リレーエッセイ 「チャレンジドの夢」

 貝本 充広さんの場合

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貝本さんカット「GATSUNNN!! 顛末記ー前編」

 その時は意外と早く訪れることになった。僕の記憶している限りでは今年の始め、新年会と時期を同じくしてその一報はバーチャル工房へともたらされた。昨年の夏、工房メンバーを睡眠不足へと追いやったイベントムービーの制作があった のだが、それが今度は自分たちのアピールのためにPropStationの社会福祉法人立ち上げ記念シンポジウムにむけて再びムービー制作に着手することになったのだ。更に今回驚くべき展開が待ち受けていた。それはムービーだけではなくシンポジウム全体のコンセプトから考えないといけないと言うものだった。
 ちょっと考えれば自分たちの仕事獲得の意味も含めて催されるのだから、当たり前といえば当たり前のことなのだが、何を隠そう僕はこの段階が一番キライなのだ。しかしこのコンセプトを煮詰めていく作業は最も重要で、これをおろそかにすることは基礎工事をしない建築よりもたちが悪い、何せ一応は出来上がってしまうのだから。人に物を伝えると言うことは思いのほか難しく、せっかく練り上げたコンセプトもその表現方法を誤れば作り手の思いは決して見る人には届かない。そうやって2〜3行で片づけるには忍びない苦難を乗り越えて今回のシンポジウムには「GATSUNNN!!」という名が与えられた。
 次に決めるべき事はキャラクター案だった。その時点で期間に余裕がなくなってきており、そもそも一月に知らされて開催は4月というハードなスケジュールだったので土台部分を早めにしっかり固めて制作に取りかかる必要がった。何度目かの水曜日にキャラクターのイメージがカモメに決まり、その週の土曜いっぱいまでに工房メンバーが各自でキャラを描いてパソコン通信上で発表しあい、Prop事務所側で決めてもらう運びとなった。思った以上にキャラを描くのがはかどらなかった。金曜になってもまだ頭の中にある状態で、試行錯誤が続いていた。 そんなときナミねぇから連絡が入り、アメリカのマイクロソフトで働いておられる方にお会いできる機会があると聞き、時間を気にしながらも神戸まで足を運ぶことにし た。その方はイメージとは違い気さくな方でいろいろな話をしてくださり、いい感じで気分転換になった。日曜の午前中までにはキャラを描き上げ、翌日にはデートとし ゃれ込んだ(古)。
 久々に彼女と会い、息抜きを完了させ11時過ぎに帰宅すると至急連絡が欲しいとの知らせがあったことを母から聞かされたが、どうも連絡がつかないし夜も遅い、それに疲れたのでさっさと寝ることにした。次の日目覚めると朝イチで事務所に連絡をしてみる。 担当の先生がいない。お昼の休憩時間にでも再度連絡を取ることになり僕はおもむろにマンガを手に取り優雅な午前中を過ごすことに決めた。昼食後、先生と連絡がつき どうやら僕のキャラクター案が採用されることになったらしいことを聞き、僕は思わずガッツポーズをとった。なぜなら今回メンバー全員で考えたと言うことで、僕がセ ミナーに通っている時から色々絵について教えてくださっている吉田幾年師匠に初め て勝てたことになったからだ。よっしゃっと思っていたのも束の間、早速手直しが入ることになった。水曜日までに描き直さないとスケジュール的に厳しいと聞き気合いを入れ直そうとするが「っ!、今日火曜日やん」。メインキャラだけで5回も描き直 すハメになったのだが(当初とは相当変わった)、実は今回のイベントには3体のキャラを用意することになっていて一体目の直しが終わる頃には夜もいい時間になっており懸念を抱きながらも”おねむ”になったので寝ることにした。ほかの作業や準備で追われている先生が、そんな中遅くまで僕のキャラの直しにつき合ってくださって感謝したのはもちろんのこと、今回のシンポジウムにかける意気込みもひしひしと伝 わってきた。
 でも寝た。僕は寝ないといい物が描けないと自負している。次の日、実は去年の末に泥酔したあげく前歯を折ってしまい水曜日は毎週は医者に通っていた。歯が痛くても いい物は描けないので、軽い身のこなしで歯医者を済ませ打ち合わせ(たいてい水曜日)もそこそこに家に帰り残りの二体を仕上げた。今思ってもこの二日間の作業が僕には一番ハードだった気がする。次の僕の役割は夏のイベントに引き続きムービーの作成。僕自身キャラクターの出来がいいと思ったので、彼らの活躍の場であるムービー づくりには並々ならぬ気合いを入れて臨んだ。この時初めて”絵コンテ”というものも描いた。やはり人に伝えることは難しいと、こんな所でも実感することになった。 そしてアニメーション用に各キャラに10ポーズ以上追加で描き足して、背景用にも いくつかのオブジェクトとそれをアニメーションさせるための物を用意した。次第に 作業がパソコンの処理の限界を超えつつあり1つやっては処理が終了するまでに15分ほどのおヒマを いただける身分になっていた。この間は他のことをするほどの余裕もなくたばこを吸 うか、鏡で男前具合をチェックするぐらいしかできなくて、非常に辛かったのを良く 覚えている。しかしそんな苦労もコンセプトの時に比べれば心地よい物で、宣言通り一週間で仕上げる事が出来た。 しかしこのとき邪悪な考えが僕の頭をよぎった。(つづく)

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