朝日新聞 2003年10月5日より転載

     
 

時流自論

 
 
 
 
福祉観と労働観の転換を
 
 

 

時流自論

 私たちの「プロップ・ステーション」は「チャレンジド(障害者)はもちろん、すべての人が持てる力を発揮し、支え合って構築するユニバーサル社会」を、産官政学民の連携によって創造することを目標に、活動を進めています。

 「ユニバーサルとバリアフリーはどう違うんですか?」とよく聞かれます。バリアフリーは「障壁の除去」といわれるように、困っている人のためにバリアを取り除きましょうという考え方です。

 それに対してユニバーサルは「バリアを取り除くだけでなく、その人が力を発揮する、つまり社会参画や就労を果たすまでを見据えた構造改革を行う」という意味を持ちます。

 あと十数年で2軒に1人は介護の必要な人がいることが予想される日本で、単なるバリアフリーでは活力ある社会を生み出すことは困難です。2軒に1軒は、家族で旅行するにも買い物に出かけるにも、現在の街の構造では移動が困難だし、介護する家族や、介護が必要な人自身が収入を得るための「働き方」も確立されていないのが現状だからです。

 一人一人の人が社会を構成する一員として活躍できる社会を創造する、というビジョンを持たなければ日本はもたへん!というのが、重症心身障害を持つ娘を授かったナミねぇの実感です。


竹中ナミ
竹中ナミの写真
たけなか・なみ 48年生まれ。神戸市に本部を置く社会福祉法人「プロップ・ステーション」理事長。

 私は今、障害者への支援費制度に関する厚生労働省の検討会に出席しています。会には多くのチャレンジドや介護事業者が参加し、「介護の量」についての意見交換は活発ですが、「介護を得ながら働くにはどんな政策が必要か」という議論にはなりません。

 人は介護を受けるために生きているわけではなく、「介護を得ながらも、どのように生きるか」が重要なはずなのに……。

 支援費は、アメリカのように「働くチャレンジドがアテンダント(有料介助者)を雇う」のとは違って「障害者が介護者を雇う費用を税金で保障する制度」です。だから「どれだけの支援費がとれるか」という攻防戦になっていて、本当の意味で障害者の人権を尊重する議論ではないのじゃないか、と感じています。

 働く意欲を持つ人を仕事から遠ざけ、弱者として福祉の対象にしてしまうという福祉観からの脱却を日本は果たさなければと思います。

 私は精神障害の友人が多数おり、この20年来、うつや統合失調症にかかわる相談をよく受けます。そんな友人である青年(大学院在学中に発病)が、最近「ナミねぇと付き合って、自分の精神障害を卑下する気持ちを捨てようと考えている」というメールをくれました。とてもうれしく、私は彼にこんな返事を出しました。

 「精神に障害を負う人は、多くが繊細で感受性豊かな人たちです。だからこそ、そうした人は自分を取り巻く環境や置かれた状況にあつれきを感じやすく、自己防衛のために心身が『社会的に精神障害と呼ばれる状態』を起こしてしまうのだろうと思います。ナミねぇのようにアバウトな人間が打たれ強いのは、ある意味『鈍感』だからです、ははは。人は、一人一人違っているので、社会との距離の置き方や働き方などが違っていて当たり前です」。

 

車いすの人たちのコラージュ


 精神障害を持つ人が本当に必要なのは、「画一的な働き方を得るチャンス」より、体調と精神状態のいいときだけ働けるというような、「その人にあった働き方の創出」だろうと思っています。

 もちろん、これは精神障害のチャレンジドだけではなく、定年後も働きたい高齢者、育児や家族の介護をしながら働きたい人、リストラに遭って新しい働き方を探っている人など、すべての人に当てはまる考え方です。

 人は皆、社会を支える側に回れる時と支えられる側に回って生きる時の両方があります。私の娘のように「人生のすべてにおいて、支えられなければ生きていけない人」も存在します。

 それなら「支える側に回れる時だけ働く」という労働観があってもいいはずですし、そのようなシステムが創出されてもおかしくないと思います。

 バリバリと働ける人のシステムと、ゆるやかに働くことが必要な人のためのシステムの両方が同時に存在し、柔軟に行き来の出来る社会を実現することは、夢物語ではないと私は思っています。

 超バリバリ働けるナミねえが、超働けない娘を授かるというのが「現実の出来事」なんですから、その現実を受け止めるシステムを人間が創造するのは、人の使命ではないでしょうか。

 「壮大な夢やけど、取り組む価値があると思うでしょ? そのためにはまず、あなたが自分を卑下するのを止めることが『はじめの一歩』です。聡明なあなたが、すでに『一歩』を踏み出そうとしているのを、頂いたメールから感じて、ナミねぇはうれしいです」とメールに書きました。

 時あたかも総選挙直前です。国民の一人からのこの提案を、政治家をめざす皆さんが真正面から受け止めて下さることを、願ってやみません。


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