朝日新聞 2003年4月13日より転載

     
 

時流自論

 
 
 
 
納税する「チャレンジド」に
 
 

 

時流自論

 世の中、閉塞感に覆われ、経済も低迷しています。発想を変えて元気を出してみませんか。
 コンピューターを活用してチャレンジド(障害者)の日立と就労支援をする社会福祉法人「プロップ・ステーション」を設立して12年。チャレンジドへのコンピューター講習を行い、企業や自治体から仕事を受注して在宅でも働けるようコーディネートするのが主な活動です。
 障害の有無にかかわらず、持てる力を発揮し、支え合って生きる日本の国にせなアカン、「税金からナンボとってくるかが福祉」という福祉の世界の常識を覆そう!というのが私たちの狙いです。スローガンは「チャレンジドを納税者にできる日本」。
 「チャレンジド」というのは、15年ほど前、アメリカで「ハンディキャップド・ピープル」という呼称に代わって生まれたことばです。「挑戦という使命や課題、チャンスを与えられた人」という意味を持つ「ザ・チャレンジド」という言葉にすごい共感を覚えて、私たちも「障害者」ではなく「チャレンジド」を使うようになりました。
 アメリカやスウェーデンでは「チャレンジドが誇りを持って働き、納税者になる」というのは当然のことと受け取られています。政府機関や教育機関、企業やNPOでいっぱい彼らが働いています。


竹中ナミ
竹中ナミの写真
たけなか・なみ 48年生まれ。91年設立の「プロップ・ステーション」(本部・神戸市) 理事長。近刊に「ラッキーウーマン」。

 でも日本では介護や身辺サポートが必要なチャレンジドが「働いてお金を稼ぎたい」といっても、「無理なこと」とされてきました。「家族が面倒みたらええねん」「年金や補助金あげるから、静かに安全に暮らしなはれ」という「保護と救済」がセットになった福祉観が根強く、就労への強い思いはいまだに理解されないようです。

 福井県に住む在宅ワーカー、山崎安雅さん(30)のケースはその典型です。バイク事故で頚椎を骨折し、全身マヒになった山崎さんは、自力で体を動かせないので、パソコンに長時間向かっているとお尻に褥瘡(床ずれ)ができてしまいます。

 褥瘡がひどくなると命取りになるのは、高齢者の介護経験のある人ならご存じでしょう。日本の車いすは「褥瘡を予防する」という製造基準がないので、彼のような人が1日数時間座っていると必ず褥瘡ができて、入院治療が必要になるのです。「働いて稼ぐんや」と決意してプロップでパソコン技術を磨き、在宅ワーカーになった山崎さんにとって、入退院は絶対防がなければならないことです。

 彼の骨格や筋肉の状態に合わせたアメリカ製の「オーダーメード・シーティング」の車いすにかえたら、褥瘡は防げます。購入を決めたところで、大きな壁が立ちはだかりました。

 車いすは、ほぼ全額が医療費の対象ですが、県に申請すると「基準外」ということで却下されてしまったのです。確かにその車いすは国産品に比べて高額です。だが、褥瘡で入退院を繰り返し、毎年数百万円の医療費(税金)をかけるより、彼が働いて納税者になる方が、社会全体にとってもいいはずです。

 残念ながら、国産車いすの補助額しか認められませんでした。その理由がまたすごい。
「彼はわずかに肩と腕を動かせる。もし、あごだけでしか操作できないのであれば、海外のものでも認可の対象になるかもしねない」というのです。

 「不自由な手で車いすを操作できるよう必死の訓練を続けてきたけど、こういう努力はしない方がよかったのか。働こうという意欲は認められへんのか」と山崎さんはがっかりです。

 「車いすに長時間座っていると褥瘡ができるのは当たり前」「障害者の宿命」とまでいわれています。恥ずかしいことではありませんか。高齢化に伴って、車いすの使用者はますます増えるでしょう。一人でも多くの人が障害があっても健康に暮らしていけるよう、見直さなアカンことはいっぱいあります。

セミナー風景と車いすのコラージュ


 徳島市の後藤田勇二さん(41)の場合、重度障害者施設の居室に専用の電話回線を引いて、パソコンの勉強を続けて働きたかったのですが、電話の引ける施設がなかなかみつかりませんでした。

 22歳のとき、バイクの転倒事故が原因で、手足の自由がきかなくなりました。父親はすでになく、高齢の母親に全面介護の面倒はかけたくないと、自分で施設を探して家を出たのが13年前のことです。

 やっと2年前、現在の施設を見つけて、居室を電脳化し、在宅プログラマーになりました。後藤田さんはいま、私たちが総務省の協力を得て行っている「チャレンジド・テレワーク支援のための調査研究」のリーダーとして、大活躍しています。本人が決してあきらめないこと。周囲の環境が整うこと。そうすれば願いはかなうのです。

 昨年、与党女性議員政策提言協議会に、すべての人が持てる力を発揮できる社会に向けて法整備を視野に入れた「ユニバーサル社会の形成促進プロジェクトチーム」ができました。近く与党全体のプロジェクトになるそうです。厚生労働省でも「障害者の在宅就業に関する研究会」が発足し、私も要員を務めています。

 時代は動いています。だれもが自分の身の丈に合った働き方で支え合う社会は、夢物語ではないはずです。


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