[up] [next] [previous]
  

いつだって[現場]が第一 沢ゆうじ編集 2004年2月号より転載

     
 

東京の「現場」で学ぶ―3

 
 
チャンスは平等に。
“ユニバーサル社会”の
実現をめざして
 
 

 

施(ほどこ)しを与える福祉の充実により、
可能性を引き出すチャンスを与えて

写真:中扉沢ゆうじ 新しい時代に求められる福祉のあり方を考えるというのが今日のテーマですが、まず、実際にIT(情報技術)を活用してチャレンジド(障害者)の自立と就労の支援をおこなっている竹中さんから、問題提起の意味も含めて、「プロップ・ステーション(略称プロップ)」の活動を始めた動機についてお話いただけますか。

竹中ナミ きっかけは、31年前に重度の心身障害をもつ娘を授(さず)かったことでした。生後3ヵ月がたって娘の障害がわかったとき、私の父親は「ワシがこの孫を連れて、死んだる。この子がいては、お前が不幸になる!」と言いました。娘に苦労させたくないという親心とはいえ、その言葉を聞いたときはとてもショックでした。そのとき、父と娘を絶対に死なせたらあかん、そんなら、私がこの子を育てることが、父が言うように不幸やったり、つらいだけやないと、みずから証明してみてようと思ったんです。

 うーん、お父さんの気持ちが身につまされますね。でも、それを証明していくというのは大変なことでしょう。

竹中 父と娘を死なせてたまるかと必死でしたから、専門書を読み漁(あさ)り、病院や訓練所にも足繁く通ったりしました。でも結局、役に立つ情報は当事者に聞くのが一番やと気づいたんです。そこで、いろんな障害者たち=「チャレンジド」と実際につき合ってみると、さまざまな能力をもった人がたくさんいることがわかってきました。と同時に、これまでの日本の福祉観に疑問を抱くようになって。

 疑問といいますと。

竹中 さまざまな可能性をもった人がいるにもかかわらず、障害があるというだけで、世間からは気の毒な人、かわいそうな人という同情的な見方をされがちなことです。それは、できないことだけを見ていて、できることを見ていないからなんです。

 マイナスの部分だけを気の毒がり、だから手を差し伸べましょうという発想ですから、障害者の可能性を見つけて、できることをサポートするのではなく、保護の対象とみなして、年金や補助金で解決しようとする――それが日本の福祉の根本にある。でも、それは結局、できるところに蓋(ふた)をしているだけで、彼らの可能性を伸ばすというプラスの視点に欠けているんです。そのシステムこそが不幸なんだと、痛烈に感じました。

写真:ナミねぇ プロップ・ステーション理事長
竹中 ナミ(たけなか・なみ)
1948年、神戸市生まれ。24歳のとき重症心身障害児の長女を授かったことがきっかけで、療育のかたわら、手話通訳、身体障害者施設での介護などのボランティア活動に携わる。92年4月、チャレンジド(障害者)の自立と就労を支援する任意団体「プロップ・ステーション(ホームページアドレスhttp://www.prop.or.jp)」を設立し、パソコンの技術指導、在宅ワークのコーディネートなどをおこなう。98年に社会福祉法人格を取得。現在、プロップ・ステーション理事長。

いまこそ福祉観と労働観の転換を図(はか)り、
“ユニバーサル社会”の形成を

 同じ人間なのに、障害があるというだけで、その人の可能性の芽を摘(つ)んでしまうのは非常に残念なことですね。その思いが、プロップ・ステーションの設立につながった。

写真:対談中のナミねぇ竹中 プロップは私が始めたんですけど、実はチャレンジド自身がプロップを生み出したともいえるんですよ。発足直後に、全国の重度の障害者約1,300人を対象にアンケート調査をおこなったところ、ほとんどの人が働きたいと答え、その武器となるのはコンピューターだと考えている人が8割もいたことが、いまの活動につながっています。

 プロップの「チャレンジドを納税者にできる日本!」というキャッチフレーズは、日本のそうした福祉観を転換しようという試みを象徴するものだったわけですね。

竹中 当初は、反論や批判ばかりでした。とくに福祉界の人からの批判がすごかった。要するに、それまでの日本の福祉は、「税金からナンボとってこられるか」というパイの奪い合いみたいな発想しかなかったんです。でも、冷静に考えてみると、働きたいというチャレンジドの意欲を封じ込めて、年金や補助金というのは、すごく失礼な話やと思うんです。

 アメリカでは、チャレンジドが働いて、タックスペイヤー(納税者)になるというのは当たり前のことです。政府機関や教育機関、企業やNPO(民間非営利組織)でチャレンジドが大勢働いています。アメリカにはADA法というのがあって、教育機関での就学や企業での雇用の機会を均等にして、障害者も健常者も同じ土俵のうえでチャンスが平等に与えられるシステムになっています。それは、障害を個人の問題にとどめず、社会のありようによって障害を障害でなくすことが福祉政策だという考え方がベースにあるからです。

写真:対談中の沢ゆうじ 日本には、チャレンジドの就労支援をするにあたって、それをサポートするような法律はあるのですか。

竹中 残念ながら、チャレンジドが働くことを後押しする法律はいまのところ、昭和34年に施行された「障害者の法定雇用率制度」しかありません。ところが、チャレンジドの就労には通勤、正規雇用、最低賃金といった規制が多すぎますし、そこからはじかれる人をバックアップする法律もない。そうした部分を抜本的に変えてもらおうと、国会議員の有志の方々と一緒になって新しい法案づくりを進めているところなんです。

 公明党のはまよつ敏子参議院議員や自民党の野田聖子衆議院議員と取り組んでおられる「ユニバーサル社会形成基本法案(仮称)」ですね。

竹中 ユニバーサルというのはバリアフリーよりもう一歩踏み込んだ、「だれにでも利用しやすい」という意味です。「ユニバーサル社会」とは、年齢、性別、障害の有無(うむ)にかかわらず、どんな人でも利用しやすいようにデザインされた街づくりはもちろん、すべての人が誇りを持って生きられる社会のことです。

 すべての人が人生のある時点でなんらかの障害を持つということを発想の基点としているユニバーサルの考え方は、「障害の有無に関係なく、すべての人が持てる力を発揮できる社会に」というプロップの基本理念と共通しています。

 私たちだって、たとえいまは元気であったとしても、いつ事故や病気で体が不自由にならないとかぎりませんし、年をとればだれでも視力や聴力、あるいは、体の機能が衰えてくるわけですから。それを考えると、ユニバーサル社会の実現は、チャレンジドだけでなく、私たちすべて国民の課題だといえます。

 私たちがこれからめざすべき社会のあり方を明示した法律をつくることによって社会が追いついてくるわけですから、これはとても大事ですね。その実現をめざし、できることから始めさせていただきます。今日は、貴重なご意見、本当にありがとうございました。