朝日新聞 2003年8月3日より転載

     
 

時流自論

 
 
 
 
産官民つなぎ「充実の10年」
 
 

 

時流自論

 介護や介助の必要なチャレンジド(障害を持つ人)がIT(情報技術)を活用して働くということが夢物語ではなくなろうとしています。また、ほんの10年前には「産・官・民が連携して社会を変える」というプロップ・ステーションの考え方は異端でしたが、今やそれも当たり前。この10年間は「失われた10年」ではなく、まさに「充実の10年」。隔世の感がありますね。

 私たちは今年5月、「チャレンジド・クリエイティブ・プロジェクト(CCP)」を開始しました。チャレンジドの人々が作業所や授産施設で作った製品を、大手のカタログ通販会社フェリシモのデザイナーやマーケティングチームの助言を受けて徹底的に磨き上げ、全国の顧客に向けて通信販売する事業です。福祉就労の場を本当の働く場にし、本当の社会参加を実現しようという狙いです。

 フェリシモとプロップが本部を置く兵庫県と神戸市も協力体制をとっています。全国の作業所、授産施設がCCPに参加していただけるよう、必ず成功モデルを生み出さなければと決意しているところです。

 また8月からは、NTTネオメイトが開設した「デジタル地図バーチャルファクトリ(仮想工場)」に、プロップのチャレンジド・メンバー7人も参加して、自宅のパソコンを通して電子地図作製の仕事をすることになりました。

 プロップの活動を担うチャレンジド・メンバーの多くは在宅で、あるいは施設で介護を受けながら、ブロードバンド(高速大容量)によるテレビ会議やインターネットで会議をしながら仕事を進めています。

 画像、音声、文字が双方向でやりとりできるので、聴覚障害のチャレンジドと視覚障害のチャレンジドがリアルタイムに「交流」できます。日本のプロードバンドの使用料金は今や世界で最も低廉な価格になったので、オフィスに通わない、あるいは必要に応じて通う遠隔ワークはますます広がっていくんやないかな、と感じています。これはチャレンジドにとって大きなチャンスでもあります。


竹中ナミ
竹中ナミの写真
たけなか・なみ 48年生まれ。神戸市に本部を置く社会福祉法人「プロップ・ステーション」理事長。

 ところで、プロップが在宅ワークを推進できるのは、最先端の技術を持つ多くの企業と連携しているからです。チャレンジドがプロをめざすとき、本当のプロに学ばなければプロにはなれません。趣味程度の人に学んだ技術は、残念ながら趣味レベルにしかならないというのが厳然たる事実です。

 日本のチャレンジドの多くは、高等教育を受ける機会から遠ざけられてきました。これは学歴社会の中で、「職業選択の幅が狭い」という結果につながってきました。チャレンジドのマイナス部分にのみ目を向けた教育制度、雇用政策、福祉政策を根底から変えなければ、現状の打開は難しいでしょう。

 スウェーデンや米、英では30年以上前から「チャレンジドを誇りある国民の一人として位置づけ、納税者にする」ことを目指す政策をとってきました。つまり「障害を個人の問題にとどめず、障害を障害でなくすことが福祉政策」なんです。

 意識と制度は「コンニャクの裏表」やから、国民の意識が変わらなければ社会制度も変わりません。主権在民の国で制度を変えるのは、国民自身の責務であり権利です。私たちが様々なアイデアを出し成功モデルを生み出さなければなりません。

 プロップでは、企業に支援を求めるときも「かわいそうな障害者を応援してください」とお願いしたことは一度もありません。「チャレンジドは学び、働くことによって社会を支える一員になれるし、よき消費者にもなれます。企業として先行投資の感覚でバックアップしてほしい」と訴えてきました。

 企業は「同情」で行動することはできないけど、社会責任を担う組織としての使命感でプロップとお付き合いして下さっているわけです。

CPP写真のコラージュ


 また、プロップは志を持つ多くの公務員とも連携しています。多くの制度が“金属疲労”している今、時代を変えなければいけないと真剣に考える公務員が増えなければ、NPO(非営利組織)やNGO(非政府組織)の活動も成果を上げることが難しいでしょう。「官民対決」から「官民が互いの役割を果たしつつ連携する」へ。これが変革のスピードアップにつながります。

 チャレンジドと在宅ワークをつなぐプロップのような機関が全国各地にあれば、チャレンジドの就労はもっと進むと思われます。障害者の法定雇用率の制度にも問題があります。雇用率を達成していない企業は罰金(納付金)を払うことになっていますが、罰金ではなくチャレンジドに仕事を外注してもいいことにすれば、多様な働き方をバックアップすることになるでしょう。官民の総合力で新しい制度を作り上げていかなければならないと思います。

 プロップが21、22日に千葉県とともに幕張メッセで開く「チャレンジド・ジャパン・フォーラム」には各地の知事や企業トップの参加が予定されています。企業と役所と民間の現場が、お互いの得意分野を認識しあって連携するというスタイルが新しい民主主義を創造するのやないか、それがユニバーサル社会への第一歩や!と思う私です。


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