている。もっと仕事がほしい。自民党の幹部にね、この間の総裁選に出てはった人やけど「金はいらないから仕事ください」って言ったら、「補助金ください」と陳情ばかりの世の中で驚いたって。でも、みんな納税者になって、本当に働くことができない人たちと一緒に支えあう社会になったら、日本も安泰や。

 自分で働いて収入を手にしたとき、みんな例外なくこういうねん。「年金を振り込まれたときと、働いて得た報酬を振り込まれたときとでは、お金の価値が全然違う」。みなさんの仕事も1個でいいからアウトソース(外部委託)してくださ〜い。

(聞き手/本誌・牛田久美)