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SOHOコンピューティング 2003年7月号より転載

     
  プロップ・ステーション便り ナミねえの道  
 
 
  第13回――長崎発、MS(マイクロソフト)在宅社員からのメッセージ  
  経験をもとに自ら立ち上げた
地元チャレンジドの就労支援
 
 
 
 
森 正さん(48歳)
マイクロソフトアジアリミテッド勤務
オンラインサポート所属
 
     

掲載ページの見出し

プロップ・ステーション
プロップ・ステーションは、1998年に社会福祉法人として認可され、コンピュータと情報 通信を活用してチャレンジド(障害者)の自立と社会参画、特に就労の促進と雇用の創出 を目標に活動している。

ホームページ
http://www.prop.or.jp/

竹中ナミ氏
社会福祉法人プロップ・ステーション理事長。重症心身障害児の長女を授かったことから 独学で障害児医療・福祉・教育を学ぶ。1991年、プロップ・ステーションを設立した。現 在は各行政機関の委員などを歴任する傍ら、各地で講演を行うなどチャレンジドの社会参 加と自立を支援する活動を展開している。

プロップ・ステーションを縁として、社会の第一線で活躍するチャレンジドたちがいる。マイクロソフト社の契約社員として、オンラインサポートを担当する長崎在住の森正さんもその一人だ。プロップで学んだチャレンジドは障害と闘う身でありながら、決して自分のことだけを考えていない。彼らの足跡は、新しい時代の道標となるだろう。


地元で就労支援活動を

 マイクロソフト社の社員以外にも、森さんはいくつも顔を持つ。各種公的委員をはじめ、学校や医療福祉現場などでの講師、地元テレビ放送局のコメンテーターとじつに多彩だ。

 「森さんは私がマイクロソフト社に最初にご紹介した人材です。お会いしたときも温厚を絵に描いたような人で、平衡感覚に優れた人という印象でしたね。自分のこと以外にソーシャルな活動を積極的にされています。外出しにくいにもかかわらず、地域のためにリーダー役を買って出た勇気は本当にすばらしい」(ナミねぇ)

 28歳のとき、原因不明の病気を発症。寝たきりの状態から一進一退を繰り返し、リハビリを経て15年前から車椅子の生活を送る森さん。それでも就労への意欲は衰えることなく、学習塾の講師やDTPによる社内報の編集などの仕事を手がけ、1996年からマイクロソフト社の在宅社員となった。

 「4年前に地元の就労支援組織(後述)のメンバーの女性とご結婚されたことを聞き、ますます頑張られるのではないかしらと嬉しかったですね」(ナミねぇ)

 支え合いの精神を穏やかに語る森さんの眼差しは誰よりも熱い。

――マイクロソフト社に入社されたきっかけは?

森●新聞でプロップの記事を読み、以前にCOBOL(コボル)を使ってプログラミングの勉強をしたことがあったので、オンラインのデータベースセミナーを受講しました。3ヶ月目くらいにナミねぇから電話があって、マイクロソフトの仕事をしないかって。最初は翻訳など単発の仕事を、プロップを通じて受託するものだと思ってましたので、在宅社員と聞いて驚きました。

――仕事内容とスキルアップの方法は?

森●当初は技術情報などの翻訳が仕事でしたが、現在はユーザーからのフィードバックを整理して分類、分析し、関係部署に報告したり、社内Webサイトに「障害当事者の目から見た福祉・バリアフリー」などのコラムを執筆しています。また、公開Webサイトに掲載する文言が、初心者にとってわかりにくい表現がないかをチェックすることも仕事です。スキルアップは、会社から推薦された資料や専門書、ネット上での外部情報を使って勉強しています。

――在宅で仕事をしていて困ることは?

