障害を持つ人達が「支える側」に回ることのできる社会をめざす プロップ・ステーション

by 竹中 ナミ


プロップ・ステーション設立の背景と経過(Prop)


プロップ・ステーションは、コンピュータを活用して障害を持つ人たちの自立と社会参加とりわけ就労の促進を支援するため生まれたNPO(草の根の非営利団体)です。

1991年5月、兵庫県西宮市にある「障害を持つ人に*アテンダント(有料介助者)を紹介する事業を行う福祉団体「メインストリーム協会」の就労支援部門として発足し、翌年には就労支援部門の事務局を社会福祉法人大阪ボランティア協会内に置いて独立した活動を行っています。

上記発足を機に全国の重度障害者1,300人に就労意識調査を行ったところ、回答を寄せてくださった方々の8割が「就労のツールとして、コンピュータに大きな期待感を抱いている」とし、なおかつかなりの方が独学でコンピュータの勉強をしているというのです。しかし、

などという、大変切実な、しかし意欲に溢れた回答が寄せられました。

 このような声を生かすべく、プロップ・ステーションの「コンピュータ」をテーマに掲げた 活動が始まったのです。


* アテンダント:障害者自身が対価を払って自分のしてほしいことをしてもらう。米国では、これらに対し行政補助の制度がある。


「プロップ」とは「支え合い」

私は娘(現在22才)が重症心身障害者であるところから、障害を持つ人たちと一緒に長年活動を続けてきました。娘は視覚・聴覚・言語・身体・精神などいくつかの障害が重なり、日常生活のすべての面で保護と介護が必要ですが、この娘にどんなサポートをしてやればよいか、さまざまな障害を持つ人たちと共に過ごす生活の中から学びたいと思ったのです。

視覚障害の方のガイドヘルプ、手話通訳、肢体不自由者施設での介護、おもちゃライブラリー、痴呆症の方のデイサービスなどなどのボランティア活動を経て、前述のメインストリーム協会を数名の身体に障害を持つメンバーとともに設立、運営してきました。

 このような体験の中から、どんな障害を持っていても本人の意欲と適切なサポートさえあれば、人は必ず仕事も社会活動もできる、という確信を持ちました。と同時に、このような可能性を秘めた人たちが、日本の法律では重症心身障害の娘と同じ障害者手帳という認定のもと、福祉施策の対象となっているということに疑問を抱かずにいられませんでした。

 私たちが行ったアンケートに寄せられた回答のように、コンピュータを活用すれば重度の障害を持つ人たちが「支えられるだけの存在」でなく、誇りを持って「支える側」に回ることのできる社会が生まれるのではないか、と考えたのです。そして、健常者、障害者を問わず、一人でも多くの人が娘のような「手厚い保護が必要な状況にある人たち」を支える側に回ってほしい、と願いました。

 時あたかも超高齢化社会の到来を迎え、なおかつ少子時代です。手厚い保護の必要な人たちの人口比が異常に高まるという時代を考えるとき、経済システムの上からも「支える側の人」つまり「納税者」を増やす施策が必要なことは、どなたも感じておられることと思います。すでに障害者手帳所持者の6割以上は高齢者であり、20年後には四世帯に一人は車いす使用者がいるという計算だそうです。高齢者社会=障害者社会とも言えるわけです。

 私は娘のためだけでなく、自分自身の老後にとっても、年齢、障害の有無に関係なく、意欲があれば適切なサポートを得て働くことができ、それが困難になったときには「きちんとした保護が得られる」そんな社会構造を造らねばならないな、と考えました。

 プロップ・ステーションの「プロップ」(支え合い)には、私とスタッフたちのこういう願いが込められています。


プロップ・ステーションの事業


プロップ・ネットの運営など

今、プロップ・ステーションはコンピュータを活用して以下の6つの事業を行っています。

  1. 相談事業
  2. 機関誌の定期発行(季刊)
  3. コンピュータセミナーの定期開催
  4. パソコン通信ホスト局(プロップ・ネット)の運営
  5. シンポジウムなどの開催
  6. 実務部門「プロップ・ウイング」の運営

 中でもとくに外出の困難な重度障害のスタッフを含むプロップ・ステーションの活動にとって大きな力を発揮しているのが、パソコン通信ホスト局「プロップ・ネット」です。

(1)プロップ・ネット

 財団法人電気通信普及財団のご助成をいただいて備えたホストマシンに、全国各地から300名を越す会員の方々がアクセスしてくださっていますが、ID取得者の3分の1はさまざまな障害を持つ人達です。

パソコン通信は文字と文字の交流なので、障害の有無に関係なく、おしゃべりや情報交換ができます。どんなに障害があっても、文字に表れるのはその人の障害ではなく「性格」や「個性」なので、外見にとらわれないお付き合いが広がります。私自身パソコン通信で知り合い、お互いに好きな音楽の話を交わしていて、あるとき会合で出会ってみると音声装置を使って通信をされている全盲の方だと知った、という経験があります。車いすの人に出会うと、その人の顔や性格より車いすばかりに気を取られることなど結構ありがちですが、パソコン通信はそういう「先入観」を抜きにした交流ができるところが魅力です。

 プロップ・ネットはこのようなコミュニケーションの手段としてだけでなく、会の運営そのものにも大きな力を発揮しています。 定期発行している機関誌「FLANKER」(フランカー・季刊)は、原稿校正、レイアウト、編集会議、版下作りまでをパソコン通信で行っていますし、役員会議も通信で行っています。どんなにスタッフ間の所在地が離れていても、お互いの都合の良い時間を使って打ち合わせができ、文章も(議事録をとらなくても)そのまま残るので会議にはもってこいです。スタッフの一人、桜井龍一郎は頚髄損傷で鎖骨から下が全くマヒしていますが、通信という手段をフルに活用し、ベッドの上から機関誌編集長として采配を振るっています。彼は労働省の在宅勤務制度の適用を受け、大阪市内のコンピュータグラフィックスの会社の正社員として働いており、編集の仕事はボランティア活動です。

