朝日新聞 2003年5月29日より転載

     
 

時流自論

 
 
 
 
チャレンジドが支える社会
 
 

 

時流自論

 6月初旬、アメリカのワシントンDCを訪れました。米国防総省の「コンピューター電子調整プログラム」(CAP)理事長、ダイナー・コーエンさんに招かれたのです。99年、シアトルで開かれたパソコンによる在宅就労(テレワーク)の国際会議で「チャレンジド(障害者)のテレワーク」という分科会に参加したとき、講師を務めたのがダイナーさんでした。

 CAPは国防のために開発された最先端技術を駆使して、重度のチャレンジドが政府職員や企業人として働けるよう、訓練や就職支援をする機関です。事務局には、話した言葉がリアルタイムで文字に変換されて画面に現れるソフトウエアやチャレンジドのために開発された機器がズラリと並んでいました。

 01年9月11日のテロによって建物の一部が倒壊された国防総省では多くの犠牲者が出て、心身に重度の障害を負った職員もたくさんいます。CAPはそういう人たちのためにプログラムを組み、次第に仕事に復帰しつつあるそうです。

 補償金だけでなく、仕事への復帰を保証するのが政府の方針だとダイナーさんは語りました。「すべての国民が誇らしく生きられるようにすることが国防の一歩ですからね」。実は彼女自身、難病のチャレンジドでもあるのです。


竹中ナミ
竹中ナミの写真
たけなか・なみ 48年生まれ。91年設立の「プロップ・ステーション」(本部・神戸市) 理
事長。

 ところで今回の訪米の目的は、ブッシュ大統領が掲げる「ニューフリーダム構想」に基づいてチャレンジド政策を検討する省庁間会議に、オブザーバーとして出席することでした。驚いたのは、集まった25人の官僚の半分が女性、そして全盲の人が2人、手話通訳がつく聴覚障害の人1人を含めて7人がチャレンジドだったことです。

 しかも、本来はあと5人がチャレンジドだけど、他の会議と重なったので障害を持たない職員が代理出席している、ということでした。アメリカではチャレンジドの就労について、政府自らが範を示すことを法で明確にしており、政府職員の7%がチャレンジドだそうです。

 「ニューフリーダム構想」が「すべてのこどもたちに分け隔てのない教育」を最重要課題として挙げているのに、私は大変共鳴しました。ワシントン大学ではすでに7%の学生がチャレンジドであり、全米平均でも学生の3%がチャレンジドとききました。今後は、これを人口比率に近い10%まで上げようと努力しているとのことです。

 振り返って、日本のチャレンジドの大学在籍率は0.09%ときいたことがあります。日本のチャレンジドの能力が劣っているからではありません。チャレンジドに期待する哀れみの目で見る国民意識と教育制度の違いから来た結果です。チャレンジドの社会進出の壁をなくすには教育改革からや! と改めて実感しました。

 アメリカには、私たちプロップ・ステーションの活動を支援してくれる力強い人、マイクロソフト社のビル・ゲイツさんもいます。同社からは、プロップのコンピューターセミナーにいつも最新ソフトウエアが提供され、また複数の重度チャレンジドがプロップの紹介で社員として採用されました。そんなご縁で今年2月に来日したビルさんにお話をきく機会を得ました。

 「コンピューターは、人々が自分でも気付けなかった可能性に気がつく助けになる」というビルさんは、チャレンジドにとってコンピューターは社会の突破口になると断言します。

 そのためソフトだけでなく、視覚障害者のための音声システム、片手だけで操作ができるキーボードなどさまざまな周辺機器の開発も進めているということでした。「コンピューターがチャレンジドに役立つようにすることが我々の使命」「ユニバーサル社会を一緒に推進していきましょう!」。力強くビルさんは語りました。

ビルゲイツさん他のコラージュ


 かつてビルさんに頂いたメッセージの中に、チャレンジドのための設備や規則は他の人にも恩恵が及ぶことがある、とありました。例えば車いすのために設置された道路のゆるやかな傾斜は、ベビーカーや自転車を利用する人にとっても便利です。チャレンジドの社会参画推進は、高齢者や女性の社会進出にもつながります。ビルさんの生き方が誰もが暮らしやすいユニバーサルな哲学に裏付けられていることがとてもうれしく、また力強く感じました。

 これはビルさんの個人的な考えというだけではありません。アメリカには「障害を持つアメリカ人法」(ADA法、90年制定)があり、企業にもチャレンジドが使いやすい機器の開発が義務づけられているのです。

 今回、同法の制定に尽力したジョン・ケンプさんにワシントンで会いました。幼いときに両手と両足を失いながら、義足、義手で弁護士として活躍し、チャレンジド政策を政府に提言するボランティアリーダーでもあります。「チャレンジドが社会を支える一員でなければいけない」という彼の穏やかな口調が印象的でした。

 ついでながら、ワシントンのレストラン数カ所で、振動と光で順番がきたのを知らせる十数センチ角のプラスチック板を手渡されました。レストラン以外に病院、銀行などでも利用できそう。ユニバーサルなグッドアイデアやなぁと思いました。


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