森●会社と違ってそばに上司や同僚がいませんから、ちょっとしたことをすぐに聞けないことくらいでしょうか(笑)。メールはほぼタイムラグなしでやり取りできますし、Windows Messenger(※1)を通じて部のミーティングにも参加しています。マイクロソフトはフレキシブルな社風で個人の意見を尊重してくれますし、無線LANの構築など環境を整えてくれるので、在宅でもスムーズに仕事ができます。仕事は朝9時から夕方6時までで、全体的に待遇は正社員とほとんど変わりありません。

――地域での活動について。

森●私自身がプロップを通じた就労できた経緯もあり、ぜひ地元でも就労支援の活動をと立ち上げたのが「フロンティア小規模作業所」と、それを支援するボランティアグループ「フロンティア・サポーターズ・クラブ」です。DTPやデータ入力作業が主な仕事で、現在20〜50歳代まで13人のチャレンジドが頑張っています。講演会では、障害を持つ人は決して特別じゃなく、世の中の役に立ちたいという思いは同じだということ。そのための役割を作ってほしいということを訴えています。

――今後の目標を聞かせてください。

森●バリアフリーは手段であって目的ではありません。長崎は坂の町のイメージがありますが、じつは「階段の町」なんです。せっかく車椅子でも乗れるバスが走っても、停留所まで行くこと自体が難しい。まずは車椅子の人が外出することで社会の仕組みの何が問題なのかを明るみに出し、建設的な意見を交わせるようお手伝いしたいと思います。在宅勤務もそうですが、障害を抱える人のできない面をフォーカスするのではなく、できる面を積極的に見ていく社会が実現することを願っています。


※ 1Windows Messenger 音声・ビデオ通話アプリケーションソフトウェアで、ネット上でのテレビ会議等ができる。

自宅の仕事場にて“勤務中”の森さん。

法定雇用率の問題点

 法定雇用率という制度がある。民間企業、国、地方公共団体は、法律に基づいて法定雇用率に相当する数以上の身体障害者または知的障害者を雇用しなければならない制度のことだ。この制度は障害者を支援する一方、“法定雇用率を達成すること”イコール“障害者が働く”になってしまっていることが問題だとナミねぇは言う。

 「行政は障害者を雇用せよと言うだけで情報を提供してくれません。マイクロソフト社など高いスキルが要求される企業は、期待に見合ったチャレンジドをなかなか見出せないでしょう。単に数字だけが一人歩きして、実力ではなく、障害があるという理由で雇用するというのはおかしな話ですからね」(ナミねぇ)

 そのためには能力アップのための技術訓練が同時に行われ、チャレンジドが企業を受験できたり、仕事のアウトソーシング先になれる体制があるべきだ。さらに、「在宅でしか働けない、能力のあるチャレンジドを積極的に支援する法律や制度が、早急に整うことを心から期待します」(ナミねぇ)

 


Column

CCP第1回展示会を開催げ
(チャレンジド・クリエイティブ・プロジェクト)

株式会社シィ・エイ・ティのホームページの写真
(上)左からナミねぇ、矢田立郎神戸市長、井戸敏三兵庫県知事、株式会社フェリシモの矢崎和彦代表取締役社長。(右)展示会の会場。

 小規模作業所や授産施設などの福祉就労の場を、「本当の働く場」にするための試みとして始動したチャレンジド・クリエイティブ・プロジェクト(CCP)の第1回展示会が5月19日に開催された。会場の株式会社フェリシモ(神戸市中央区)には関係者ら総勢200人が詰めかけ、織物やお菓子などアトリエ(※2)の候補作品約110点に見入った。兵庫県知事、神戸市長らも駆けつけ、「障害者の自立に向けて大きな第一歩」と期待を込めて挨拶。福祉就労の場にプロの技術を導入し、本格的にビジネス化する初の試みだけに、ナミねぇも「社会改革プロジェクトとして全国の自治体へ飛び火させたい」と意欲満々だ。さっそく6月中旬にフェリシモ会員向けのカタログに“渦巻き模様のクッキー”と“さをり織り”の小物(右下の写真)が掲載される予定。今後も市場価値があると判断した作品から販売機会を作っていくという。

http://www.prop.or.jp/CCP/


※ 2アトリエ 今回のプロジェクトでの小規模作業所、授産施設の呼称。


[CCPカタログ請求先]
〒650−8525(所番地記入不要)
フェリシモ  CCPカタログ請求 係
必ず官製はがきにてご請求ください。


構成/木戸隆文  撮影/有本真紀


[チャレンジド] 神から挑戦する使命を与えられた人を示し、近年「ハンディキャップ」に代わる新たな言葉として米国で使われるようになった。


●月刊サイビズ ソーホー・コンピューティングの公式サイト http://www.soho-web.jp/
●出版社 株式会社サイビズ