毎日フォーラム 日本の選択 2010年8月号より転載

無罪予想で注目される村木・元厚労局長の処遇

郵便不正・偽証明書事件で9月に判決言い渡し

実体のない障害者団体に、郵便料金割引制度の適用を認める偽証明書を作成したとして、厚生労働省元局長の村木厚子被告(54)=起訴休職中=が虚偽有印公文書作成・同行使罪に問われた事件の判決公判か9月10日、大阪地裁で開かれる。この事件では、検察側の取り調べに問題があったとして、裁判長が証拠の中核である供述調書を証拠採用せず、村木被告に無罪が言い渡される公算が大きくなっている。村木被告は取り調べ段階から一貫して無罪を主張しており、無罪判決が出た場合の処遇に注目が集まっている。


最終弁論で大阪地裁に入る村木敦子被告=大阪市北区で6月29日

村木元局長は、高知大を卒業後1978年に旧労働省に入った。東京大出身の男性官僚が多い霞が関の省庁の中では、珍しい地方大出身の女性官僚だった。同省関係者によると、障害者問題をライフワークとしており、人事異動で担当を能れた後も福祉団体への視察を続けるなど、まじめな姿勢が評価されていたという。先輩官僚の一人は「物腰が柔らかく調整能力が高い人」と話す。

事件に関係したとされる社会・援護局障害保健福祉部企画課長や官房審議官などを経て08年7月に雇用均等・児童家庭局長に就任した。昨年6月14日に逮捕され、その後起訴休戦中となっている。

大阪地検が「厚労省の組織的犯罪」と断じた事件の概要はこうだ。

大阪の実体のない障害者団体「凛の会」の幹部らが障害者団体の定期刊行物を装い、企業の広告ダイレクトメールを違法に格安発送することを計画。04年2月下旬に議員会館を訪れ、石井一・民主党参院議員に証明書発行の口添えを頼んだとされる。石井議員は当時、傷害保険福祉部長で村木被告の上司だった塩田幸雄氏(現小豆島町長)に依頼。塩田氏が村木被告に指示し、さらに村木氏が部下の係長に指示して、同年6月に偽証明書を作成したとされる。

ところが村木被告は、取り調べ中も公判でも「覚えがない」と一貫して関与を否定。取り調べでいったんは認めていた係長も「記憶にない」と調書の内容を否認し、塩田氏も公判で石井議員の口添えと村木被告への指示を否定した。また村木被告を含め厚労省関係者や取り調べをした検察官ら計18人が証人出廷したが、村木被告の共謀を裏付ける証言は出なかった。

「検事誘導の可能性」裁判長

公判で大阪地裁は、強引な取り調べを受けた経緯を記録した係長の「被疑者ノート」などを根拠に、検察側が証拠の中核としてきた重要な供述調書34通を証拠採用しなかった。そればかりか裁判長は「あらかじめストーリーを描き、検事が誘導した可能性が高い」と指摘、ストーリーに供述調書を強引に当てはめたなどとして、大阪地検特捜部の捜査手法を厳しく批判した。検察は1年6月を求刑したが、村木被告に無罪が言い渡される可能性が高まった。

一方で、捜査のずさんさも浮き彫りになった。石井議員を事情聴取したのは村木被告を起訴してから2カ月以上過ぎた昨年9月。凛の会の幹部と面談したとされる日に、石井議員は千葉県でゴルフをしていたことなどが、石井議員の保管する手帳から判明した。厚労省が石井議員のからんだ「議員案件」として「凛の会」を障害者団体と認定する偽証明書を発行したという事件の構図が恨底から崩れることになった。

さらに公判では、取り調べをした検事6人が証人として出廷したが、取り調べ中に使ったメモやノートについて問われると、6人全員が「廃棄した。自分の判断だ」と証言したことも、異例と受け止められた。ある元特捜検事は「裁判で争いになった場合に備え、メモなどの自分の記録は残しておいた方がいいと指導されている。大抵の特捜検事は残している。全員が『廃棄した』なんて、上司の指示か、うそとしか思えない」と話す。

「無罪確定なら復帰」元次官

判決を待つ厚労省内の様子はどうだろうか。江利川毅元事務次官(現人事院総裁)は在任中、無罪が確定したら局長級ポストに戻すと公言していた。同省幹部は「優秀な女性官僚を復帰させたいという思いは、今も省内で共有されている認識」と話しており、省内では復帰を待つ空気が支配的だ。

しかし、無罪判決を確信しながらも、省を挙げて支援しているとみられることを心配する声もある。「検察を刺激して村木被告の不利にならないように見守りたい」と語る別の幹部もいる。検察側がメンツを保つために控訴した場合、村木被告の現在の休職扱いはさらに続くことになる。

村木被告は逮捕後、無収入で数百万円にもなっている裁判費用を個人で負担してきた。休職の時間だけでなく逸失利益も大きい。同省や支援者には「これ以上の無理な裁判はやめてもらいたい」と擁護する意見が多い。

昨年8月に拘置所で面会した村木氏の先輩官僚は「彼女は旧厚生省関係局の課長ポストを一つ経て、援護局の筆頭である障害保健福祉部企画課長に抜擢された。課の中は旧厚生省の出身者が多く、行ったばかりの旧労働省出身の課長が、部下に不正を頼める状況ではなかった」とも証言する。

検察が、国会議員が登場し厚労省幹部が関与した「重大事件」と主張した今回の公判。6月29日の最終弁論で弁護側は「村木被告は(証明書を発行する)最終決裁権者。正規に証明書を発行することも可能で、偽造を指示する理由などない」と検察側主張の矛盾を突いた。さらに「検察は村木被告が関与したとする構図をあらかじめ立て、強引な取り調べで関係者に認めさせた。冤罪は明らかだ」と主張した。

弁護側は「石井議員も厚労省元部長も公判で口添えを否定しており、何の証拠もない。強引な取り調べや誘導で構図に沿う調書の作成に力を注ぐ一方、村木被告の無実を裏付ける客観的証拠は無視した」と捜査を批判した。村木被告は「一日も早く無実が明らかになり、普通の生活がしたい」と意見陳述し結審した。

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