福祉用具産業の明日を拓く

第2回福祉用具産業化シンポジウム見学記

ようやく顕在化してきた市場環境の中で進出機運盛ん
利用者のノウハウを生かした商品開発が課題


兼子宗也 日刊工業新聞記者


 便利で使いやすい用具を開発し事業への展開を目指す「第2回福祉用具産業化シンポジウム」が平成7年10月5、6日の2日間、京都市の下京区中堂寺南町の京都リサーチパークで開かれました。高齢者社会になりつつある中で、「本当に障害者や高齢者の役に立つ機器を開発するため、経験を積んだ人々の識見を持ち寄り、正しい進路を見出そうとする」(実行委員長=斉藤正男東京大学名誉教授)ことを目的に通商産業省、新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)が開いたものです。福祉の第一線にいる医師、デザイナー、教員、福祉施設関係者らが集まって、福祉用具ビジネス産業に進出意欲を持つ会社の技術者たちが熱心に情報を集めていました。参加者は、北海道から沖縄に至る全国から279名を数えました。


□産業化して信頼のおける福祉用具を供給しよう!

  福祉用具産業化シンポが開かれた背景には、少子社会、高齢者社会を迎えて福祉サービスの充実が緊急の社会的問題だという認識があります。とりわけ、地域や在宅福祉の向上が望まれるのと逆に家庭の介護力が低下し支援が必要なこと、日常生活だけでなく自立や社会参加などより高度な欲求を満たす必要が強くなってきているので、福祉用具の改善への期待が高まっていることがあります。
 そこで、国は平成5年10月に「福祉用具法」を施行し、併せてNEDOが福祉用具実用化助成制度を始めています。そして平成7年6月には通産省の中に医療機器・福祉機器産業室を設置して、産業としての福祉機器業界を高度化し、より実用性が高い福祉用具を合理的に供給させ、福祉サービスの高度化と市場の健全な成長を実現しようというのが国のねらいです。
 福祉機器が自力で経営していける産業として育たないと、会社が倒産してもう買えなくなるとか、よい性能のものが商品化しにくいといったことが少なくなります。一方で、公的な助成制度が充実されていけば、高齢者や障害者によい福祉用具が普及するという考え方に立つものです。

□基調講演で福祉の心が強調されて……

  初日、10月5日には全員が集まって講演が一日中行われました。最初に特別講演「PL法と福祉用具の関わり」がありました。
 講演会やシンポジウムでは、基本的な話や重要なテーマを基調講演という形式で行います。今度のシンポでは基調講演は【福祉用具とリハビリテーション工学のかかわり】【実用的な福祉用具開発の視点】【福祉用具の利用者への適合】【現場から福祉用具に望むこと】の4つの講演がありました。
 リハビリテーション工学というのは、整形外科手術を受けた障害者の機能回復を出発点として始まった学問です。現在、理事長の末田統鳴門教育大学障害児教育講座教授が、「リハビリテーション工学とは、障害を有する人が全人的な復権をするプロセス(リハビリテーション)を支援する工学」であると定義を述べた後、世界の動向と活動状況を紹介しました。アメリカでは“レズナ”という協会があって、欧州でもこの10月に“トリプルエーティ”が発足予定。世界的に品質基準をレベルアップするため国際規格が決められる方向にあり、日本でも技術水準を上げるために速やかな対応が望まれているそうです。福祉機器の問題点として「民生用品はどちらかといえば企業の都合で改良が加えられてきたが、福祉機器は利用者とともに進化することが基本である」と末田教授は語っています。
 実用的な福祉用具開発のポイントについては、医師と工業デザイナーの2つの顔を持つ長崎県立整枝療育園整形外科医師の高橋正樹さんが家庭用入浴介護リフト開発の経験をまじえて実用的な福祉機器開発の視点を7点挙げました。それは
(1) 《最良の方法》あなた自身がその開発している機器が必要な障害者になること。いくらあなたが障害者であっても、その機器を必要とする人たちとできるだけ多く会っていろいろな意見を求め、その人たちの状態をよく観察し、生活環境を調べそれを開発に反映し、自分でも使ってみて使いやすくしなければなりません。障害はみな一人一人違います。当然買いやすい価格、好ましい商品としての品質や使用もおのずとわかってきます。
(2) 《次善の方法》あなたがその開発機器を使う障害者になれないならそれを必要とするはずの障害者とずっと一緒に暮らすこと。注意点は(1)と同じ、開発した機器はもちろん自分でも使う。
(3) 《三流の方法》ほとんど毎日、多くの障害者と会い、意見を聞くこと。状態を観察すること。開発した機器を自分でも試し、障害者に使ってもらう。だが、真のユーザーの視点には立てない。
(4) 《五流の方法》週に一回以上少数の障害者と会うこと。開発した機器は障害者に使ってもらい、意見を聞く。ユーザーの視点にはなれない。
(5) 《かなり危うい方法》開発に先立ち数日以上複数の障害者と会い、話し、聞き、様子を見学し、開発に着手する。
(6) 《ほとんど危うい方法》1〜数回障害者の入所施設を訪れて見学し、シンポジウム、資料やデータベースで勉強し開発に着手する。
(7) 《本当に危うい方法》シンポジウム、資料やデータを勉強しただけで研究、開発にとりかかる。
----ですが、最後に高橋さんは「一流、三流など優劣的な発言をしたことをおわびします。障害を持つ人のすばらしさは付き合わなければわかりません。付き合うつもりのない人は福祉機器の開発はやらないことをお勧めします。でも付き合う努力を惜しまなければ、環境に手が届かない宇宙開発よりやさしいと思いますが。」と結んでいます。
 福祉用具の利用者への適合というテーマで、財団法人レイカディア振興財団の小嶋寿一調査研究室長が福祉先進県である滋賀県における取り組み、財団の役割と活動、福祉用具相談の現場から個別利用者へのフィッティングなどの話がありました。福祉用具はそのまま使える人は80%ほどで、残り15%の人にはなんらかの改造が必要とされ、5%の人には特別設計しないといけないといわれます。滋賀県では93年に開設したレイカディアセンターで現在600点程度の福祉用具を展示し研修や講習を行っています。また自助具は現在3個所の保健所が中心になりボランティアを育成し、OT、PT、保健婦、それに建築士など専門家も参加しおのおの使う人に適合した自助具を提供しています。96年10月には敷地内に1,500平方メートルの仮称「補助器具センター」を整備し、製作室、適合判定室などをつくって、使う人に最も適した用具を提供しようとしています。

