週刊朝日 2010年9月17日号より転載

村木厚子・元厚生労働省局長

いよいよ無罪へ

検察よ、どう責任を取るのか。特捜部が恐れる「ある審査会」

9月10日、郵便不正事件で逮捕・起訴された厚生労働省元局長・村木厚子被告(54)に、いよいよ判決が下される。村木氏に「無罪」が言い渡されるのは確定的な情勢だが、ここにきて白を黒にしてきた大阪地検特捜部が、ある。“審査会”の存在に戦々恐々としているというのだ。検察の“罪”に雄が“罰”を与えるのか。


大阪地裁に向かう村木厚子氏。千葉景子法相(上)はまた動かないのか。起訴当時の検事総長である樋渡利秋氏(中)、大林宏現検事総長(下)

村木氏の共犯として逮捕・起訴された倉沢邦夫被告(74=一審・一部無罪、検察側控訴)は本誌の取材に、こう証言している。
「取り調べを担当した副検事は捜査の狙いをこう言ってました。『東京地検は小沢一郎の陸山会事件。大阪は石井一や。石井は民主党の副代表で超大物やからな。郵便法違反なんて罰金刑やからかまへんねん』」

この発言からも検察が“組織ぐるみ”で、政権交代目前だった民主党に粗いをつけていたことがうかがえる。西松建設事件で小沢氏を、郵便不正事件では石井氏を。こんな流れの中で「村木事件」は起きた。

村木氏の法廷では、出廷した証人らが大阪地検特捜部の非道な捜査手法を次々と暴露した。それは、検事たちが強引な手口で「検察ストーリー」に都合のいい供述調書を作成するというものだ。

“無罪判決”を持つばかりとなった今、ある大阪地検幹部はこんな心配を口にした。
「『今回はヤパい』、そんな声が内部からも出ている。審査会で検事失格の烙印を押されたら、こんな不名誉なことはありまへんわ」

この幹部が気にかけているのは、「検察官適格審査会」だ。

資金管理団体「陸山会」の土地取引事件をめぐって、小沢氏に「起訴相当」の議決を出した「検察審査会」とよく似た名前だが、役割はまったく違う。

検察庁法第23条により定められた、検事の職務への適格性をチェックする組織で、弁護士なら懲戒制度、裁判官なら国会内に設置されている裁判官訴追委員会や弾劾裁判所に相当するものだ。3年に一度、すべての検察官に対して行われる定時審査のほか、法務大臣からの請求があった際の随時審査や、国民から請求があった場合、審査を開始するかどうかを決定する。

前出の大阪地検幹部はこう嘆く。
「法廷でここまで、捜査のいい加減さが暴露されたことはなかった。もし、審査会に請求があれば、村木さんの無罪で世論が沸き帰っていることもあり、検事の罷免もありうると、ひやひやしているんですわ」

しかし、この審査会、知名度は低く、これまでほとんど機能してこなかった。

2003年5月23日の衆議院法務委員会で、この制度について質問をした、当時社民党衆院議員だった保坂展人氏はこう話す。
「昭和23(1948)年の設置以来、罷免されたのは、1992年に行方不明になった副検事一人だけ。それも、副検事が長期間失踪していたからというものです。審査会では、強引な捜査やでっちあげ捜査などで検事が処分されたことはないんですよ」

審査委員のメンバーは、衆院議員4人、参院議員2人、日本弁護士連合会会長、日本学士院会員、学識経験者など11人。審査会に参加したことのある議員はこう証言する。
「確か、党の事務方から言われて委員になった。何をやるのか説明もなく『出席さえすればいい』と言われただけ。眠そうな会議だったことしか覚えていない」

保坂氏はこの「機能不全」の理由をこう指摘する。
「橋本龍太郎首相時代に決定された省庁再編のどさくさにまぎれて、総務庁から法務省に事務局が移動したため、身内が身内を裁いているようなものになっている。これで公正な判断ができるとは思えない」

確かに、現在、学識経験者として名前を連ねている弁護士の原田明夫氏は元検事総長。ちなみに原田氏は検事総長時代、元大阪高検公安部長の三井環氏の検察裏金告発に対し、口封じ逮捕を許した裏金隠蔽の中心人物でもある。

暴力団と「取引」 証言台で偽証!?

原田氏以前も、北島敬介氏や土肥孝治氏など、検事総長経験者がその職を担ってきた。身内である検察の元トップが委員会の「指定席」にいる。しかも年間予算が十数万円というから、その「やる気のなさ」がうかがえる。これでまともに機能するはずがない。

本誌はこれまで村木氏の事件の捜査にあたった検事たちのひどい行状を報じてきた。その中でも特に問題なのが、村木氏や多くの関係者を調べた国井弘樹検事(35)だ。

国井検事は、村木氏の公判のほか、共犯として逮捕された厚労省の元担当係長、上村勉被告(40)の公判にも証人として出廷している。

6月30日の上村被告の公判で、国井検事は、公判担当検事からこんな質問を受けている。
「さいたま地検にいた際、あなたに関する事件が報じられたのを覚えてますか」

国井検事は07年、さいたま地検時代に、麻薬事件に絡んで逮捕された暴力団組長に対して、
「自分が拳銃を差し出すから、拘置中の長男が出したようにしてほしい」

と取引を持ちかけられ、便宜を図ったと、東京新聞がスクープした。しかし、国井検事は証言台で、
「報道は事実ではない」
と否定。その根拠の一つとして、
「報道したのは1社だけですから」
と説明した。車京新聞しか報じず、他メディアが報じなかったから「事実でない」というのだ。しかし、実際には、東京新聞のあとを迫う形で、朝日新聞も社会面でこの事件を大きく扱っている。

