グラン・マーマレード・マジカル・ビレッジの村人シリーズ

およげない魚のお話


ここはマジカル・ビレッジの原っぱにある小さな水たまりです。
そのそばでいつも一日を過ごすのはおよげない魚くん。
およげない魚くんは魚たちが気持ちよさそうにおよぎたわむれるのを見るのが大好きなのです。

ある時 生まれたばかりのチビ魚たちが水面から顔を出して不思議そうにたずねます。
「ねえ、ねえ、君は魚だろ?どうしておよがないの?
どうしてそんなところにいるの?魚は水の中にいるもんだよ。
おかあさんがそういってたよ。」
およげない魚くんは悲しそうにうつむきます。
「ぼくだっておよぎたいよ。君たちみたいに・・・。
だけど、だけど ぼくは・・・およげないんだ。」

その時、おかあさん魚が水中からやってきてチビ魚たちを追い散らしながら言いました。
「さあさあ、チビたち、まだおよぐお勉強の途中でしょ!
さっさとあっちにゆきなさい。レッスン!レッスン!」
そしておよげない魚くんをにらみつけました。
「ねえ、ねえ、そこの魚のくせにおよげないあ・な・た。
そんなところで私たちを見ているのはもうやめてくれない?
こどもたちの気が散るのよ。
今、こどもたち、大事なときなの。
ちゃんとおよげないと大きくなってから困るのよ。
落ちこぼれになっちゃうの。あなたのようにね。
およげない魚なんていったいどんな意味があるっていうのかしらね。」
そう言い残すとチビ魚たちを引き連れて水中にもぐっていってしまいました。

およげない魚くんはとても悲しくてぽろぽろと涙をこぼします。
涙のしずくが水たまりに落ちて水面がゆらゆらとゆれました。
あたりがぼやけてまるで水中にいるようです。
「そうさ、あのおかあさん魚のいうとおりだよ。およげない魚なんて落ちこぼれ。
生きていたっていったいどんな意味があるっていうんだろう。だれか教えてほしいよ。」

「およげない魚くん、こっちにいらっしゃいな。いっしょにマーマレードを食べないこと?」
ふりむくとやさしい笑顔のグラン’マーマレードが立っています。

すこし歩いてマジカル湖のよく見える丘に2人並んでこしをおろしました。
湖から気持ちのいい風がそよそよとふいてきます。
湖上はきらきら光輝き、およげない魚くん、それに見せられたようにだまっています。
きっとおよげたらなあ・・・と思っているのでしょう。
「こうやってマジカル湖を見ていると、思いだすことがあるのよ。
ずっと昔のことだけどね、わたしは船で旅をしていたの。
海の上をちいさな船でゆらゆらとね。」
こうしてグラン’マーマレードは話しはじめました。

「ある日、それはそれは美しい人魚のお姫さまが波間からあらわれたの。
それから広い海原をまるで一頭のいるかのように自由自在におよぎはじめた。
ああ、そのきれいなことといったら・・・。
いまでも目の前に浮かんでくるわ。
水色の長い髪がきらきらと輝き、透明な水と戯れるその様子・・。」
およげない魚くんの目にもグラン’マーマレードと同じようにその人魚が写りました。
グラン’マーマレードの話は続きます。

「海中から顔をだした人魚のお姫さまは私の方をじっと見たわ。
私がにっこり笑いかけるとその人魚のお姫さまはため息をつきながらこう言ったのよ。
”ああ、あなたがうらやましいわ。2本の足を持っている。
それで 陸の上を歩くのね。私はずっとあこがれているのよ。
陸の暮らしを。大地を踏み、森に行き、大空をあおぎ、太陽の光につつまれ、
花をつんで小鳥たちのさえずりを聴く生活。
どんなにすばらしいことでしょう。”

そう言い残すと、人魚のお姫さまはまた青々と深い海の底に潜っていってしまったの。
さあ、私の話はこれだけよ。」グラン’マーマレードはにっこりと笑います。

およげない魚くんは話を聞きながらだまってマジカル・マーマレードを食べました。
マーマレードは涙の味がします。
それは人魚の住むという海の味でした。
およげない魚くんの足は人魚のお姫さまがあこがれてやまない大地を踏みしめています。
  そして、耳には小鳥の歌が聞こえ、そしてかぐわしい花のかおりも感じることができます。
およげない魚くんは生まれてはじめてこの世界を見るような新鮮な気持ちがしました。

あたりはだんだんたそがれていき、お空は燃えるようなマーマレード色です。
二人はだまって丘にすわり夕日に染まるマジカル湖を見ていました。
同じように人魚のお姫さまのことを考えていたのです。
「もう、帰ろうか。すっかり日が暮れてしまったわ。」
「うん、グラン’マーマレード、もう帰ろう。」
はじめておよげない魚くん、にっこり笑いました。
それから、改まった様子でグラン’マーマレードを見つめます。
「きょうは本当にありがとう。ぼく、すこし元気がでたよ。」
「それなら良かったわ。」
二人は そんなことを言い合いながらゆっくりと帰り道を歩いてゆきます。

グラン’マーマレードとおよげない魚くんのそれぞれのおうちに帰る別れ道がきました。
およげない魚くんはさよならをいったあとにこういいました。
「あのね、ぼくね、こう思うんだ、グラン’マーマレード。
その人魚のお姫さまってきっとそれから二本の足で歩くことができたって。
そして、森に行き、空をあおいで木漏れ日を浴び、小鳥のさえずりを聴き、露にぬれた 草や花の香りをかぐことができ、つまり陸の暮らしができたに違いないよ。」
グラン’マーマレードは思わずおよげない魚くんを抱きしめました。
「わたしもこう思うわよ。およげない魚くん。
あなたもいつの日かきっとあの水たまりで他の魚たちの先頭に立って
波しぶきをきらきらあげながらおよいでいるって。」
およげない魚くんは本当にうれしそうに笑いました。

マジカル・ビレッジはもうすっかり夜。
およげない魚くんは安らかな寝息をたててベットの中です。
そしておよげない魚くんがその夜見た夢というのはこうでした。
およげない魚くんが広い海原をすいすいおよぎ、陸では人間になった人魚の
お姫さまが王子さまのとなりでやさしく微笑んでいるのです。

マジカル・ビレッジにいつもの朝がやってきました。
グラン’マーマレードはいつものようにマーマレードづくりに精をだし、 そしてはらっぱの水たまりではおよげない魚くんがおよぐ練習をしていますよ。


Flanker13号 目次へ


プロップロゴ

ご連絡・お問い合わせなど、ご遠慮なくどうぞ!
Please send your comment to prop2017@prop.or.jp


topロゴ

TOPページへ