(2)プロップ・ネットの運用

☆インターネット接続で広がるコミュニケーションとビジネスチャンス

 プロップ・ネットの運営責任者(HOST)もやはり頚髄損傷の障害で、日常の移動に電動車いすが欠かせない坂上正司です。彼もプロップ・ネットの運営・メンテナンスをボランティアで行っています。本業はマンションオーナーで、経理を初め入居者管理の一切をコンピュータで行っています。

 パソコンとパソコン通信を使えば、全身マヒという状態の人も仕事ばかりかボランティア活動までできる、というのは私達にとって少しも不思議なことではありません。

 プロップ・ネットは、顧問である中野秀男氏(大阪市立大学教授・学術情報総合センター準備室)のご協力により、*インターネット接続がなされました。インターネットを使えば、日本中の、いえ世界中の人がコミュニケーションの対象となり、また技術さえあれば、どんな遠隔地の仕事でも受注することができます。ビジネスチャンスが、限りなく広がると言っても過言ではありません。一人でも多くの障害を持つ人達に、なんとかパソコン通信の技術を身に付けていただきたいと私は願っています。

*ドメイン名:prop.or.jp

(3)コンピュータセミナー開催・実務への展開

・ セミナーの開催

 プロップ・ステーションでは、このような目的に賛同くださる多くの企業のご支援をいただいて、障害を持つ人と高齢の方々を対象にした、コンピュータセミナーを定期開催しています。毎週水曜日と金曜日の夜間(PM6:30〜9:00)が、セミナー開催日です。水曜日はマッキントッシュ(Mac)コース、金曜日はNEC98コースです。

 金曜日の98コースは、日本電気株式会社のご支援により、最新鋭の機器の揃った関西支社のセミナールームを無償でご提供いただき、すでに丸2年継続しています。日本電気はパソコン通信PC-VANを運営しておられますが、社会貢献室によって開設された「ボランティア・ワールド」というコーナーには、プロップ・ステーションの情報ボードを設けるなどコンピュータセミナー以外にも、全社的なご支援をくださっています。

 Macコースはアップルコンピュータ株式会社より寄贈していただいた機器を元に開催しています。会場は主に事務局のある大阪ボランティア協会研修室ですが、毎月第2水曜日はアップルセンター肥後橋のセミナールームをご提供いただいています。

 機材、場所だけでなくセミナーに使用するソフトウエアも、株式会社ジャストシステムをはじめ多数のソフト会社よりご提供いただいています。

多くの企業がプロップ・ステーションの主旨にご賛同くださり、障害を持つ人達の自立への努力をご支援くださっていることに心から感謝するとともに、このような企業との連携がますます深まりと広がりを見せることによって、障害を持つコンピュータユーザー、高齢のユーザーの裾野がどんどん広がってほしいと願っています。

・プロップ・ウイング(実際の業務を受注する実務部門)の発足

上記の夜間セミナーは初・中級コースですが、上級のセミナーを行い実際の業務を受注していく実務部門「プロップ・ウイング」が昨年5月、大阪市のご助成によって発足しました。このウイングでの上級セミナーと、仕事の受注業務にもパソコン通信がフルに活用されています。ウイングは、重度障害を持つ人達の通信ネットワークを活用した在宅勤務システムのモデルケースを目指しています。

☆「プロップ・ウイング」での実績

(イ)大阪府今宮工業高校の教務管理システム

これは本年度より当校でご使用いただいています。その他「プロップ・ウイング」では、まだまだ小規模な受注量ではありますが、

(ロ)データベース製作

(ハ)CAD、パースなどの設計関係業務

(ニ)MACを使ったDTP

(ホ)アニメーション等動画製作

などマルチメディアのプロジェクトも進行しています。


おわりに

本年1月17日に起きた阪神・淡路大震災という未曾有の災害において、パソコン通信が威力を発揮したことは、すでに皆さんご存じのことと思います。

私の高齢の両親も自宅が震災により全焼し、プロップ・ウイングで避難生活を送っていましたが、そのときにパソコン通信の情報を見て感動していました。しかしながら、高齢のため目も耳も弱っており、なおかつキーボードを触るにも指先が震えるという状態で、残念ながら自分自身でパソコンを操作することは難しいと、断念しました。私はそのとき改めて高齢者社会は障害者社会だと、痛感しました。

プロップ・ステーションは、障害を持つ人や高齢者自身の意欲を高める活動を一層充実させながら社会啓発を行うと同時に、僭越ではありますが体験に基づく提言を企業や行政に届けられるようになりたいと思っています。

また、活動への社会的な信頼と認知をいただくため、公益の法人化を目指していますが、現在の民法では多額の資産を持たねば認可を受けられないというのが現状ですので、会員制による会費と、寄付のすべてを運営に充当し、なおかつスタッフはボランティアというNPOプロップには、大変敷居の高い望みです。しかしながら公益かつ非営利のNPOが、資産でなく活動を担保して法人になれる制度の新設を求める声が全国的に高まっているところから、地道に、社会のニーズに合った活動を続け実績を積み上げていけば、必ず多くの人の信頼を得られると信じています。

プロップ・ステーションのこのような思いと活動に一層のご理解と、ご協力を何卒よろしくお願い申しあげます。


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