国井検事の証言は司法を冒涜する「偽証」である。

さらに、国井検事は、村木氏の事件でも、共犯として逮捕された河野克史被告(69=一審は有罪、現在控訴中)に対し、強引な取り調べをしたとして、抗議の内容証明を送られている。

河野被告の友人で、村木氏の事件で国井検事から事情聴取を受け、虚偽の内容の供述調書に署名をさせられた木村英雄氏はこう怒りをあらわにする。
「国井さんは、私が話してもいない内容の調書をつくり、署名を迫ってきた。抗議すると『これでいいんだ』と机をたたかれた。これには、人生で初めて殺意を覚えました。検察官としての適格性を問えるものなら、ぜひ審査会に訴えたい」

被告たちがこぞって、審査会に訴えたら、この休眠審査会は動くのだろうか。

しかし、元検事の郷原信郎・名城大学教授はこう指摘する。
「検察には『検察官一体の原則」というものがあり、事件の重要性に応じて、各検事の判断は高検、最高検まで上げられ決裁されている。捜査の過ちの責任は、捜査を直接担当した検察官個人が問われるべきではなく、組織として取るべきです」

“責任の所在なき役所”とよばれる検察。村木事件は、検事たちがわざわざムダに税金を使って、でっちあげたものだ。誰がこの“検察の罪”を弾劾するのか。

元大阪市助役・大平光代弁護士が語る 「無罪を確信した村木さんのあの一言」

材木原子さんに初めてお会いしたのは2004年、私が大阪市の助役に就任した直後のことでした。

助役の仕事というのは、市庁舎のなかでの執務ばかりでなく、
「今度、大阪市でこんな取り組みをしたいから予算を認めてほしい」

など中央省庁との交渉も多い。そこで就任すると、まず各省庁の担当者のところにあいさつに行くんですね。そのなかのお一人が村木さんでした。

村木さんは当時、今回の事件の舞台となった厚生労働省障害保健福祉部で企画課長をされていました。

その年の秋、大阪市職員へのヤミ退職金や、生命共済の全額公費負担など巨額の市職員への厚遇問題が発覚し、メディアからのものすごい大阪市パッシングが始まりました。

私は改革委員会の委員長として懸命に改革に取り組みましたが、メディアなどからの批判の矢面に立たされ、さらに改革に反対する内部からも強い反発を受け、非常につらい思いをしました。

そういう状況になると、中央省庁の幹部の方々のなかには、面倒に巻き込まれたくない、と距離を置く人が多くなるんです。

でも、村木さんだけは、
「頑張ってね。しんどいと思うけど、今あなたが改革を頑張ることが将来の子どもたちの笑顔につながると思うから。応援してます」
と声をかけてくださった。

村木さん自身は覚えていらっしゃらないかもしれないけど、四面楚歌で苦しかった私には、その一言が本当にありがたかった。以来、相談をさせていただくようになりました。

大阪市は生活保護の受給率がとても高いんですが、本当に必要な人だけでなく、不正に受給している人も多いんです。私が、
「これは何とかしなきゃいけないと思っています」
とお話ししたら、
「生活保護というのは本当に必要な人に届かなければならないし、それが立ち直りのチャンスにならなければならない」
ということをおっしゃっていた。曲がったことが嫌いなんやろうな、高いところを見て仕事をされていはるんやな、と感じましたね。私自身は05年に助役を辞任しましたが、村木さんにはこのままキャリアを摘んで、この国を良くしていただきたいと思っていました。

そんなとき、村木さんが逮捕されたということをニュースで知ったんです。

まず思ったのが「どないなってるんやろ? あの村木さんがやるはずがない」ということでした。しかも、自身が発行権者である証明書をわざわざ偽造する動機もない。そのときから村木さんの無実を確信していました。

そこで、共通の友人である社会福祉法人「プロップ・ステーション」の竹中ナミさんと「村木厚子さんの完全な名誉回復を願う」というインターネットサイトを立ち上げたんです。

私は14歳のとき、割腹自殺をはかったことがあります。原因はいじめ。いたずら電話をかけた犯人だ、とぬれぎぬを着せられたことでした。いくら「私はやってない」と言っても信じてもらえなかった。村木さんも大阪地検の取り調べに、いくら「知らない」と言っても聞いてもらえなかった。それがどれだけつらいことか、私にはわかります。

9月10日、村木さんに無罪判決が下されることを確信していますが、大阪地検には控訴してほしくありません。無実の彼女を逮捕・起訴した上、さらに控訴することは、彼女の人生を二重に奪うことになる。それよりも、どう責任をとるのか、どうやって彼女の名誉を回復するのかを考えてほしいと思っています。

本誌・今西憲之、大貫聡子

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