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致知 2003年7月より転載

     
 
挑戦する課題を
与えられた人々
 
 

竹中 ナミ

 
 

 

 「おまえ絶対に苦労する。娘がそんな苦労するなんて父親として見るに忍びない。だからワシがこの子を連れて死んだる!!」

 30年前、父が生まれたばかりの私の娘、つまり自分の孫を抱き上げてそう言いました。

 私は現在、障害をもつ方々への就労支援を行う社会福祉法人「プロップステーション」を運営していますが、思い返せば、始まりはこの父の一言でした。

 娘は生まれながら重度の心身障害者です。赤ちゃんの時は自分でおっぱいを吸うこともできませんでした。私が自分で母乳を絞り、人肌に温め、ゆっくりゆっくりスポイトで飲ませていると、気がつけば2時間もたっているのです。また、彼女は接触拒否というか、抱き上げると火をつけたように大声で泣き叫びました。私はずっと娘に付きっ切りで1日3時間しか眠れません。そんな生活ぶりを知り、私を溺愛(できあい)していた父は冒頭のようなことを言ったのです。

 父の血相を見て、「この人、本気やわ……。私がこの子抱えて毎日しんどそうにしていたら本気で娘を殺しかねない。そんなんかなわんで」と思い、その日以来、どんなことがあっても毎日楽しく、明るく生きていこうと自分に誓いました。

 しかし、です。どんなに私が楽しく「障害児の母ちゃんライフ」を送っていても、周囲の人たちは「大変ね」とか「自分を責めちゃダメヨ」とか言う。また、娘を通して知り合った障害者を子に持つ親たちも、「この子の将来が心配で……。1日でいいからこの子より後に死にたい」と口をそろえる。私はそんなんおかしいやろ、と思いました。親が子より先に死ぬのが世の道理。子どもに障害があるからといって残して死ねないとは、なんといびつな社会だろう。

 これまで日本の福祉は、一部の若い健常者たちが払う税金により障害者や高齢者は支えられていました。これから少子高齢社会になれば、支えられる人の比率が高まり、日本経済は破綻(はたん)しかねません。このシステムを変えない限り私だって安心して死ねない。なら社会の仕組みを変えたると思い、立ち上げたのがプロップステーションでした。

 私たちはまず、「障害者」と呼ぶことをやめ、米国で使われている「チャレンジド」という名称で呼ぶことにしました。これは“神に挑戦すべき課題を与えられた人々”という前向きな意味なのです。

 次に全国のチャレンジドに意識調査を行いました。なんと、8割のチャレンジドが「働きたい」という意志を持っており、なおかつ自分たちが社会で働く時に武器になるのは、「コンピュータ」と書いてきたのです。当時、まだコンピュータは高価で一般家庭にも普及していなかったのに、彼らは最先端の科学技術が武器になることを予感していたのです。

 「本人たちがやる気になっているんだから、コンピュータでいこう」ということで、私たちはコンピュータを活動の柱に据え、就労支援を始めました。まず、コンピュータのセミナーを開き、そこである程度スキルを身につけたら、プロップが企業や行政と契約した仕事を斡旋(あっせん)する。その内容はプログラミングであったりデータベースだったり、ホームページの作成など様々ですが、品質、納期、価格、何かあった時の責任はすべてプロップが負うことでクライアントの信頼を得ます。もちろん、チャレンジドは健常者と同じように働くことはできませんが、自分ができる時、できる場所で、できる仕事をしながら、社会を支えていくのです。

 この10年、ITの普及によりチャレンジドを取り巻く環境は大きく変わりました。われわれのセミナーを受けてしっかり仕事をし、納税者となったチャレンジドはたくさんいます。しかし、私たちの活動は決してコンピュータを普及することではありません。彼らの中に眠っている能力やそれぞれの長所を引き出す手段としてコンピュータがある、ということを伝えているに過ぎないのです。

 かくいう私は、実は機械オンチで、コンピュータはいくら教えられてもいまだに指一本でメールを打つ程度しかできません。当然、彼らに技術を教えることもできないし、真剣に勉強し努力しているチャレンジドには、半年から1年くらいで追い越されてしまいます。

 しかし、私には口と度胸という武器があります。大手企業へ乗り込んでいって無料でセミナールームを借り、そこへ一流の講師を口説き落として連れてくる。政財界の大物に働きかけ、支援を取り付ける。チャレンジドの中に眠るどんな小さな才能の光も見逃さない。
そしてプロップに関わる一人ひとりの力や才能をつなぎ合わせ、さらに大きな力にしていくのが私の仕事。言ってみれば、メリケン粉のような役目です。

 健常者でもチャレンジドでもできることとできないことがあります。これまでの福祉は「障害があるからできないこと」ばかりに焦点を当て、「障害があってもできること」に蓋にしてきました。私はその蓋を取っ払いたい。そして21世紀は、「チャレンジドの中に眠っている能力を社会に引き出すことこそ福祉」といわれる世の中にしたいと思っています。

(たけなか・なみ=プロップステーション理事長)