□開発のポイントに熱がこもる講演

  初日の昼からは、NEDOの福祉用具開発助成金を受けた開発の事例紹介がありました。ひげ工房(河内長野市、代表取締役村上潤さん)が調製している座位保持装置は、肢体障害児の特性に合わせて製作するもので、本当に利用する立場に立った開発とは何かを考えさせます。点字読み取り装置を開発した日本テレソフト(東京都、代表取締役金子秀明さん)では得意のコンピュータソフト技術を生かして点字を音声で読み上げたりするので、市町村が視覚障害者に発送する文書を作成するのに採用される機運にあるようです。またOCR点訳では朝日新聞の天声人語を15分ほどで変換するソフトを開発していて、注目されているとか。また視覚障害者用点字プロッタを開発したリコーでは個人にも買える安価なグラフィック・プロッタを発売しており、ミクニでは入浴介護支援リフトの開発経過を紹介しました。
 午後の第2部は、利用者側から見た福祉用具のテーマで行われました。シルバー新報編集課長の東畑弘子さんは、この1年で福祉用具の市場が大きく変わってきたことをあげ、福祉用具普及モデル事業が大盛況の様子を紹介した。販売店から見た福祉用具関連サービス業に関して、シルバーサービス(代表取締役伊藤健三さん)は福祉介護用具の流通はまだ十分に整備されていないのが現状で、対面販売で顧客のニーズを聞きながら販売することが重要だと話しました。つまりモノとヒトをつなぐことが大事だということでした。
 利用者から見た話は滋賀県介護実習普及センター主任作業療法士の小西京子さんが寝たきり老人のベッドを普及している経験からさまざまな話をしました。ことしの実感は“モデル事業特需”だそうです。開発や調製の基本はあるのですが、老人はそれにこだわらず、さまざまな使い方をされるので、「道具ありきではだめですよ」と結んでいました。基調講演【現場から福祉用具に望むこと】を話された兵庫県立総合リハビリテーションセンター所長の沢村誠志さんは有名な整形外科医ですが、福祉用具はビジネスになりにくい一面を持っており、例えば車いすを与える場合「20台くらい並べて、その中から選びなさいと言うと、満足したものを持って帰る。これが一番満足度が高い選択法です」と経験談を語っていました。

□開発助成課題を募集

  2日目は7つの分科会で討論が行われました。(1) 福祉用具開発の成功事例、(2) 福祉用具の流通、(3) 福祉用具のユーザーとの接点、(4) 高齢者福祉サービスと福祉用具の関わり、(5) 利用環境と福祉用具の適合、(6) 障害者の視点での福祉用具の開発、(7) 高齢社会介護の現場から  で、それぞれ熱心な意見交換が行われました。
 また期間中、平成8年度福祉用具研究会初事業募集要綱が配布されました(原稿をいただいたのが去年で、応募締切は過ぎてしまいましたが、内容を紹介する意見て載せました:編集部)。それを簡単に紹介しますと、「高齢者や障害者の自立の促進とこれらのものの介護を行うものの負担の軽減を図るため、日常生活を支援する福祉用具の研究開発に対し助成するため、新規課題を募集する」と趣旨を最初に書いてあります。募集対象者は、企業、研究機関などで、【用具】新技 術・新材料を利用した研究開発、既存技術・既存材料を応用した研究開発、既存製品の改良研究開発、単機能製品を組み合わせた新システム製品の研究開発、生産工程を合理化するための技術開発(原則3年以内でおおむね1億円以内)【用具の研究開発及び活用に関する調査研究】(2年以内で、数百万円以内)という内容になっています。締め切りは平成7年12月28日(木曜日)必着で、提出先は郵便番号101 東京都千代田区神田小川町3−8−5 駿河台ヤギビル4階 財団法人テクノエイド協会です。電話は03−3219−8211、FAXは03−3219−8213、担当高毛礼さん、藤岡さん、北条さんです。


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